そして、エドモンドはオリヴィアを見た。

 『見た』という表現が正しいかどうかは分からない。とにかく彼の目はオリヴィアを据えていた。
 憑かれているような鋭い目、怒りに燃えているような瞳、眉間に深く刻まれた皺……。

 オリヴィアは急に怖気づきそうになったが、彼に見つめられているという事実だけは消しがたく、なかば無意識に彼の前に進み出ていた。

「おはようございます、ノースウッド伯爵」

 しかし、エドモンドは答えようとしなかった。
 オリヴィアはなんとか微笑んで、気分のいい朝の挨拶をする努力を続けた。「お疲れなのですか? 水を持ってきましょうか?」

 エドモンドはイエスとノーの単純な返事さえよこそうとしなかったが、それでもオリヴィアから目を離すことはしなかった。いよいよ困り果てたオリヴィアは、慌てて話題を変えてみる。
 くるりと夫に背を向けて、後ろ髪に指してある白い小花を見せると、顔だけ振り返って言った。

「これ、綺麗な花だと思いませんか? 私もローナンも名前を知らないんです。あなたならご存知かもしれません。私たちは『オリヴィア』っていう名前にしようかと──きゃっ!」

 いきなり髪を引っ張られて、オリヴィアは短い悲鳴を上げた。

 驚いてエドモンドを見上げると、彼はオリヴィアの髪から小花を抜き取り、それを手の中で握りつぶしていた。白い花弁がはらりと散って、静かに床に落ちた。

「ノ、ノース──」
 オリヴィアは蒼白になった。

「あなたは忘れているようだが」
 手の内に残っていた茎も床に投げ捨てたエドモンドは、大きな身体でじりじりとオリヴィアにつめ寄り、苛立たしげな口調で忠告した。

「約束の一月はもう過ぎようとしている。そして、私はいまだにあなたを疎ましく思っている──。ファレル家の舞踏会が終わったら、あなたは実家に帰るんだ」

 なにを言われたのか信じられなくて、オリヴィアは水色の瞳を見開いて目の前に立ち塞がっている夫を見つめた。今回ばかりはローナンも動かないままで、深刻な顔をしてエドモンドとオリヴィアを交互に見ている。

 たぎるようなエドモンドの瞳は、嘘を言っているようには見えなかった。

(そんな……)
 オリヴィアの瞳から小さな涙の粒が流れて、床にぽたりと落ちた……今、散ったばかりの白い花弁のように。