オリヴィアは危険を察知してゆっくり後ずさりした。
 しかし、扉の前には酔っぱらった男、廊下のすぐ先にはヒューバートがいて、オリヴィアに残された選択肢は部屋の中へ入ることだけだ。

 あまり賢い逃げ方とは言いがたい。
 それでも、オリヴィアはどこかへ逃げなければならなかったから、警戒しながら部屋の奥へ進んでいった。

 後ずさりしつつ、なにか武器になるようなものはないかと、横目で部屋の中を見回す。
 部屋は思ったよりも広く、大きな四柱式のベッドにナイトテーブル、それから火のついていない暖炉の前に安楽椅子が一つ置かれていた。

 オリヴィアは、暖炉のすぐ横に数本の火かき棒がそろえられているのを見た。

(そうだ!)

 これで彼らを脅かすことができれば、この窮地を自力で脱却できるかもしれない——というひらめきとともに、オリヴィアの目標は定まった。
 目標がある時のオリヴィアはあきらめないのだ。

「おお。君のようなお嬢さんにそんな強気な目を向けられると、まったく、ますますそそられるな」

 酔っぱらった方の男が、舌なめずりをしながらそう言った。
 君のようなお嬢さん!

 この男は、オリヴィアが広大な土地の領主の妻であることを知らないのだ。
 オリヴィアは一月にわたってバレット家の屋敷を管理した。
 多分。
 まあ、少なくとも、少しはそれに貢献した。お嬢さん、などと子供じみた呼び方をされるいわれはない。

「私にその気はありません、サウスウッド伯爵」
 オリヴィアはきっぱりと、勝ち気に宣言した。「二人ともそこをどいてください。さもないと、今に痛い目を見るわ」

「なんと! 威勢のいいことだ! どうもこの子猫ちゃんは私たちと戯れたいようだ。なあ、ヒューバート」

 この男には英語が通じないようだ。 

 オリヴィアは決心して、用心深く暖炉の方へ足を向けた。
 あと数歩後ろに下がれば、鈍い輝きを放った銅製の火かき棒に手が届く。そうしたらまずヒューバートより先にこの酔っぱらいの頭に一発お見舞いしてやろう。
 先ほどの可哀想なメイドも、きっと喜ぶはずだ。