君の素顔に恋をした


「美羽ちゃん、緊張してる?」

スタッフルームからカウンターの中に出ると、喫茶店のマスターの奥さんである香織さんに尋ねられる。


「……はい」


私は、小さく頷いた。


ヤバい、緊張がヤバい。


放課後、バイト一日目。

まだ、喫茶店の制服に着替えただけなのに、もう緊張しちゃってる。


「大丈夫よ、美羽ちゃん。緊張しなくても、そんなにお客さん来ないから」


マスターに比べて若く、綺麗な香織さん。

おっとりとした雰囲気から安心感をもたらせてくれる人で、優しく微笑んでくれた時の安心感は人一倍だけど、それでも緊張はしてしまう。


だって、働くなんて初めて。

しかも、接客業!

お客さんに、なにか粗相をしちゃったらどうしよう……。


「大丈夫よ。この前、練習したとき上手くやれてたもの」


この前の練習ってのは、営業時間外に、実際に座席を使って、マスターがお客さん役で、接客の練習をした時のことだ。

メモも用意して、丁寧に教えてくれた。


凄く有りがたかったけど、二人の時間を使ってしまったからこそ、失敗したらって、もっと緊張している。

マスターも、昔から知っているってことで雇ってくれたんだから……


深く考えすぎない方が良いんだろうけど、どんどん考え込んでしまう。


「美羽ちゃん、失敗するかもって思ってるのかな」


今まで一口も発さず、心配そうに見守っていたマスターが口を開いた。

口元に豊かな髭を貯えたマスターは、貫禄があり、諭すように優しい言葉は、安心させてくれる。


「上手くいくかも知れないんだから、やってみて本当に失敗しちゃってから後悔すれば良いんだ。緊張して自分を追い込む必要は無いよ。もちろん、私は美羽ちゃんなら上手くやれると思っているけどね」


マスターは、最後にお茶目に微笑む。


失敗してから、後悔。

……そうだよね、まだやったことないんだから失敗するかは分からない。

失敗しないかも知れない。

そう考えよう。


目を閉じ、落ち着くように呼吸して、目を開き直す。


「頑張ります」


気合を込めて宣言した私に、二人は微笑んだ。



その時、ちょうど──カランコロンと喫茶店のドアが開いた音がした。

ドアに背を向けていた私は、振り返る。

香織さんが、私の背中に手を置いた。


「よーし、その意気よ。一人目のお客さん、よろしくね」


小さく頷く。


半分ほど空いたドア、「いらっしゃいませ」と声を掛けた香織さんに私も続ける。


「いらっしゃいませ」


そして、ドアはゆっくりと開き、お客さんの姿を覗かせる。


「あれ」


驚いた様子のお客さんに、私も驚く。


あっ! 横山くん!?