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石畳の階段を駆け上ったエドモンドが最初に見つけた人影は、ガブリエラのものだった。
妖艶に仕立てられた緑のドレスに包まれた身体をくねらせ、ゆったりと壁に寄りかかっているさまは、見るものが見れば美しいといえるものだったのだろう。
しかし、今のエドモンドには、墓石ほどの魅力も感じられなかった。
優雅に肩を流れるガブリエラの金髪も、エドモンドの視界をさえぎるだけで、ますますの苛立ちを誘う。今のエドモンドには、とてもではないが、名前さえうろ覚えだった女性の相手をしている余裕はなかった。
「ようこそ、ファレル邸へ、ノースウッド伯爵。私との約束を覚えていてくださったのね。嬉しいわ」
ガブリエラは意味不明なことを言った。
少なくとも、エドモンドにとっては全く身に覚えのない台詞だった。
そんな訳でエドモンドは、下階での所行同様、このガブリエラも無視してさらに突き進むつもりでいた——が、エドモンドがガブリエラの横をすり抜けようとすると急に、彼女の白い手が伸びてきて、彼の腕を掴んだ。
「焦らなくても、空き部屋はいくつもありますわ。ここはわたしの屋敷……すべてを把握しているのよ」
指輪で飾られたガブリエラの手が、エドモンドの腕をなめらかになでた。
「すべて?」
まるで、その言葉が……その言葉だけが、なにか重要な意味を持つとでもいうように、エドモンドはガブリエラの言った台詞を繰り返した。
「ええ、すべて」
ガブリエラは意味ありげに微笑んだ。「お探しのものは何かしら? わたしなら貴方の欲しいものを差し上げられるわ……欲しいものを、欲しいだけ」
彼女の手は、ゆっくりとエドモンドの腕をのぼり、広く逞しい肩にまで届いた。
そして、最高のご馳走をまえにした猫のように満足げに喉を鳴らしながら、ガブリエラはエドモンドの身体にすり寄ってきた。
「ねえ、わたしたちはお似合いだわ。高貴な生まれのものは高貴な生まれのもの同士で結ばれるべきではなくて……? あんな強欲な成金の娘にこだわる必要はないのよ」
ガブリエラの金髪が、エドモンドの首元に近づいてくる。
その時、さすがにエドモンドにも、ガブリエラの意味することが分かってきた。彼女はオリヴィアなど放っておいて自分と通い合おうと言っているのだ。
なんと愚かな。
なんという……盲目。


