Lord of My Heart 〜呪われ伯爵の白い(はずだった)結婚〜

 ウッドヴィルの街は、伯爵家の馬車を迎えて陽気に湧いた。

 通りで遊んでいた子供たちはそろって馬車を指差し、男たちは帽子を脱いで胸に置いて敬意を示し、若い娘たちは黄色い声の混じったひそひそ話を始める。
 御者台からローナンが手を振ると、娘たちの声は甲高い悲鳴へと変わった。

 馬車はそのまま街の中心まで進み、中央に噴水のある広場に入ると、ゆっくりと止まった。
 バレット家の馬車は、都会の者から見れば何の変哲もない質素な造りだったが、この小さな街では屋根付き馬車というだけで十分な憧れの対象になる。多くの者は馬に素乗りするか、木材を組み立てただけの荷台で満足している小さな世界だ。

 広場に集まったいくらかの見物人に囲まれて、ローナンはすらりと御者台を降りた。
 ここまでの道程にたっぷり時間をかけたおかげで、時刻はもう昼近くをさしている。ローナンは頭上の太陽を仰いでそれを確認した。

 その間、ローナンは一度も休憩を取らなかった──つまり、もう結構な時間、問題の二人は狭い密室の中で二人きりだったということだ。

(なにか成果はあったかな)
 確かに馬は駆ったが、ローナンは正式な御者でもなければ、使用人でもない。

 目的地に着いたからといって、うやうやしく馬車の扉を開けてやるような真似をするつもりはなかった。しかし馬が完全に止まってしばらくしても扉は閉ざされたままで、彼は大勢の見物人たちの前で立ち尽くすことになった。

(……え、と)

 遠巻きに集まっている見物人に適当な愛想笑いをしながら、ローナンは待った。
 扉は閉ざされたままだった。

(もしかして、期待以上の成果があった……とか)

 いくら待っても内側から扉を開こうとする気配がないのが分かって、ローナンはだんだん、期待と不安が混ざった落ち着かない気分になってきた。見物人たちの存在がそれを煽る。

 しばらく待ってみたが、扉が開く気配はない。
 ローナンは今さらこちらから扉を開けてやるのも癪な気がして、ゴホンと大袈裟な咳をすると、小窓を軽く叩いてみた。
 反応はすぐに返ってきた──領民の目の前で、冷静沈着で名高い、罵り言葉とは無縁の穏かなノースウッド伯爵の怒声が響いた。

「ローナン、このくそが! 少しぐらい待てないのか! 首をへし折るぞ!」

 ローナンは精一杯の笑顔を作って、目を点にしている領民たちを振り返り、朗らかに微笑みかけた。
 さも、「今のは皆さんの空耳ですよ」と言わんばかりの爽やかさで。