「――寒いね」
呟く私に、羊ちゃんがタバコの箱とライターをポケットに仕舞う。
「戻ろう羊ちゃん、寒すぎ」
「…待って」
「ええ、なに?ほんと寒いよ、ここ」
「小夜」
「は、はい」
「…“皆瀬小夜”ね」
「…ん?」
羊ちゃんが真っ直ぐ私を捕らえる。
その視線があまりにもまっすぐ、
まっすぐなものだから。
私は思わず目を逸らしてしまう。
彼はまた、こう付け足す。
「お前は、ここに居ていい人間なのかな」
問い掛けのような
独白のような言葉だった。
「…なんのこと?」
「引退発表、マジだったんだな」
「…え、」
(…そりゃ、マジでしょうよ)
嘘であんなことしないよ。私も川本さんも。
でも、ここまで来ちゃったんだもの。
しょうがないでしょ。
「…どうなんだよ」
「…」
再び私を知っているらしいヤンキーに出会い、否応なく口を噤む。
「…私が思ってるより、私を知ってる人がいて驚いた」
「…それは、肯定ってことだな」
「そうだね」
「合ってんだな…あの皆瀬なんだな」
「…、」
噛み締めるように呟く羊ちゃん。
間髪容れず、彼が告げる。
「じゃ、やっぱ早いとこ逃げな」
ロンに連れてこられたならなおさら、後から面倒なことになるだけだから。
「…面倒?」
(…面倒なこと、)
「――上等だよ」
「は、」
「今後が面倒かどうかなんて、その時の私が決める」
私はロンさんからも亜綺くんからも
もちろん、羊ちゃんのことからも。
今、逃げたいと思わない。
それが答えだ。
どうしようもなく鳴る拍動の。
どうしようもないほど明らかな、正解なのだ。
「逃げない」
だから。
「逃げないよ」
「──ただここで、走りたいと思ったの」
だからお願い、羊ちゃん。
どちらにせよ、彼が拒むならばそれまでだということは見当がついていたし
受け入れられないのならばこうするしかない、ともどこかで思っていた。
こうする、というのは
誠意を込め頭を下げることである。
「…なんで」
「…お願い」
「なんで俺等なの」
「それは、」
(それは…)
「…そんなの私だって分からない」
不運なことに
今
私の中に答えはない。
