氷上のキセキ Vol.1 ~リンクに咲かせるふたりの桜~【書籍化】

それから数日後のことだった。

「結、話があるの」

夕食後にお母さんが切り出した。

「なに? 私、宿題があるんだけど」
「大事な話だから、座りなさい」

怒ったようなお母さんの顔に、私は仕方なく椅子に座る。

「晴也先生から、結はまだ6級を受ける技術に欠けるからバッジテストは見送ってるって聞いたの。だけど結、あなたダブルアクセル飛んでるわよね? アクセル以外は3回転も」
「なっ、なんで? まさかお母さん、リンクに来たの?」

スケートの話をされたくなくて、私はいつもお母さんに練習は見に来ないでと言っていた。
でなければスケートはやめる、と言うとお母さんは渋々わかったと言い、うちでも一切スケートの話をしない約束だったのだ。

「黙ってこっそり覗きに来たの? 約束が違うじゃない!」
「親が子どもの様子を気にかけるのは当たり前でしょ?」
「イヤだから来ないでって言ったよね? 勝手なことしないで!」
「勝手なのは結でしょ? リンクに来るな、スケートの話はするなって……。誰のお金でスケート習えると思ってるのよ!」

私はカッと頭に血がのぼる。

「じゃあやめる! スケートなんかやめてやる!」

パン!と乾いた音がして、一瞬何が起きたのかわからなかった。
左の頬がジンとしびれて、ようやくお母さんに叩かれたのだと理解する。

信じられなかった。
お母さんに叩かれるなんて、きっと生まれて初めてだ。

左手で頬を押さえて視線を上げると、お母さんは驚いたような、しまったというような、複雑な表情をしていた。
沈黙が広がり、私は耐えられずにガタッと席を立つ。

「結!」

お母さんの声を振り切って、私は2階の部屋へと階段を駆け上がった。