<5話 時間はいくらあったとしても>
◯学校の廊下(放課後)
梨里杏と小雪は新入生の勧誘をしている。

梨里杏「放送部です!男女問わず募集しています!」
小雪「私たちと一緒に全国目指しませんか!」

梨里杏「地区大会前に新入生勧誘して……って結構スケジュール厳しいですよね」
小雪「スケジュールよりメンタルのほうが厳しい……あそこ見てみ」

吹奏楽部「16時15分から新入生歓迎演奏会を行います!興味のある人は是非音楽室に来てください!」
野球部「昨年甲子園出場しました!今年も俺たちと一緒に青春の汗を流しませんか!」
バレーボール部「春高3連覇しています!4連覇目指して日々練習に取り組んでいます!」

梨里杏「人数いて、知名度あって、実績残して……」
小雪「負けてられないね」
梨里杏「はいっ」
新入生「あ、あの」

小雪と梨里杏のところに新入生の女の子が近づいてきた。

新入生「ほ、放送部見学したいです……!」
梨里杏「……っ!!ぜひっ!!」

梨里杏は思わず新入生の手を握る。

小雪「はは、ここまでテンション高い梨里杏は初めて見たよ。よし、一緒に放送部に行こう」

3人は放送室に移動した。

◯放送室(放課後)

小雪「見学者1名はいりまーす」
蓮「お」
新入生「わ、すごい……!」

新入生は目をキラキラと輝かせている。

小雪「改めて、ようこそ放送部へ!私は3年、部長の門田小雪です」
梨里杏「私は2年生で、副部長の河野梨里杏です」
新入生「い、1年5組三間果音です……!」
小雪「果音ちゃんかぁ、なんで放送部に興味持ってくれたの?」
果音「高校に入ったらいろんなことに挑戦してみたいって思ってて、いろんな部活動見て回ってるんです」
小雪「そうなんだ!面白いとこあった?」
果音「演劇部と軽音部が印象的でした……!」
梨里杏「文化部に入りたいんだね」
果音「はい!兼部できるとこで考えてます」
小雪「んー、うち活動日数多いから、演劇とか軽音と兼部って結構厳しいかも……茶道部か家庭科部なら全然いけるけど」
果音「あ、そうなんですね……」
梨里杏「……あっ、去年作った作品見せましょうよ!」
小雪「お、良いね!放送部は年に大きな大会が2回あって、朗読やアナウンスをやる個人部門と、部員のみんなと番組を作る部門があります。番組の中でも私たちは去年テレビドキュメントっていうのを作ったから、今からそれを見せるね。蓮、『たてとよこと』流してもらえる?」
蓮「あー、あれか」

蓮はパソコンの作品データを漁る。昨年の大会で作ったテレビドキュメントを流す。

果音「これ、全部自分たちで作ってるんですか?」
小雪「そうだよ、取材のアポ取りから構成案、撮影、編集、ナレーションも全部3人でやってるの」
果音「すご……」
小雪「これは子ども食堂の人に取材したドキュメント。なかなか時間合わなくて取材がうまく進まなかったり許諾取るのが大変だったりしたけど、地区大会ではそこそこ良い結果もらえたんだ」
果音「……すごいですね、これを高校生だけで作れちゃうんだ」

テレビドキュメントが流れ終わった。

小雪「どうだった?」
果音「すごいなって思いました、私にはできないや」
梨里杏「そんなことないよ!」
果音「え?」
梨里杏「私たちは全員、高校から放送部に入ったの。だから、全員初心者スタートなんだ」
果音「それなのにこんなにレベルの高いものを……」

果音は少しうつむく。

果音「……あ、私バス乗らなきゃなので帰りますね、今日はありがとうございました」
小雪「……うん、興味持ってくれたらいつでも来てね」
果音「はい」

果音は放送室を出た。

梨里杏「……ちょっと厳しそうですね」
小雪「……場所にもよるかもしれないけど、放送部って結構大変だから、活動頻度の近い部活動と兼部するのは基本だめなんだ」
蓮「ま、放送部に関しては必ず入るとは限らないしな……」
小雪「……梨里杏」
梨里杏「はい?」
小雪「……次の大会、1人の可能性もあるって頭に入れておいて」
梨里杏「……最後の1人になったとしても、朗読は続けます。番組は無理かもしれないけど」
小雪「私も蓮も、可能な限り助けるから」
梨里杏「……はい」

その日は、暗い気持ちで部活動を終えた。

◯放送室(放課後)

大会まで残り2週間となった。小雪と梨里杏は自分の原稿を大会提出用書類に打ち込んでいる。

梨里杏「……誤字脱字はない……はず」
小雪「じゃああとは印刷するだけだね」
梨里杏「はい!」
蓮「……ぁぁあ……」

蓮は呻きながら編集作業をしている。音に集中できるようにヘッドホンをつけている。

蓮『は、百合……好きなやついたのか』
梨里杏『ち、違う、違うよ!山田くんはクラスが一緒なだけで』
蓮「……ここもう少しBGMの音下げてもいいか」

蓮はぼそぼそつぶやきながら編集作業をしている。

梨里杏「蓮」
蓮「うぉっ!?ど、どうした」

梨里杏が蓮に声をかけると、蓮は驚きながらヘッドホンを外し、後ろを振り向いた。

梨里杏「あ、邪魔してごめんね、調子はどう?」
蓮「んー……微調整に苦労してるとこかな」
梨里杏「そっか……ね、聞いてもいい?」
蓮「もう少しだけ待って、ここ納得いったら1回聞いてほしい」
梨里杏「りょーかい」
小雪「じゃあ先に原稿の印刷してこようか」
梨里杏「はーい」

梨里杏と小雪は印刷機があるパソコン室に移動する。


◯パソコン室(放課後)

パソコンにUSBを挿し、原稿を印刷する。

梨里杏「放送室にもあったら楽なのに」
小雪「予算がねぇ……ま、放課後誰もいないパソコン室に来るってのもなかなかロマンがあって良いじゃないか」
梨里杏「大会前、って感じがしますね」
小雪「そうだね」
梨里杏「……先輩方にとっては、これが最後の大会ですもんね」
小雪「あんまり実感ないけどね」
梨里杏「はぁ……もっと一緒に作品つくりたかったなぁ」
小雪「なぁに、今さら」
梨里杏「今回ラジドラ作ってて思ったんです。当たり前だけど、ドラマはドキュメントと全然違くて、話の内容を全部1から考えて……すごく大変でした。今も大変ですけどね。でも……すっごい楽しい。もっと一緒に脚本作って、もっと一緒に大会出て」
小雪「そういうのって、大会終わったあとに言うもんじゃないの」

小雪は笑いながら言う。

梨里杏「今言っておきたかったんです。この言葉を、忘れてしまわないうちに」
小雪「梨里杏がそこまで思っててくれて私は嬉しいよ、ありがとう。蓮もきっと喜ぶよ」
梨里杏「まさか、ラジドラで恋愛の話作ることになるとは思いませんでしたよ」
小雪「……そ、そうだね」
梨里杏「蓮、好きな人でもいるのかなぁ」

小雪は梨里杏が呟いた言葉を聞かなかったフリをした。

小雪「原稿、誤字脱字がなければタニセンに提出しちゃうけど、いい?」
梨里杏「はい。……大丈夫です、お願いします!」
小雪「おっけぃ、じゃあ梨里杏は放送室戻って蓮を癒やしてあげて」
梨里杏「癒やす?私が?」
小雪「そーそー、ちょっと応援してあげるだけで蓮は喜ぶから」
梨里杏「そうですかね……?」

小雪は職員室へ、梨里杏は放送室に向かった。

◯放送室(放課後)
梨里杏(蓮、本当に集中してるな……)
蓮「ここはもっと……いやでも、違うな」
梨里杏「かっこいい……」
梨里杏(……!?)

梨里杏は自分で呟いた言葉に思わず驚く。

蓮「……ん?梨里杏、戻ってきてたのか」
梨里杏「あ、う、うん!そうだよ!」
蓮「小雪は……職員室か。ちょうどいいや、小雪も戻ってきたら1回聞いてほしい」
梨里杏「完成したの!?」
蓮「正確には8割くらいだな。聞いてもらって、また直すって感じ」
梨里杏「編集って、大変?」
蓮「大変かもしれないけど、案外楽しいぞ。のめり込むほど、どんどんいい作品になってく」
梨里杏「そうなんだ……そういえば蓮って、なんで編集始めたの?というか放送部入った理由もよく知らない」
蓮「あー……最初、高校で部活やる予定なかったんだけど、2つ上の先輩の誘い断れなくて……で、俺喋るの得意じゃないって言ったら、編集のこととか機材のことめっちゃ教えてくれてさ」
梨里杏「そうだったんだ」
蓮「でも梨里杏が入ってきてくれて、ほんと良かった」
梨里杏「蓮に誘われなかったら放送部来ようなんて思ってなかったよ」
蓮「人足りなかったし、知ってる1年生いたら心強いって思ったけど、結局梨里杏しか入らなくて」
梨里杏「でも私はこの2年間、楽しかったよ、蓮と小雪先輩といっしょに過ごせて」
蓮「ありがとな、ほんと」

放送室のドアが開く。小雪が入ってきた。

小雪「タニセンに渡してきたよー……ってなんか感動ムードだった?ごめん」
梨里杏「あ、いえいえお気になさらず」
蓮「それよりラジドラ聞いてくれ」
梨里杏「あ、そうだった」

蓮はラジオドラマを再生した。梨里杏は完全に聞き入っている。小雪はメモを取りながら聞いている。


蓮「……どうだった?」
梨里杏「すごい……!セリフ以外の音が加わるだけでこんなに変わるんだ……!」
小雪「こんなに純粋にラジドラ聞けるなんて羨ましいよ……でも、この短期間でよくここまでできたと思う」
蓮「ありがとな、2人とも」
小雪「私からの講評はこんな感じなので、読んで修正して、提出かな」
梨里杏「じゃあ番組進行表とCUEシート本格的に作らないとですね」
小雪「忙しくなると思うけど、ここが正念場だ。頑張ろう!」
梨里杏「おー!」
蓮「お、おー……」