なりきるキミと乗っ取られたあたし

 ベッドに腰掛けたあたしの前に、あたしの姿をしたニセモノが丸い椅子に腰掛けていた。
 どうしてこうなったのか、まだ混乱している。

 あたしは祐子先生に支えられながら保健室に連れてこられた。
 気分が悪いといっていたニセモノのあたしも一緒についてきたのだった。
 あたしは背中と腰を強打して歩くのがつらいし、ニセモノのあたしも足をひねって捻挫をしていた。
 足首がものすごく腫れ上がって、見た目はニセモノのあたしの方が痛々しく見えた。
 担任の祐子先生と保健の青柳先生は、あたしたちを病院に連れて行くかの相談をするため、校長室へいっているところだ。

 双葉と友梨奈は先生に教室で待機するよういわれ、保健室にもついてこなかった。
 今はあたしとニセモノのふたりだけ。
 シンと静まりかえった室内は、薬品のにおいこそしないが、あまり居心地がよくない。
 とにかく、なにが起こったのか状況を整理しなければ。

 背中を丸めて黙り込んでいるニセモノに声をかけた。
「あなた、キリコだよね」
 相手はちらりとあたしを見てうなずいた。
 まさにニセモノって感じがしてゾッとする。
 あたしの姿をしていながら、なにもかも否定したくなるほど気持ちの悪さがあった。

 改めて問いただす。
「あたしとキリコの中身が入れ替わったってことだよね?」
「たぶん……そうなんだと思う」

 キリコはあたしの体で、自信なさそうにもそもそとしゃべった。
 鏡でしか見たことのないあたしの姿。
 こんなにもどんよりとした負のオーラをまとっているなんてありえない。それだけでイライラしてくる。

「どうしてこんなことになってるのかわかんないけど、とにかく、ちゃんとして」
「ちゃんとって?」
 本当にキリコはあたしが何を言っているのかわかっていないようだった。ぽかんとこちらを見つめている。

「もう! 背筋伸ばしてよ。どうしてそんなにうじうじしてるの。ほんと、気持ち悪い。陰キャに見えるじゃん。あなたは今、音無花音の姿をしてるんだから、みんなあなたが音無花音だって思ってあなたを見てるの。あたし、そんなふうに見られたくないの」
「ごめん……慣れてなくて」

 そのとき、スマホが鳴った。キリコが持っていたあたしのバッグの中からだ。
 あたしはバッグをひったくり、スマホを取り出して確認した。双葉からのメッセージだ。

『どう?』
 ――病院に行くことになった
『ヤバ』
 ――キリコも一緒
『キリコにやられたってハッキリいったほうがいい』
 ――だね

 メッセージを返し終えるとキリコに向き合った。
 自信なさそうにこちらをうかがっている。
 キリコって、友達いたっけ? 友達との交流の仕方、知ってるのかな。
 この先、キリコがあたしとしてうまくやれるとはとても思えなかった。

「とりあえず、スマホは自分のを持っておこう」
「うん」

 本当は持ち物全部交換したかったが、そういうわけにはいかないよね。
 キリコの姿をしたあたしが音無花音の持ち物を持っていたら、ややこしいことになる。
 双葉も友梨奈もキリコに相当不信感を抱いてしまったから。

「双葉と友梨奈はなんかいってた?」
「……気づいてなさそう」

 よかった。まだ気づいてないんだ。
 そうだよね。あたしの方を見てぶち切れてたんだから。
 いっそのことふたりに本当のことを話してしまおうか。
 あたしとキリコが入れ替わったなんて信じるかな。

 信じなかったらどうなるの。
 あたしとキリコが結託してなにかをたくらんでいるとか勘違いされて、ふたりと断絶することにならない?
 ああ、絶対ムリだ。隠し通さないと。
 音無花音とキリコが仲良くしているなんて絶対にダメ。

 キリコを見ているとムカムカしてきた。
 あたしはキリコに向かって「ねぇ!」と叫んでいた。
 背中が丸まったままのキリコがビクリと肩を震わせる。

「お願いだからあたしをちゃんと演じて。あたしはあたしらしくいたいの。わかるでしょ、音無花音として振る舞ってよ。今まで積み上げてきたイメージを壊さないで。あたしはキリコとは違うの。失いたくないものがいっぱいあるんだから」

 あたしは立ち上がって、音無花音の乱れた髪を直してやった。
 ずっとそばで見守りたい。音無花音が音無花音であるために。
 こんなことで狂わされたくはない。
 今は双葉も友梨奈も音無花音がケガをして同情してくれてるけど、ちょっとしたことで反感買ったらおしまいだ。

 それにひきかえ。
 キリコはいいわよ。なにもしないで自分の席でぼうっと座っているだけでキリコだし、誰もかまいやしないんだもの。
 これを機にキリコのことを引き立たせてやろうだなんてみじんも思わない。
 キリコだってキリコのままでいいのよ。
 キリコなら誰でも演じられる。
 でも、音無花音はそうじゃない。あたしにしか音無花音にはなれない。