ローナンは居ずまいを正して小さく咳払いをした。

「これでいいのかい、兄さん? オリヴィアを実家に帰して、これからずっと死人みたいに生きることが兄さんの望みなのかい?」
「私に他の選択肢があるのか」
 弟を振り返らないまま、エドモンドは答えた。「このまま彼女の隣で僧侶のように振舞い続けることはできない。彼女を死なせることもできない。他にどうすればいい?」

 多分、ローナンは生まれて初めて、エドモンドから質問を受けた。

 エドモンドの声はしわがれており、そこには弱々しい諦めの響きがあって、まるでエドモンド・バレットではない別の誰かが彼になりすまして話しをしているようだった。
 昨夜は眠っていないのだろう、彼の肌は疲れに青白くなっていて、ブロンドの髪も艶を失っているように見える。ローナンは唇を結んだ。

「あると思うよ」

 慎重に、言葉を選びながら。

「オリヴィアを信じるっていう選択肢が。彼女の強さを信じることだよ」

 ローナンはそう言って、兄の出方を待った。
 ずいぶん長い間待ったが、エドモンドは答えずにブラシを握ったまま立ち尽くしていた。

 厩舎というのは不思議な場所で、時間の流れを忘れられる。ローナンは黙って入り口から中に入り、腰の高さに巡らせてある太い木枠に手を置くと辛抱強くエドモンドの答えを待った。
 ローナンよりも先にしびれを切らしたのは馬の方だった。賢い巨体の馬は、ヒーンと鳴くと、エドモンドに大きな身体をすり寄せてブラッシングをねだる。

「分かっているよ……」

 と、エドモンドは答えた。
 馬に対して。
 自分に対してそう答えたわけではないが……ローナンは長い溜息をつくと、頭を振ってエドモンドに背を向け、ゆっくりと外へ歩き出した。

 ──ここから先は、兄の戦いなのだ。
 自分は、助けてやることはできても、かわりに戦ってやることはできない。そのつもりもない。



 厩舎を後にしたローナンは砂利道を歩きながら、目の前にそびえ立つ背の高いバレット伯爵邸を強く見すえた。威圧的にたたずむ灰色の壁を前にして、ローナンは今さらながらわずかな畏怖を覚えた。

 ああ──自分だって、まだ結婚していないではないか。

 本当はきっと心の何処かで恐れているのだ。
 だからこそ、エドモンドとオリヴィアが幸せになって、呪いなど本当は無いのだということを証明して欲しくて仕方がない。

 そういうことなのだろう……。