Lord of My Heart 〜呪われ伯爵の白い(はずだった)結婚〜

 エドモンドの視線を感じる。
 いや、感じるなんてものではない。エドモンドはまるで悪魔と一晩中戦ったあと、まだ決着がつけられないで苛々している悪鬼ような顔でオリヴィアを睨んでいた。
 今の彼なら素手で彼女の首をへし折ることもできるだろう。

 オリヴィアは恐怖を感じていたが、同時に、彼がすぐ目の前に座っているということで、説明しがたい安心をも感じていた。
 エドモンドがここにいる。
 彼の気を惹くために選んだドレスを、(その気性はどうあれ)、熱心に見つめている。

 ──逃げることができないならば、せめてこの場を和めたり、気の利く会話を始めたりしなければ。そう考えたオリヴィアは、中央仕込みの洗練されたお愛想笑いをにこりと顔に貼り付けて、エドモンドに向けて微笑んでみた。



 エドモンドの心臓は、今にも破裂せんばかりの強さで脈打ちだした。
 嗚呼(ああ)、神よ。
 エドモンドは信心深い男ではなかったが、オリヴィアの笑顔は……天国と地獄の存在をいっぺんに彼に突きつけてくる。いつもそうだ。

 彼女が可愛らしく繊細な笑顔をつくると、それは朝の太陽のように瑞々しく輝いて、エドモンドの存在そのものを鷲掴みにするのだ──。



『話題に困ったときは、天気の話をしなさい』
 これは、初めて社交界に顔を出しはじめた頃から口を酸っぱくして言われてきたことで、オリヴィアは今こそこの約束ごとを利用するべきだと思った。

「あの……今日はとてもいい天気ですね、ノースウッド伯爵。青空がとても綺麗だわ」

 すると、エドモンドは一層険しい目つきになってオリヴィアを睨んだ。
 オリヴィアはすぐには諦めなかった。

「きっと街を散策をするには最適の日和です。太陽は肌に良くないといって嫌う婦人も多いけれど、私は好きだわ。温かくて……」
「マダム」
「気持ちい……え?」
「マダム、一体何がしたいんだ」

 エドモンドの口調は明らかに苛立っていた。
 驚いたオリヴィアは、しばらく口をぱくぱくさせて何と答えていいのか考えていたが、エドモンドが先に続けた。

「その裸同然のはしたない格好で私の弟と街を出歩いて、一体何がしたい?」