君の瞳にこの愛を捧ぐ〜凄腕眼科医の執着愛〜

待っている間、千紗は少し周りの気配を感じてみる。

日々の忙しさで見逃していたが、頬に当たる夜風が少しずつ涼しくなってきた気がする。
いつのまにか秋がそこまでやって来ていたんだと実感する。

大きく深呼吸して秋の気配を身体いっぱいに吸い込んだ。
そうしていると、さっきまで地底深く潜り込んでしまいそうなほどだった気持ちも幾分か浮上した気がする。

都会の喧騒まではいかないながらも、プラットホームには学生のガヤガヤと楽しそうな声がこだましている。

その声に紛れて自分の名前を呼ばれた…?
ように感じる。千紗は右左と首を動かして見えない目で何か探れないかと気配を探る。

と、目の前が急に暗くなり、えっ?と思ううちに何が暖かい温もりに抱きしめられて固まる。

この香り…
包まれた香りに安らぎのようなものを感じて、自分から手を伸ばしてぎゅっと触れてしまう。

「…やっと会えた。」
ため息と共に吐き出された相手の心の声に、とても深く共感して泣きそうになってしまう。

「如月、先生…。」
お元気でしたか?体調は?ご飯ちゃんと食べてますか?聞きたい言葉がたくさん溢れて千紗は言葉に出来ないでいた。

すると一寸早く動いた如月の手が千紗の頬に優しく触れ、世界がまた明るさを取り戻す。

「…元気だったか?なかなか会えなくて、千紗不足で死にそうだった。」

如月の声が心なしか力なく聞こえ、本当に弱って感じるから心配になる。

「私は、大丈夫です…。
先生の方が…お疲れですよね、大丈夫ですか?」
見えないからいつだって健常者より情報量が乏しくて、どうにかして如月の体調を知りたいと、頬に置かれた手に触れる。

「ごめん…感情が制御できなくて、突然触れてしまった。」
サッと手を引かれてしまい、千紗は少しの物寂しさを覚えた。

いくらか冷静さを取り戻した如月が、千紗の隣にドスンと座る。注意深く音を聞けば如月の呼吸が乱れているのが分かる。

「もしかして…病院から走って来られたんですか⁉︎」
彼の置かれた状況が、どのようなものなのか分からないけれど、会えなくなった1ヶ月の不安は一気に吹き飛ばされた。

「大丈夫ですか?…お茶でも飲みますか?」
千紗は居ても立っても居られなくて、カバンから水筒を取り出し如月に差し出す。 

「えっ…飲んでいいの?君のだろ?」
何をどう解釈すれば良いのかと、如月は戸惑い躊躇する。
こくんこくんと首を縦に振る千紗と、水筒を何度となく見つめてしまう。

これ…間接キスになるがいいのだろうか…?

いい大人が頭に浮かんできたのはあまりにも子供じみた事で、自分自身に可笑しくてフッと笑う。

「ありがとう、いただきます。」
きっと彼女からしたらなんの意図もなく、俺を心配して差し出してくれたんだ。ここは意識し過ぎないように出来るだけ自然に対処するべきだ。

走り続けて熱った身体からは、汗が次々に湧き出てくる。千紗から渡された水筒のキャップを開けて一口だけ口に含む。

「冷たくて美味しい。なんのお茶?飲みやすいな。」
如月が率直に感じた事を言葉にすると、

「ルイボスティです。全部飲んじゃっても大丈夫ですから。」
千紗は微笑みを浮かべて如月を見つめた。

如月は、まるで…目が合ったように感じてドキンと心を揺らす。疲弊した心が一気に蘇った気がする。