Lord of My Heart 〜呪われ伯爵の白い(はずだった)結婚〜

 街一番の仕立て屋の前で馬を降りると、ローナンは素早く店の中に入っていった。

 ところ狭しと積み上げられた様々な布が、色の洪水を織りなして客を迎えるこの小さな仕立て屋は、時折中央から注文も入るという指折りの店だ。ローナンが細長い店内の真ん中に立っていると、店の奥から小柄な中年女性がいそいそと出てきた。

「これは、これは、話題のバレット家の次男坊ですわね!」

 貞淑だが胸元だけは大胆にひらいた黒のドレスを着た赤毛の女性は、そう言ってローナンの手を取った。「ウッドヴィルはその噂で持ちきりですわよ」

「噂の話題は僕なのかい? それともバレット家が話題なの?」
「ハンサムな独身男性はいつでも話題の的よ。でも今、この小さな街が特別感心を集めているのは、新しい伯爵夫人についてですの」
「実はそのことで相談があるんだ」
「まあ、光栄だわ。そんな大切な話の相談相手に選ばれるなんて」

 そうは言ったが、まるでそれが当然だと言わんばかりの自信に溢れた笑顔が、女性の顔に浮かんでいる。

 そう──仕立て屋というのは、ドレスを作るだけの場所ではない。影の社交場なのだ。そこの女主人であるということは、街全体の噂や人間関係について、誰よりも詳しく知っているという意味でもある。
 ローナンは女性関係の問題が浮上したとき、必ず彼女の助言を借りることにしていた。

「新しい伯爵夫人はとても綺麗な女性だよ、マーガレット。きっとドレスの作り甲斐があるんじゃないかな。小柄で細身だけど、この辺りがすごく豊かなんだ」

 と言って、ローナンは胸の前を掴むようなジェスチャーをした。
 マーガレットと呼ばれた中年女性は、満足そうにうなづく。