君の瞳にこの愛を捧ぐ〜凄腕眼科医の執着愛〜

5分ほど待ったところで、ロビー近くのエレベーターから彼女が降りて来るのを見つける。

白い半袖に黒のロングスカートを合わせ、薄での淡いベージュのカーディガンを羽織った彼女は、髪はハーフアップと、いつもの清楚な雰囲気で、なせだか俺はホッとした。

「松原さん、おはよう。」
朝の事を出来ればなかった事にしたくてワザとらしく挨拶をしてみるが、

「おはよう、ございます。あの、今朝は…すいませんでした。その…」 
彼女がいつものように謙虚な態度で誤ってくるから、少し距離がまた広がってしまったようで寂しさを覚える。

「いや、今朝は俺が悪かった。時間も考えずにいきなり押しかけたのは俺の方だから…ごめん。」
ここは素直に謝り、許しを乞うのは俺の方だと思い頭を下げる。

「いえ…私の方こそです。以後気を付けます。」
それでも事務的に謝られてしまいズキンと心が痛みを覚える。

「とりあえず朝食を食べよう。ここの朝食バイキングは佐久間医師のお勧めなんだ。」
明るく話しかけ彼女の手を取り誘導する。

この手に触れられるのは俺だけの特権だと思い、気持ちを切り替える。

2人分の皿をトレーに乗せて持ち、彼女にバイキングの内容を伝えながら歩く。
既に気分は恋人気取りで、俺の彼女だと言いふらして歩きたいくらいには気持ちが高揚していた。

机に運び彼女を椅子に座らせる。
「ありがとうございます…いただきます。」
手を合わせて手探りで食べる彼女に、お皿やコップの位置、フォークを握らせたりと甲斐甲斐しく世話を焼く。

彼女の恋人になれたようで嬉しさを隠しきれない。それなのに、
「…面倒臭いですよね…すいません。」
と、彼女が誤ってくる。

「何も…面倒な事なんて何もない。それより敬語やめてみようか。恋人同士で敬語はおかしい。距離を感じるし、これじゃあ、君のお母さんには怪しまれる。」

彼女を介助する事に関しては特権だと思っている。それ以上に必要とされる喜びを感じているから全くもって面倒ではない。むしろもっと甘えて欲しいし、頼って欲しいぐらいだ。

彼女に関しては貪欲なほどになんだってやってやりたいと思ってしまうのに…
本人にはまったく伝わらなくて、もどかしい…。

「敬語…気を付けます…。」
言った側から敬語が抜けずつい笑ってしまう。

「先生の事は…なんてお呼びしたら…?」

「名前で呼んでくれて構わないよ。」
名前に関しては藤堂涼だと隠している事が後ろめたくて、つい教え損なっていたが…俺の名前を知ってるだろうか?
そう疑問が湧き上がる。

「では…りょうさん…って呼びます。」
かつて彼女からそう呼ばれていた事を思い出し、思わず動揺して口に手を当てる。

「りょうさんのりょうの字は…清涼感の涼という字ですか?」
不意に千紗からそう質問され、探られているのかと一瞬慌てて、

「そこ、大事なところか?それより敬語抜けてないけど。次、敬語喋ったらペナルティつけようかな。」
話をはぐらかして、なるべく悟られないようにする。

藤堂涼と俺が同一人物だと、いつか気付いてしまうだろうか…親しくなればなるほど隠し続けられないと、漠然とした不安が駆り立てらる。

今となっては、どうやって名乗り出るべきか分からなくなってしまった。彼女を騙している事が罪悪感となって大きく俺の心を支配し始めている…。

そんな俺の心の内なんて彼女は知る由もない。

「りょうさん…私、敬語取るの無理かも…。家族以外の男の人に、敬語なしで喋った事ない、ので。」
なんでそんなロボットみたいにぎこちなくなるんだ?と笑いが込み上げる。

確かに5年前も敬語だったな…。これは無理強いも出来ないだろうと仕方なく折れる。

「そんなにカタコトだとさすがにヤバいな。今日中には改善されそうもないし、仕方がないから敬語は許すが、俺も君の事、千紗って呼ぶからそのつもりでいて。」

笑い混じりでそう伝えた。
名前呼びだけは許して欲しい。5年前から呼び慣れた名だ。今までだって何度か呼び間違えそうになった経緯もある。

今日1日だけでも昔のように戻れたら…そんな淡い期待を抱いて、楽しい朝食はあっという間に終わってしまう。

その後、俺達は荷物をホテルに預けたまま、車を一台レンタルして、彼女の家に持って行く菓子折りを買うために街に繰り出す。