◯放送室(朝)

小雪「さて、脚本もできたことだ。早速録音をしていこう」
蓮「改めて確認。主人公の百合役は梨里杏、幼馴染の蓮役は俺。その他のガヤはフリー音源のCDか……あと俺らで録るか」
梨里杏「ひとまず私たちの声が録れないと何も進まない……頑張ろう」
小雪「今日は土曜日。吹奏楽は外で演奏しているらしく、いない」
梨里杏「え!?こんな時期に……」
小雪「ふふふ……都合が良い」
蓮「いくらこっちが防音でも吹奏楽がいると音声に若干雑音が入ったりするからな……」
小雪「あっちも大会とかあるからね、どうしても仕方がない。けれど譲り合いができない……弱肉強食の世界はツライよ」
梨里杏「じゃあ今日は絶好のチャンスってことですね!」
小雪「イエス!とはいえ午後までかかるだろうから私はのんびりアナウンスの原稿修正と練習でもしてるさ。終わったとか困ったとかあったら連絡してね、私視聴覚室にいるから」
梨里杏・蓮「はーい」

小雪が放送室から出ていく。梨里杏と蓮は録音ブースにうつる。

梨里杏「じゃ、録音始めよっか!」
蓮「お、おう……」
蓮(雑音を減らすためとは言え、電気を消して窓も完全に閉めての密閉空間……やばい、緊張する)
梨里杏「蓮?どうしたの?」
蓮「な、なな、なんでもない」

梨里杏は不思議そうに蓮を見つめる。

蓮「脚本はそれぞれのスマホで見るとして……どう録ろうか」
梨里杏「交互に録るか一気に録るかってこと?」
蓮「そ。まあ掛け合いのところは一気に録ったほうが雰囲気出るしな。ひとまず脚本の流れに沿って録っていこう」

蓮はパソコンの編集ソフトを立ち上げ、録音画面を開いた。

梨里杏「私ここで録音するの初めてかも」
蓮「そういえばそうだな」
梨里杏「なんか声優さんになったみたい!緊張してきた……」
蓮「……お、俺と一緒なんだから、大丈夫だ」
梨里杏「そ、そうだね」

梨里杏が深呼吸をした。

蓮「準備できたら録るぞ」
梨里杏「……うん、いつでも良いよ」
蓮「じゃあ最初から。3、2……」

1と心の中でカウントしたあと、蓮は合図した。

梨里杏『蓮くんって言うんだ、私百合って言うの。今日からよろしくね』

蓮は録音停止ボタンを押す。

蓮「一旦確認するわ」

蓮は録音した音声を確認する。

梨里杏「わ、マイク通したらこんな声になるんだ、私」
蓮「大会で朗読するときとは違う?」
梨里杏「大会のときは会場が広いから音が響いて聞こえるけど、これはもう直接の録音だから、全然違うというか……ちょっと声うわずってるな、ごめん!録り直したい」
蓮「ま、何回でも録り直せるしな、焦らずやってこう」

梨里杏『蓮くんって言うんだ!私百合って言うの、今日からよろしくね!』
蓮「ん……良いと思う」

録音は苦労しつつも進んでいく。

梨里杏「ここ1番大事なとこだよ、蓮」
蓮「……わかってる」

蓮は録音開始ボタンを押す。

蓮『お、俺は百合のことが好きだ』
梨里杏「ストップ」
蓮「え、あ、ごめん、なんか悪かったか?」
梨里杏「うーん、なんか最初より声が小さくなってるというか、自信なさそうに聞こえちゃって」
蓮「……え……」
梨里杏「ここって告白シーンじゃん?蓮は自信を持って私に、百合に告白してるんだから、もっと勢いがほしいかな」
蓮「だ……だよな」

蓮はもう一度録音開始ボタンを押した。

蓮『俺は百合のことが……違うな、俺はっ……百合が』

蓮は録音を停止した。

蓮「悪い……うまくいかなくて」
梨里杏「大丈夫、1番大事だから、凝っていこう」
蓮「すまん……」
梨里杏「わ、もう13時?一旦お昼休憩にしてまたやろう」
蓮「おう……」

録音ブースの窓とドアを開け、電気をつける。放送室の方に戻ると、小雪が待っていた。

小雪「やあ、お疲れさま。どう?順調?」
蓮「いや、それが……」
梨里杏「お互い躓いちゃってて。とりあえず蓮の告白シーンまで来ました」
小雪「じゃあ結構終盤だ!意外と早かったね」
梨里杏「なんか蓮の気合が足りないというか。私に告白するならもっと自信を持ってるはずなんですよね」
小雪「……私、に?」
梨里杏「わ、私にじゃなくて百合にですよ!もう、揚げ足取らないでくださいよ……」
小雪「ああごめんごめん。つい、ね」

小雪は笑いながら謝っている。

蓮「……俺は、どうしたらいいんだ……」

蓮は放送室の隅に座り込んでいる。小雪は蓮の近くに行き、囁いた。

小雪「だーかーらー、梨里杏への真っ直ぐな思いをぶつけなよ」
蓮「っ、いや、そりゃわかってるけど」
小雪「どうせ録音してるときはお互いの顔なんて見れないだろ?大丈夫だって」
蓮「うぐ……」
小雪「好きなんだろ?もっと胸張って頑張れよ」
梨里杏「ちょっとー?2人ともなんで私に内緒で話してるんですかー?」

梨里杏がぐっと近づいてきた。

小雪「なんでもなーいよ、ただの演技指導」

小雪は梨里杏にウインクをした。

小雪「お昼食べてちょっと休憩したら再開しよう、タニセンが学校にいられるの15時までっぽいし」
現在時刻は13時30分。休憩を挟むとあと1時間しかない。

梨里杏「全然時間ない……」
蓮「ラジドラが番組部門の中で1番ハードルが低いって言うけど元のハードルが高すぎるんだよな……」
小雪「あくまで個人の感想だからな、じゃ、私まだアナウンスの練習するわ」
梨里杏「あ、あの……疲れないんですか?」
小雪「え?なんで?」
梨里杏「ずっと同じ原稿に向き合ってるから、結構ハードだよなぁって思って」
小雪「それは朗読もラジドラも同じだと思うよー、熱中してれば時間なんて忘れちゃう。でしょ?」
梨里杏「確かに」
小雪「ま、2人とも無理せずね。あと1時間くらいしかないからそこだけ気をつけて」

小雪は放送室を出て行く。梨里杏と蓮は再び録音ブースへ向かった。

蓮(梨里杏への思いを……)
梨里杏「じゃあ蓮からだね」
蓮「っお、おう」
梨里杏「どうかした?」
蓮「い、いや、別に」
梨里杏「もしかして緊張してる?」
蓮「そんなこと、ないぞ」

蓮は少し強がっている。

蓮(俺は、梨里杏が好き。ずっと、好き。それを音にのせればいい)
蓮『百合……俺は、お前のことが好きだ、大好きだ』

蓮は録音ボタンをとめる。

蓮「はぁ……」
梨里杏「今の、めっちゃ良かった!」
蓮「ほんとか?」
梨里杏「うん!なんというか、こう、言葉に重みがあったというか……!」
蓮「確認するか」

蓮は再生ボタンを押した。

蓮「……うん、特に問題はないな」
梨里杏「これ使お!」
蓮「おう。これで全部か」
梨里杏「まさか午後一発目で成功するとは思わなかった!小雪先輩の演技指導のおかげだね」
蓮「そ、そうかもな……」
梨里杏「……やっぱり、百合役、小雪先輩のほうが良かったかなぁ」
蓮「なんで?」
梨里杏「蓮の良さ引き出せたのって、小雪先輩のおかげでしょ?2人でやったほうが良かったのかなぁって」
蓮「んなわけないだろ!大体、俺は梨里杏の」
梨里杏「私の?」
蓮「な、なんでもない!とにかく!俺は梨里杏とやりたかったの!」
梨里杏「あはは、なにそれ」

梨里杏は笑っている。

梨里杏「終わったんだし、早く片付けよ」

梨里杏は窓を開けた。

蓮「はぁ……」