そのまま食堂を出て行ったエドモンドは、朝食に手をつけることなく厩舎へ向かった。残されたローナンは、このままオリヴィアのそばにいるべきか、兄を追うべきか迷った。

 しかし、厨房の影から出てきたマギーが、
「ああ、マダム、可哀想に……」
 震えているオリヴィアのそばにやってきて彼女の肩を抱いたので、ローナンは厩舎へ兄を追うことにして、走った。





 いままでだって、ローナンは、エドモンドがとびきり幸せな男であると思ったことはなかった。

 兄は寡黙で堅実な男で、楽しみごとにはほとんど脇目も振らず、まだ少年のうちから荒れ果てた北の領地を守るために働き続けてきた。
 彼が、貴族の集まりよりも馬の世話を好むのは、そう生まれたからではなく、そう生きざるを得なかったからだ。

 強い信念をもって家族の悲劇を乗り越えた彼が、再び起こる悲劇を恐れているのはよく分かる。
 分かるのだが──。

「兄さん……」

 ローナンが厩舎の入り口に立って中をのぞくと、エドモンドはすでに馬用のブラシを手に持って、バレット家で一番大きな鹿毛馬と向き合っているところだった。

 領主の目はすっかりくぼんでいて、生気がない。馬は人の感情に敏感な生き物だから、主人の傷心を感じ取っているようだった。長い鼻先をエドモンドのほうへ押し付けて、ヒン、ヒンと短く鳴いて同情している。
 しかしエドモンドは、それにさえ気付いていないようすだった。

「兄さん、話があるんだ。こっちを向いてくれないかな」

 しかし、エドモンドは振り向こうとしなかった。

 古い木造の厩舎は背の高い建物で、鉄格子が入った窓が採光のために壁の高い位置に並んでいる。
 足元には家畜用のわらが散らばっていて、動物の匂いがつんと漂っているこの空間は、確かに、自分と世界とを切り離すのには最適な場所かもしれなかった。

 ローナンは兄がこんな風に落ち込んでいるのを見たことがなかった。