「ん……あー……ああっ、すみません!」
浅い眠りの中で微かに気配を感じて、ふとぼやけた視界に目を凝らす。水面の向こうに船長の姿が現れ、僕は慌てて飛び起きた。
「しーっ、ルーラが目を覚ます……悪かったね、眠っているところを。しかし驚いたよ。君は人間なんだろう? 何故水の中で平気なんだい?」
声を殺して人差し指を立てる船長に同調して、
「ルーラの持つもう一つの石の魔法の力です。すみません、眠ってしまって……」
僕はひそひそと小声で囁いて、音を立てないようにゆっくりコンテナを跨ぎ、ルーラの手をほどいた。
「いや……君も疲れただろう。話は船長室でいいかな? 船員もまだ休んでいるし、ルーラもしばらく起きないだろう」
随分良く寝入った気分だったが、小一時間も経っていないらしい。甲板へ続く階段を昇っても、今だ夜の匂いが立ち込めていた。
船長に促され、小じんまりとしながらも清潔に保たれた船長室の椅子に腰かける。部屋には簡素な寝台と、書類の山が積まれた机、壁には地中海の地図に不思議な形の囲いが描かれていた。
「気付いたかね……その赤いラインは結界の領域だよ。私が話を聞いて描いた物だが……もう十六年も前のことだ」
カップに紅茶を注いで差し出した船長は、僕がそれを受け取るとベッドに腰かけ遠い目をした。
十六年前──ルーラの生まれた年。この人には一体何があったのだろう。
「ルーラは随分君のことを信用しているようだね。船上では取り乱す姿しか見られなかったが、君が目覚める前に見た寝顔は、まるで子供のようだった」
温かい紅茶を口に含んだ船長の心もまた、彼女に癒され、温かみを得たように口元に笑みを湛えた。
「まだほんの数日ですが、一緒に旅を続けてきたからだと思います。結界の外はルーラにとって未知の世界ですから」
続けて紅茶を戴く。舌にほんのり甘さが残った。ずっと水中にいた所為か、一口で芯から温まっていくのを感じる。

紅茶を飲み干して両手を合わせ、船長はやや先の床を見つめた。語り出す準備が出来たようだ。
「そんなルーラを守ってきてくれた人だからね。ちゃんと話さなくてはいけないだろう……私は十六年と半年前、これより一回り小さな船の乗組員で近隣の荷物を運んでいた。ある秋の夜、停泊中の岬の下でテラと……ルーラの母親と出逢ったんだよ……」
テラ──ルーラの母親。
「彼女は岬から足を滑らせて怪我をしたらしく、苦しみながらうずくまっていた。そのショックから記憶もおぼつかない様子で、私は彼女を宿へ連れ帰り看病をして、出発までの数日を共に過ごしたんだ……いや、そうか、まずこれを話さなければいけないな。テラは魔法の力で、亜麻色の髪をした人間の姿をして現れたんだよ。傷ついた足はまるで魔法とは思えなかったがね。彼女が徐々に回復するにつれ、私は彼女に惹かれていった。結局記憶が戻らないという理由で、テラはその宿に住込みで働き、私はそれから数ヶ月間、何かにつけあの港町の宿に通ったよ。彼女が私の子を宿すまでは」
掌に包まれて紅茶は少しずつ冷めていったが、それとは裏腹に僕の胸の内には熱さが込み上げていた。
「彼女が身籠ったのを知って、私は大喜びだった。だが……明くる日、正式に求婚しようとテラの部屋を訪ねると、其処はもぬけの殻だった……それから三ヶ月、冬空の下を死に物狂いで探したよ。するとテラは私を見かねたように海から現れて、今までのことを侘びた──それがテラの人魚の姿を初めて見た日であり、ルーラの生まれた日でもあった」
「……えっ?」
「人魚の妊娠期間はたった三ヶ月なんだそうだ。岸に這い上がったテラの、鱗に覆われた腹部は人間と同じように膨らんでいた。彼女は心から謝ってくれたが──子を授かるために私に近付いたと打ち明けて涙したよ……初めはその目的だけの行動だったが、私を本当に愛していると言ってくれた。人魚は人の子を宿した後、通常はその人間の記憶を消してしまうのだそうだ。けれどそれが出来なかった。だからせめて子を産む瞬間は一緒にいたいと思い海上に出てきたと……」
──四月十四日。辛い冬を越え、春の訪れと共に再会した愛する女性は人魚だった。ルーラがいなかったら信じられない話だ。しかし……子を授かるためにって──
「私達は岬の下──初めて出逢った場所から遠くない洞窟へ移動し出産の準備をした。人間と同じようにそれは苦しそうだった。でも本当に可愛らしい娘だったよ……テラにも私にも似ていない金色の髪をして……まず一番に私の子ではないのでは? と疑ってしまったが、銀髪の人魚と人間の間の子は、必ず金髪に生まれるのだそうだ。そしてその時あの石も造られ、テラは自分と私の名から一文字ずつ取って名付けると誓い、海に戻ってしまった。たった数時間だが、結界のこと・シレーネのこと・石のこと……色々訊きたいこと全てに答えてね。もちろん私の一番の質問は、一緒に暮らせないか? ということだったが、テラはこの娘を立派なシレーネに育てるため、結界に戻らないといけない、だから人間の姿ではいられなかったと言った。そしてそれきり十六年、私達は会わず終いだ……」
再び遠くを見つめて、船長は感慨深げにその頃のことを想い出しているようだった。
──ジョルジョの『ル』に、テラの『ラ』か……。
此処までの話を聞いて、明らかに納得出来るのはこのことだけだった。僕は混乱していた。分からないことが多過ぎる。
何故そこまでして人間との間の子が必要だったのか? 金髪はそういった子にしか生まれない……シレーネの第三の条件。シレーネには人間の血が必要ということか? シレーネの君臨し得ない結界に、シレーネが必要になったと大ばば様は判断したのか? 既に──十六年前に……そして、今。
「アメル……君は結界に行ったのか?」
ジョルジョの雰囲気が少しそわそわとしていた。僕は考えるのをやめて、
「はい……ほんの少しですが──」
そう言って船長の二の句を想像し、ハッとした。
──テラ。ルーラの母さんは……
でも、いずれは告げなくてはならないことだ。
「テラにも会ったのかね?」
上気した頬が物語っていた。船長は今でもルーラの母さんを愛しているのだ。
「いえ……あの……実は──」
「きゃああああああっ」
その時。朝焼けに包まれた甲板を貫くように、船底から響き渡った叫び声はルーラのものだった。
「ルーラ? ルーラ!」
僕達は慌てて甲板へ、そして船底へと駆け降りた。気絶する前に発した絶叫と違い、今でもその声は何かと格闘している。
階段を降りきる寸前、ルーラの声は止んだ。視界の右隅に微かな光が感じられたが、それを確認する暇はなく、僕達は彼女の元へと駆けつけた。
「ルーラ! ルーラ!!」
僕の呼びかけに、彼女はうっすらと瞼を開いてみせたが、その表情に穏やかさは一片も見当たらなかった。水の中に沈んだまま荒い息をして、苦しみに悶える力もない様子だ。
「ルーラ……」
僕はコンテナに入って、彼女を自分の腕の中に抱えた。そうして気付いた──ウィズの石が無いことに。
ルーラに触れても、僕の身体は空気の膜に覆われることはなく、胸まで浸かると水の冷ややかさに思わず顔を歪めた。抱き上げられたルーラは水面に顔を浮かべ、やっとのことで視線をこちらに向けたが、その肌色はあの時を思い出させた──そう、大ばば様の死の直前。
「ルラの……石」
掠れた小さな声が紡ぎ出したのは、その一言だった。彼女の首元にはウィズの石どころか、ルラの石すら消え失せている。
あれだ──先刻のぼおっと霞んだ光。
ハッとして僕は甲板へ続く階段を振り返った。既に暗闇に紛れたその場所には光も気配もない。代わりに慌てた様子で船員の一人が駆け降りてきて、
「船長! フルボがボートを降ろして、南の方向へ逃げ出しましたっ」
息せき切ってそう告げたので、僕とジョルジョは納得したように顔を見合わせた。
「カルロ、急いでもう一艘のボートを用意してくれ。すぐに行く。フルボ……あの新米小僧めっ」
船長の舌打ちに、カルロと呼ばれた船員は再び飛び出していった。こうしている間にも、ルーラの頬は益々蒼褪めて今にも透けてしまいそうだ。
「船長……僕が行きます。ルーラを看ていてください」
──ルーラを守る。それが僕に与えられた使命。
しかし今にも走り出しそうな僕を制して、ジョルジョは腰を浮かし、
「いや、彼女を救うのは、父親の私の役目だよ。ルーラに何か遭ったら、テラに顔向け出来なくなってしまう。それに君が傍にいてくれた方が安心だ。──それも守ることと同じだよ、アメル」
水中で弱々しく揺らぐルーラの手の甲にそっと指先を重ねて、言い終わらない内に立ち上がり行ってしまった。
もう……顔向けする相手は、この世にいないのに──。
「ア……メル」
──哀しい顔しないで──。
「ルーラ?」
急ぎ下へ向けた目線の先では、瀕死のルーラが苦痛を押し殺して、微かに笑みを湛えてこちらを見つめていた。
「ルーラ、無理しないで……きっと船長が──君の父さんが石を取り戻してくるから。だから、ルーラ……!」
──死なないで──。
僕は彼女が失神する前そうしたように、全身で優しく包み込んだ。水の中にいたこともあるとはいえ、余りの肌の冷たさに驚く。水中でなくとも呼吸出来ていることは確認出来たので、彼女をゆっくり抱き上げ船上を目指して歩き出した。ルーラの身体がいやに重く感じられた。
浅い眠りの中で微かに気配を感じて、ふとぼやけた視界に目を凝らす。水面の向こうに船長の姿が現れ、僕は慌てて飛び起きた。
「しーっ、ルーラが目を覚ます……悪かったね、眠っているところを。しかし驚いたよ。君は人間なんだろう? 何故水の中で平気なんだい?」
声を殺して人差し指を立てる船長に同調して、
「ルーラの持つもう一つの石の魔法の力です。すみません、眠ってしまって……」
僕はひそひそと小声で囁いて、音を立てないようにゆっくりコンテナを跨ぎ、ルーラの手をほどいた。
「いや……君も疲れただろう。話は船長室でいいかな? 船員もまだ休んでいるし、ルーラもしばらく起きないだろう」
随分良く寝入った気分だったが、小一時間も経っていないらしい。甲板へ続く階段を昇っても、今だ夜の匂いが立ち込めていた。
船長に促され、小じんまりとしながらも清潔に保たれた船長室の椅子に腰かける。部屋には簡素な寝台と、書類の山が積まれた机、壁には地中海の地図に不思議な形の囲いが描かれていた。
「気付いたかね……その赤いラインは結界の領域だよ。私が話を聞いて描いた物だが……もう十六年も前のことだ」
カップに紅茶を注いで差し出した船長は、僕がそれを受け取るとベッドに腰かけ遠い目をした。
十六年前──ルーラの生まれた年。この人には一体何があったのだろう。
「ルーラは随分君のことを信用しているようだね。船上では取り乱す姿しか見られなかったが、君が目覚める前に見た寝顔は、まるで子供のようだった」
温かい紅茶を口に含んだ船長の心もまた、彼女に癒され、温かみを得たように口元に笑みを湛えた。
「まだほんの数日ですが、一緒に旅を続けてきたからだと思います。結界の外はルーラにとって未知の世界ですから」
続けて紅茶を戴く。舌にほんのり甘さが残った。ずっと水中にいた所為か、一口で芯から温まっていくのを感じる。

紅茶を飲み干して両手を合わせ、船長はやや先の床を見つめた。語り出す準備が出来たようだ。
「そんなルーラを守ってきてくれた人だからね。ちゃんと話さなくてはいけないだろう……私は十六年と半年前、これより一回り小さな船の乗組員で近隣の荷物を運んでいた。ある秋の夜、停泊中の岬の下でテラと……ルーラの母親と出逢ったんだよ……」
テラ──ルーラの母親。
「彼女は岬から足を滑らせて怪我をしたらしく、苦しみながらうずくまっていた。そのショックから記憶もおぼつかない様子で、私は彼女を宿へ連れ帰り看病をして、出発までの数日を共に過ごしたんだ……いや、そうか、まずこれを話さなければいけないな。テラは魔法の力で、亜麻色の髪をした人間の姿をして現れたんだよ。傷ついた足はまるで魔法とは思えなかったがね。彼女が徐々に回復するにつれ、私は彼女に惹かれていった。結局記憶が戻らないという理由で、テラはその宿に住込みで働き、私はそれから数ヶ月間、何かにつけあの港町の宿に通ったよ。彼女が私の子を宿すまでは」
掌に包まれて紅茶は少しずつ冷めていったが、それとは裏腹に僕の胸の内には熱さが込み上げていた。
「彼女が身籠ったのを知って、私は大喜びだった。だが……明くる日、正式に求婚しようとテラの部屋を訪ねると、其処はもぬけの殻だった……それから三ヶ月、冬空の下を死に物狂いで探したよ。するとテラは私を見かねたように海から現れて、今までのことを侘びた──それがテラの人魚の姿を初めて見た日であり、ルーラの生まれた日でもあった」
「……えっ?」
「人魚の妊娠期間はたった三ヶ月なんだそうだ。岸に這い上がったテラの、鱗に覆われた腹部は人間と同じように膨らんでいた。彼女は心から謝ってくれたが──子を授かるために私に近付いたと打ち明けて涙したよ……初めはその目的だけの行動だったが、私を本当に愛していると言ってくれた。人魚は人の子を宿した後、通常はその人間の記憶を消してしまうのだそうだ。けれどそれが出来なかった。だからせめて子を産む瞬間は一緒にいたいと思い海上に出てきたと……」
──四月十四日。辛い冬を越え、春の訪れと共に再会した愛する女性は人魚だった。ルーラがいなかったら信じられない話だ。しかし……子を授かるためにって──
「私達は岬の下──初めて出逢った場所から遠くない洞窟へ移動し出産の準備をした。人間と同じようにそれは苦しそうだった。でも本当に可愛らしい娘だったよ……テラにも私にも似ていない金色の髪をして……まず一番に私の子ではないのでは? と疑ってしまったが、銀髪の人魚と人間の間の子は、必ず金髪に生まれるのだそうだ。そしてその時あの石も造られ、テラは自分と私の名から一文字ずつ取って名付けると誓い、海に戻ってしまった。たった数時間だが、結界のこと・シレーネのこと・石のこと……色々訊きたいこと全てに答えてね。もちろん私の一番の質問は、一緒に暮らせないか? ということだったが、テラはこの娘を立派なシレーネに育てるため、結界に戻らないといけない、だから人間の姿ではいられなかったと言った。そしてそれきり十六年、私達は会わず終いだ……」
再び遠くを見つめて、船長は感慨深げにその頃のことを想い出しているようだった。
──ジョルジョの『ル』に、テラの『ラ』か……。
此処までの話を聞いて、明らかに納得出来るのはこのことだけだった。僕は混乱していた。分からないことが多過ぎる。
何故そこまでして人間との間の子が必要だったのか? 金髪はそういった子にしか生まれない……シレーネの第三の条件。シレーネには人間の血が必要ということか? シレーネの君臨し得ない結界に、シレーネが必要になったと大ばば様は判断したのか? 既に──十六年前に……そして、今。
「アメル……君は結界に行ったのか?」
ジョルジョの雰囲気が少しそわそわとしていた。僕は考えるのをやめて、
「はい……ほんの少しですが──」
そう言って船長の二の句を想像し、ハッとした。
──テラ。ルーラの母さんは……
でも、いずれは告げなくてはならないことだ。
「テラにも会ったのかね?」
上気した頬が物語っていた。船長は今でもルーラの母さんを愛しているのだ。
「いえ……あの……実は──」
「きゃああああああっ」
その時。朝焼けに包まれた甲板を貫くように、船底から響き渡った叫び声はルーラのものだった。
「ルーラ? ルーラ!」
僕達は慌てて甲板へ、そして船底へと駆け降りた。気絶する前に発した絶叫と違い、今でもその声は何かと格闘している。
階段を降りきる寸前、ルーラの声は止んだ。視界の右隅に微かな光が感じられたが、それを確認する暇はなく、僕達は彼女の元へと駆けつけた。
「ルーラ! ルーラ!!」
僕の呼びかけに、彼女はうっすらと瞼を開いてみせたが、その表情に穏やかさは一片も見当たらなかった。水の中に沈んだまま荒い息をして、苦しみに悶える力もない様子だ。
「ルーラ……」
僕はコンテナに入って、彼女を自分の腕の中に抱えた。そうして気付いた──ウィズの石が無いことに。
ルーラに触れても、僕の身体は空気の膜に覆われることはなく、胸まで浸かると水の冷ややかさに思わず顔を歪めた。抱き上げられたルーラは水面に顔を浮かべ、やっとのことで視線をこちらに向けたが、その肌色はあの時を思い出させた──そう、大ばば様の死の直前。
「ルラの……石」
掠れた小さな声が紡ぎ出したのは、その一言だった。彼女の首元にはウィズの石どころか、ルラの石すら消え失せている。
あれだ──先刻のぼおっと霞んだ光。
ハッとして僕は甲板へ続く階段を振り返った。既に暗闇に紛れたその場所には光も気配もない。代わりに慌てた様子で船員の一人が駆け降りてきて、
「船長! フルボがボートを降ろして、南の方向へ逃げ出しましたっ」
息せき切ってそう告げたので、僕とジョルジョは納得したように顔を見合わせた。
「カルロ、急いでもう一艘のボートを用意してくれ。すぐに行く。フルボ……あの新米小僧めっ」
船長の舌打ちに、カルロと呼ばれた船員は再び飛び出していった。こうしている間にも、ルーラの頬は益々蒼褪めて今にも透けてしまいそうだ。
「船長……僕が行きます。ルーラを看ていてください」
──ルーラを守る。それが僕に与えられた使命。
しかし今にも走り出しそうな僕を制して、ジョルジョは腰を浮かし、
「いや、彼女を救うのは、父親の私の役目だよ。ルーラに何か遭ったら、テラに顔向け出来なくなってしまう。それに君が傍にいてくれた方が安心だ。──それも守ることと同じだよ、アメル」
水中で弱々しく揺らぐルーラの手の甲にそっと指先を重ねて、言い終わらない内に立ち上がり行ってしまった。
もう……顔向けする相手は、この世にいないのに──。
「ア……メル」
──哀しい顔しないで──。
「ルーラ?」
急ぎ下へ向けた目線の先では、瀕死のルーラが苦痛を押し殺して、微かに笑みを湛えてこちらを見つめていた。
「ルーラ、無理しないで……きっと船長が──君の父さんが石を取り戻してくるから。だから、ルーラ……!」
──死なないで──。
僕は彼女が失神する前そうしたように、全身で優しく包み込んだ。水の中にいたこともあるとはいえ、余りの肌の冷たさに驚く。水中でなくとも呼吸出来ていることは確認出来たので、彼女をゆっくり抱き上げ船上を目指して歩き出した。ルーラの身体がいやに重く感じられた。



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