ぐーたら令嬢は北の修道院で狂犬を飼う


「離せっ! わかった。ミランダ、私の誘いを断ったこと、後悔することになるぞ!?」
「はいはい。とーっても後悔しておきますね」
「本当だ! あとから働きたいと泣いて縋っても私は絶対に雇わないからな!?」
「大丈夫です。働くのは嫌いなので」
「強がっても無駄だ!」

 イーサン殿下は一通り叫ぶと、逃げるように修道院から去って行った。
 本当に何しに来たのかしら?
 逃げるように帰っていく馬車を窓から見て、わたしはほくそ笑んだ。
 だって、この後のことは見なくても手に取るようにわかる。
 王妃様は厳しい人よ。きっと、あのふわふわ頭を王太子妃に相応しくなるように教育しなおす筈。
 私が十年で身につけたことを、結婚までできるとは思えない。
 その前に音を上げるに決まっている。
 想像するだけで、溜飲が下がった。

 すると、オルトがわたしの側に跪き、わたしの手を取った。

「どうしたの?」

 赤く腫れているわたしの腕に唇を落とした。そして、彼は上目遣いでわたしを見る。
 綺麗な黄金の瞳と目が合って、心臓が跳ねる。
 わたしはそれを隠したくて、慌てて腕を引っ込めた。

「これくらい大丈夫よ」

 いつもどおり、わたしはオルトの頭を撫でる。
 乱暴に。
 なぜか、心臓がうるさかった。

「あいつ、嫌い」
「気が合うわね。わたしも嫌いよ」
「俺の、傷つけた」

 俺の?
 わたしが首を傾げる前に、オルトがわたしを後ろから抱きしめる。

「ちょっと!」
「ミランダは俺の」

 オルトはわたしの首筋に顔を埋める。
 ふわふわとした黒髪がくすぐったい。
 心臓がいまだ早歩きしている。心臓がこんなに忙しなく動くのは初めてで、わたしはどんな顔をしていいのかわからなかった。

 その日から、オルトはわたしの足元から横で眠るようになった。
 気持ちよさそうに眠るオルトを見て、わたしはため息を吐く。
 この拾いもの、失敗したかも。
 少し幼さの残る寝顔。わたしは彼の額に唇を落とした。


 FIN