Lord of My Heart 〜呪われ伯爵の白い(はずだった)結婚〜

「なにから話すべきだろうか。私が身を持って知っているのは、祖父の代からの話だ。それ以前についてはあまり知られていないし、私も、自ら調べる気にはならない」

 今夜、屋敷は特別静かだった。
 外はもう暗く、漆黒の闇がカーテンの隙間から音もなくのぞいている。
 オリヴィアはいつだって夜よりも昼のほうが好きな人間だったけれど、今は……夜の静寂がありがたかった。彼の言葉を一言だって聞き逃したくなかったから。

「私の祖父は母親を知らない男だった……祖父の母、つまり私の曾祖母が祖父を産んだときに亡くなったからだ。彼が最初の子供で、兄妹も姉妹もいない。成長した彼は地元の名家の娘と若くに結婚した。屋敷に女手が必要だったこともあるし、彼自身、身近な女性の存在を必要としていたのだろう」

 エドモンドは少しだけ眉をあげて、オリヴィアの全身をゆっくりと眺めながら言った。
 その仕草はまるで、オリヴィアの中に思い出を探しているようにもみえる。

「その方がノースウッド伯爵とローナンのおばあさまなのですね」
 オリヴィアは静かに聞いてみた。

「そういうことになるだろう。私は一度も会ったことがないので、その事実以外は何も知らないが」
「え……」
「彼女もまた、最初の出産で亡くなっている。つまり、私の父を産んだときに」

 心臓が跳ねるように強く脈打つのを感じて、オリヴィアは一瞬、息を呑んだ。

 一度速まりだした鼓動は、坂を転げ落ちる小石のようにどんどん速度を上げて、オリヴィアの平常心を素早く奪っていく。ただしまだ、ある事実がオリヴィアの興奮を押し留めていた。

「それが……それが『バレット家の呪い』だと仰るのですか? 曽祖母さまも、おばあさまもご出産で亡くなったことが?」
「それも、どれも最初の出産で、だ」
「でも、でも、ノースウッド伯爵のお母さまは違ったのでしょう?」
 オリヴィアはすがるように言った。「だってあなたにはローナンがいます。弟が」

 しかしエドモンドの答えは、オリヴィアが期待したよりもずっと冷酷なものだった。

「いいや、マダム。私とローナンは母親を共にしていない──異母兄弟だ。私の母は私を産んだときに、ローナンの母はローナンを産んだときに、亡くなっている」