氷上のキセキ Vol.1 ~リンクに咲かせるふたりの桜~【書籍化】

整氷の時間になると、全員リンクサイドに上がる。
晶は生まれたての子鹿みたいに、ヨロヨロとベンチに座り込んだ。

「はあ、足がガクガクする」

私も隣に座って靴ひもを結び直す。

「なあ、結ってなんであっちのクラスじゃないの?」

顔を上げると、晶はカラフルなスカートの女の子たちのグループを見ていた。

「女子はあっちの真紀先生にレッスンしてもらうんじゃないのか?」
「別に、そういう決まりないし」
「でも晴也先生のクラス、女子は結ひとりだけだろ?」
「だから?」
「いや、なんでかなってちょっと思っただけ」

私はじっと女の子たちに目をやる。

「ああいうの、苦手だから」
「ああいうのって?」
「みんなでキャピキャピわいわいするの。スカート履くのもイヤだし、曲に合わせて振り付けを踊るのも好きじゃない。ただ飛ぶのが好きなだけだから」

ふうん、と晶はわかったようなわからないような相づちを打ってから、唐突に聞いてきた。

「結って、今バッジテスト何級?」
「なに急に。5級だけど」
「5級か、やっぱりすごいな。俺、来月初級受けろって晴也先生に言われた」
「えっ、もう受けるの?」
「うん。俺でも受かるって言われたけど、やっぱり違うのか?」
「いや、まあ、晴也先生がそう言うなら受かるんじゃない?」

とりあえずそう言っておいたけど、内心はさすがに無理なのではないかと思う。
晶はまだエッジのインサイドとアウトサイドに乗り分けられていない。
初級ではそれぞれのエッジで半円を描いたり、後ろ向きにも滑らなければいけなかった。
これからみっちり習わなければ、合格できるとは思えない。

「ねえ、おうちの人はスケートを習うことに賛成してくれたの? まあ、だからこうやって今レッスンを始められたんだろうけどさ」
「うん。最初はスケート? ってびっくりしてたけど、いいよって。新しいお父さんができて転校して、最初は不安だったから、好きなことして楽しんでくれたらいいって」
「へえ、いい親だね」
「お母さんはそうだな。新しいお父さんはなんかちょっと怖いけど、お母さんがいいならいいんだ。俺のほんとのお父さん死んじゃって、そのあとおばあちゃんもおじいちゃんも死んじゃって、お母さん働きながら夜中に泣いてたからさ」
「そうなんだ」

私はなんて言ったらいいのかわからなかった。
いつも明るい晶が、そんな環境で育ったのが信じられない。

自分は何不自由なく暮らせているのに、どうしてこうも不満が溜まっているのだろう。
そう思っていると、整氷が終わってアナウンスが入る。

「よし、俺も初級合格目指してがんばるぞ!」

そう言って立ち上がった晶が、やけにかっこよく見えた。