永遠のように思えた長い八時間のあと、オギャーという赤ん坊の泣き声がバレット家の屋敷に響いた。
エドモンドは座っていた椅子を蹴るように立ち上がり、疾風のような早さで一階の居間から二階へ駆け上がった。息をするのが苦しいほど心臓が高鳴っていて、他のものはなにも目に入らない。
階段で足がもつれなかったのが不思議なくらいだった。
扉を突き破るようにして寝室に入ったエドモンドは、一目散に床に横たわる妻のもとへ行き、ひざまずいた。
まず、エドモンドはオリヴィアの瞳に見入った。
疲れにくぼんではいるが、生気のある水色の瞳がエドモンドを見つめ返している。
「大丈夫……です。わたしも……」
オリヴィアが小さくささやいた。
ああ。
それから、エドモンドはオリヴィアの片手を握り、もう片方の手で彼女の頬をなでた。温かくて、汗でわずかに湿っていて、桃色に輝いている。
ああ。
エドモンドは今日ほど苦しんだこともなかったし、今、この瞬間ほど救われたと思ったこともなかった。
昨夜遅く、もう誰もが寝静まっている静かな夜中、予定よりも少し早くオリヴィアの陣痛が始まったときのエドモンドの狼狽ぶりは、長くバレット家の……いや、領地中の伝説に残るだろう。
兄に代わってローナンが産婆を迎えに馬を駆り、エドモンドは君のそばを片時たりとも離れないと言い張ってオリヴィアの隣にぴたりと寄り添っていた。
それでも、最初のころはまだよかった。
陣痛の激しい痛みも、来ては去り、来ては去りを繰り返していたから、オリヴィアにもエドモンドをなだめる時間があったのだ。
しかし、ウッドヴィルの街から産婆が到着し、いよいよ痛みが強くなってくると、そんな余裕もなくなっていった。
オリヴィアは苦しんだ。
それを目の当たりにしたエドモンドは、もう、精神を錯乱してしまったのではないかと思えるほど、うろたえ、慌てふためいていた。
彼は物を壊し、産婆に怒鳴り散らし、彼をなだめようとする者に反撃した。
産婆はすぐにエドモンドは邪魔だと判断し、彼を部屋から追い出すことと相成った。
それも屋敷中の男達が総出で、伯爵を取り押さえながらの大騒動となった。
「まったく、バレット家の男達は、加減ってものを知らないね」
産婆とともに部屋に残ったマギーが、首をふりながらオリヴィアのそばにより、彼女の手を握ると言った。
「これはさっさと元気な跡継ぎを生んでやらないといけないよ、マイ・レディ。早くしないと、旦那が屋敷を壊しちまうからね」
どうにか、オリヴィアは微笑み返すことができた。
それからさらに数時間が経ち、一階に取り押さえられていたエドモンドのところにも妻の痛々しい悲鳴が聞こえてくるようになって、しばらく。
エドモンドだけでなく、屋敷中が、不安に息を呑みながら出産の時を待っていた。


