Lord of My Heart 〜呪われ伯爵の白い(はずだった)結婚〜

 ローナンは言葉に詰まった。

 ノースウッド……北の荒野。本も医者も少ないこの僻地で、未婚の男性に女性の妊娠の神秘や、その特徴や兆候を知るすべはない。すべては母から娘へ口伝されるばかりで、男は断片的な知識を持っているだけだ。
 大体、種のまき方さえ知っていれば、それで十分じゃないか!

「……妊娠した女性は、吐きやすくなると聞いたことがある。ちょっとした強い匂いでも気分が悪くなるとか。オリヴィアがスープを吐いたから、マギーは誤解したんだよ」
「どうして誤解だと分かる? それが本当だとしたら、妊娠してるから吐いたということもある……」

 エドモンドは頑固にそう言い張った。ローナンが反論する。

「あのスープだよ! あれを出されて吐かないでいられるのは、兄さんくらいだぞ!」 
「女の勘というのもある」
「兄さん!」

 ローナンが怒声をあげると、調理場には再び沈黙がおりた。
 エドモンドは何かを考えているようだった。眉間に皺を寄せたまま、何もないはずの床に忙しく視線を走らせている。

 ――なんとも意外な展開だった。
 別の男ならともかく、他でもない、ノースウッド伯爵エドモンド・バレットが取り乱しているのだ。

 明日は嵐になるのかもしれない。矢が降ってきたり、ピンク一色の虹が空に掛かったり、豚が空を飛んだりするのかも……。