ぐーたら令嬢は北の修道院で狂犬を飼う


「君とは婚約破棄をするつもりだ。そして、君には彼女の補佐についてもらう」
「……補佐?」

 わたしの眉がピクリと跳ねた。イーサン殿下の隣に座るエミリアは、小動物のようにぷるぷると震えて、イーサンにしがみつく。

「君は仕事が好きなようだから、そこは奪わないでやる。それなら満足だろう?」
「……話にならないわ。……わかった。婚約破棄を受け入れます。書類はさっさと送ってちょうだいね」

 わたしはソファから立ち上がると、さっさと部屋を出た。
 無駄な時間を三十分も使ってしまったわ。この時間があったら、カーテンで太陽を遮って、アロマを焚きながらベッドに転がることができたというのに。
 ああ、馬鹿みたい。
 三十分どころではない、十年だ。十年の時間を無駄にした。
 王太子妃にならないなら、王太子妃の教育を受ける必要はなかったことになる。
 思わずわたしは、大きなため息をもらす。
 迎えの馬車の扉を開けた、わたしの専属執事が首を傾げる。

「お嬢様、どうかなされましたか?」
「どうもこうもないわ。最悪なの。人生計画が丸つぶれよ」

 わたしはこめかみを押さえる。
 十歳の時に立てた人生計画では、今年、王太子妃になり、一日の半分をゴロゴロするはずだった。
 そのためにどれほどの準備に費やしてきただろうか。
 こんなことなら、十年前に「王太子妃にはなりたくないわ!」と言っておくべきだった。
 別の面倒さはあるけれど、水の泡になるよりはマシだっただろう。
 ああ、わたしに予知の能力があったらよかったのに。
 今は十年前の選択を悔いている暇はないわ。

「元気を出してください」

 執事が優しい笑みで慰めの言葉をくれる。
 美しい金の髪が揺れた。目鼻立ちの整った執事の顔は、いつ見ても飽きない。
 綺麗なものは怠惰な生活の次に好き。