なりきるキミと乗っ取られたあたし

「もう! むやみに体さわってこないでよ」
 怒りの矛先を夕凪に向けると、わかりやすいくらいに小さくなった。
「ご、ごめん。なんか、目の前に自分の体があると垣根がなくなっちゃう」
 ああ、もう夕凪のことを怒ってもしょうがないのに。
 自分にもいらだって息を吸って落ち着かせる。

「あのね、あたしはあなたで、あなたはあたしで、なにもかもが心配で、それはそうなんだけど、距離は保とう。へんに思われる」
「うん。音無さんになりきって、夕凪風太と距離を取る」
 夕凪は自分に言い聞かせるようにぶつぶつとつぶやいている。

 元に戻れない以上、夕凪にはあたしになりきってもらわないと困るんだけど、でもそれをなかなか受け入れられない気持ちもあった。
 目隠しをして家の中にずっとこもっていてほしい。
 そんなことできやしないのに。
 あたしだって閉じこもってばかりはいられない。なんとかしないと。

 自信なげにたたずんでいる夕凪に声をかける。
「あと、日向くんのことだけど。同じ幼稚園ってことは、夕凪は日向くんとも仲がいいの?」
「仲がいいっていうか、今は全然。あのころはよく遊んでたけど」
 夕凪はちょっぴり寂しそうにうつむく。

 そうだよね。キリコのことをキリちゃんと呼ぶくらいなんだから、陽向くんのこともよく知っているはずだ。

「とにかく、夕凪の姿をしているあたしからいっておく。入れ替わりのこと、伝えておいてもいいよね」
 すると夕凪は一転して明るい表情を見せた。
「そっか! 本当のこと、いえばよかったんだ。あのときだって陽向と音無さん、一緒にいたもんね。どうしたらいいのかわかんなくて、慌てちゃったよ」

 夕凪は陽向って呼んでるのか。
 なんか、緊張する……ああ、ダメダメ。中身は音無花音だと告げるのだから、呼び捨てにするのはずうずうしいような……。
 だけど、姿は男子なんだから、近づきすぎても女子から白い目で見られることもなくて、そこはうれしい。

「あっ、そうだ!」
 登校途中だったことを思い出す。
「こんなことしている場合じゃないよ。夕凪は待ち合わせの場所に向かって。双葉と友梨奈といつもどおりに登校してくれないと困る」
「了解っ! まかせて」

 急にかわいこぶって張り切り出す夕凪だが、心配だ。
 キリコと比べたら、あたしに向かう敵対心がないだけまだマシなんだけど、慣れない女子の世界に順応できるか不安しかない。
 頭の回転もにぶそうだし、まったく頼りにならない。

 大丈夫かな。あたし、あんまり一生懸命にやるタイプじゃないんだけどな。空回りしないといいのだけど……
 面倒な頼みごとにもどこ吹く風の夕凪。
 ここからでは待ち合わせ場所まで遠回りになるというのに、夕凪の足取りは軽やかだった。

 こちらは一気にものを胃袋に押し込んだせいで胃が重い。それでいて栄養がまだ行き渡っていなくて力が出ない。
 家族間のトラブルじゃないとわかったけど、なんでそんなにやせたいんだろうな。
 自分で腕をつかんでみる。音無花音のほうがよっぽど肉付きがよさそうだった。

「はぁ……」
 夕凪はあたしの体がだらしないとかバカにしてるだろうか。
 ここまで食べることを我慢できるって、ある意味すごい。
 あたしも、ちょっとは協力しなくちゃ。
 夕凪がこの体に戻ったときのために。

 いや、そんなことより。そもそも、あたしたち、戻れるんだろうか。