君の瞳にこの愛を捧ぐ〜凄腕眼科医の執着愛〜

ホテルの部屋でお互い一休みしてから、東京の街に夕飯を食べに繰り出す。

都会は人が多くて、目が見えなくなってからは特に白杖片手に歩くのは怖くて、人波を歩く事に少し臆病になっていた。
だから就職先も人が少ない地方にしたのだけども…。

周囲にいる人の声がまるで自分を非難しているように聞こえてきて、どう避けたらいいのか分からなくてパニックになった日の事を思い出す。

だけど今、如月先生の手を取り歩くと、面白いくらい人にぶつかる事無く、人混みだってすり抜けて歩く事が出来ていた。

都会の喧騒が耳に聞こえてきても、気にもとめないほどの速さで通り過ぎるからか、怯える暇さえもなかった。

この手を離さなければ、きっとどこまでも連れて行ってもらえるような、不思議な安心感なのかが生まれる。

そしてついに目的地の焼肉屋さんに辿り着く。

「ここ…前から一度来てみたかったんですけど…人混みを歩くのが難しくて…だから、今日初めて来れて嬉しいです。如月先生がいなかったら辿り着けなかったと思います。ありがとうございます。」
席に通されて早々に、テンションを上げてお礼をすると、如月先生も嬉しそうに話し出す。

「それは良かった。君の初めてを一緒に味わう事が出来て光栄だ。ここは病院の経費で落とせるからいっぱい食べて。」
そう言って、嬉しそうに次から次へと注文し始めてしまう。

次から次へと運ばれてくるお皿の数に戸惑いながら、それでも最後には面倒な事は全て忘れて、至福のひと時を堪能した。

お腹いっぱいになって、少し夜の街を散歩しながらホテルに帰る事にする。

ホテル前には大きな公園があった。
もう少しだけ一緒にいたくて、私の誘いに乗ってくれた如月先生を連れ、その公園をぶらぶらとあてもなく歩いてみる。

少しだけ涼しくなった夜風に当たりながら、ゆっくり歩く私に寄り添い、如月先生も歩幅を合わせてゆっくりと歩いてくれている。

木々が風に揺れてザワめく音や虫の音さえも心地良くて、私の心はどうしようもないほど満たされていた。

「今まで夜の公園は怖くて不気味で、一度も入った事がなかったんです。」
無性に何か話がしたくて、どうでもいいような事を口にしてしまう。 

「怖さはないが…カップルが多くて目のやり場に困るな。後、痴漢注意の看板も多いから独りで入るのはやめた方がいい。」
如月先生が目に入ってくる情報を話して聞かせてくれる。

公園にあるベンチは全てカップルシートのような状態で、歩いてる人もほぼカップルだけだという…。

私達はどう見られているんだろう…?
恋人同士?それとも…介護人と介助人…。
後者だと物悲しいな…と、少し自虐して足が止まりそうになる。

「どうした?」
不思議に思った如月先生が心配そうに聞いてくる。

「…帰りましょうか…これ以上ここにいたら先生にご迷惑が掛かりそうです。」
何も見えない事をいいことに、浮かれてしまっていた自分が恥ずかしくなる。

「何の迷惑?君といる事に何も痛手は負ってないよ。むしろずっとこのまま歩き続けたい気分だ。」
如月先生が笑いながらそう言うから、
つい、
 
「…先生は、結婚願望とかありますか?」
と脈略のない事を聞いてしまう。

急にそんな話しをされたら困らせてしまうのに、如月先生は少しの間の後、丁寧に返事をしてくれた。

「そうだな…
ずっと仕事だけで生きてきたから、そう言う感情には疎いんけど…俺は結婚には向かない人間だと思う。」

「そう、ですか…?
如月先生は面倒見も良くて、とても親切な人なので、凄く良い旦那様になれると思いますけど?」
私が率直な意見を伝えると、

「…初めてそんな事言われたな。どっちかというと、無神経で人の気持ちの分からない人間だって言われるんだけど。」
そう言ってハハハッと笑う。

「そんな事、ないです。
…私の母が1番気を病んでいるのは…目が見えなくなったせいで、私が結婚出来ないんじゃないかって…もちろん母になる事も。
このまま1人で歳を重ねて行く私の人生に悲観してしまって…。

だから…先生は、一度はしてみたら良いと思います。したくても出来ない人だっているんですから。」

他人事のように笑う如月先生を前にして、つい心の奥の漠然とした不安を口にしてしまう。

「君だって何も結婚出来ないと悲観する事はないだろ。目が見えなくたって結婚してる人は沢山いる。
恋人を作る事だって不可能じゃないだろ?現に君はいつだって変な輩にナンパされてるじゃないか。俺が何回追い払ったと思ってる?」
確かに…そうだけど…。
 
その場合、私が身体障害者だって分からずに声をかけてくるだけで…知った途端、逃げていくのが常だ。

「それだけ君は魅力的で、異性を惹きつけてしまうんだから。もっと自覚した方がいい。」
ため息混じりでそう言われる。

「…先生の方がおモテになるでしょ。よりどりみどりじゃないですか。」
不服に思ってそう抗議する。 

「興味のない人に付き纏われても迷惑なだけだ。」
と如月先生は言い捨てた。

「そうだ。明日実家に帰るなら俺が恋人役でついて行こうか?親御さんを安心させたいんだろ?こんな適任者はいないと思うけど。」
少しの沈黙のあと、突然如月先生がそう提案してくる。

「君には今日、何気に女性除けになってもらったから、そのお礼と言ったらなんだけど、きっと良い効果がお母さんに現れると思うよ。」
何を思い立ったのか、なぜか楽しそうに如月先生がそう私を言ってくる。

「…親に嘘をつくのは気が引けます。」
真面目に生きてきた私には、人を騙すなんてあり得ないし無理だと思う。
それに、そのひと時を喜ばせたとしたって…嘘はうそなのだから、意味はないだろう。

「なんなら嘘でなければいいんじゃないか。
俺は君に好意を寄せている。だから、君にだけは優しく在りたいし、君の力になりたいと思う。」
そう、軽口のように言ってしまう如月先生の言葉は、冗談なのか揶揄っているのか分からないけど…

「さすが如月先生です。おモテになるのが分かる気がします。」
と、本気には到底捉えれずそう言って受け流す。

「どう言う事?俺は至って真面目なんだが…。」
不服そうに先生が抗議してくる。

「こんな話しを知ってるか?
医者がビタミン剤を元気になる薬だって渡したら、信じた患者が本当に元気になるっていう話し。俺は、時には優しい嘘は必要だと思う。」 

先生はまだ諦めていないようで、私の罪悪感を軽くする為に説得を試み始める。見も知らない私の家族の事なんて、放っておいてくれたらいいのに、何故こんなにも熱心なんだろう…。

何度となく説得されて、しまいには私が折れるかたちになる。
「分かりました…。一晩だけ考えさせてもらえますか?」
言いくるめられて、一時的だとしても母を安心させるのも…悪く無いのかもと思い始めていた。

今、提案を飲むのは気が引けるけど、8割がたは賛成の気持ちに傾いていた。