二人の男が押し合っている間にも、オリヴィアは軽やかにドレスをひらめかせながら舞踏室から遠ざかっていく。
揺れる黒髪が人々の間をくぐりぬけて見えなくなると、エドモンドの顔色が変わっていった。あせりと苛立ちが混ざったような苦々しい表情を隠しもせず、エドモンドは弟を押しのけようとした。
「だ、か、ら」
兄の鍛えられた腕と格闘するのに舞踏会用の礼服は窮屈すぎたが、ローナンは、ここぞという時に風体のために遠慮するほど気取った男ではない。
弟を押し退けようとする兄の手と、そんな兄を阻止しようとする弟の腕がからんで、荒っぽく争いあった。
二人の大柄な男がからみ合っていれば、嫌でも目立つものだ。
周囲の目が自然と二人の兄弟に集まりはじめて、小さなざわめきが起こりはじめる。
今夜のような舞踏会で、野蛮な騒ぎは御法度だ。
楽しいことになりそうなのは確かだったが、しかし、ローナンは今ここで兄と格闘を始めるわけにはいかなかった。かといって兄を通すわけにもいかない。
なんとか暴れようとする兄の両腕をつかまえたローナンは、力を込めて兄を押しとどめながら言った。
「こんなのは長続きしないんだってば、兄さん! 分かってるくせに意地を張るから面倒なことになってるんだ!」
ローナンの言葉に、野犬が低くうなるような声を歯の隙から漏らしたエドモンドは、強引に相手の腕を振りほどいた。
そこで近くにいた婦人がきゃっと声を上げて後ずさったので、それを側で見ていた若い青年が色めきだった──血気盛んな年頃独特の、勇敢なところを見せてやろうという野心に、火がついたらしい。
青年は勇んで、エドモンドの肩に片手を乗せようとした。
「失礼だが、伯爵、婦人たちの前で乱暴な真似は控えてもら──」
青年は若者らしくそれなりに立派な体格をしていたが、いかんせん相手が悪いことに気づいていなかった。
あるいは、相手と、タイミングがひじょうに悪いことに。
今のエドモンドは機嫌を損ねた馬よりも質が悪い。
そう、まるで、駿馬が邪魔者を蹴飛ばそうとするような勢いで、エドモンドの身体は反応した。
さっと青年の手がエドモンドの肩から浮かされたと思うと、そのまま青年の全身が弧をかくようにして空中に舞い、どさりと派手な音を立てて落下したのだ。
それはまさに落馬した人間のそれに近く、抵抗する間も、悲鳴を出す暇もないほどの急な展開だった。
舞踏会場はあぜんとして、しばしの沈黙に包まれる。


