君の瞳にこの愛を捧ぐ〜凄腕眼科医の執着愛〜

「はい…。お元気で頑張ってください。」
それでも千紗は今生の別れの様な言葉を口にするから、

「夏になったら休暇を取って帰って来る。その時はまたここに来よう。海水浴にでも行くか?釣りするのも楽しいかもな。」
藤堂はあえて緊迫した場の空気を和ませたくて軽口を叩く。

「きっと…その頃には私、涼さんの顔も分からないくらい見えなくなってるかもしれません。」
フッと寂しそうにため息混じりで笑う千紗が痛々しい。最近やった定期検査の結果が思わしく無かったからか、気持ちも塞ぎ込み半ば自暴自棄になっていた。

それに追い打ちをかけての藤堂との別れだから、先程から下唇を噛み涙が出ない様に精一杯の強がりで堪えていたのだ。

その事に気づかない東堂ではない。そして誰よりもそのことを深刻に捉えていたのは、ほかならぬ彼だった。

藤堂がなぜカリフォルニアの病院に就職先を決めたか…実はそこは角膜移植の最先端医療が学べる場所だからだった。
いつかこの先の未来に俺が彼女の目を必ず治してみせる。そんな熱い思いを抱いた藤堂だったのだ。

日本ではまだ角膜移植は一つの病院で、年に数例しか実施されていない現状だ。しかしアメリカに行けば月に何件も行っている。そんな場所で実績を積みたい。そう藤堂は思っていた。

その事を彼女に告げるには今はまだ重すぎると、事実はひた隠しにして明日旅立つ。

「ちゃんと病院に通えよ。希望は捨てずに足掻き続けて欲しい。医療は日々進化し続けているんだから、絶対いつか治ると信じよう。」

千紗の頭をポンポンと撫ぜながら、藤堂は希望を込めてそう告げた。

コクンと小さく頷く千紗が天を仰ぐ。
その目は既に星さえも映さず…涙が溢れてきそうになるけど、グッと両手を握りしめてなんとか耐えていた。

急に肩を藤堂にギュッと抱き寄せられて、千紗はエッとびっくりする。

「泣きたい時は泣けばいい。」
そう言って藤堂が髪をヨシヨシと優しく撫ぜてくれるから、千紗の我慢も限界でポロポロと涙が取り止めなく流れ落ちる。

病気が分かってからずっと…人前でこんなにも泣いた事はなかった。

目が見えなくなる事が悔しくて、藤堂が遠くに行ってしまうのが悲しくて、いろいろな感情が溢れ出し上手く自分をコントロール出来なくなった。

そんな千紗をギュッと抱き寄せ、藤堂は溢れる涙をいつまでもハンカチで拭ってくれた。

「バスタオルが必要だったな。」
やっとの思いで泣き止んだ千紗に、そう言っておどける藤堂がなんだか可笑しくて、泣き笑いする。

「…ハンカチ…グシャグシャでごめんなさい。洗って返したいけど…明日はもういないんですよね…。」
また、感傷的になりそうな千紗だったけれど、
「また、次に会う時に返してくれたらいい。」
と、藤堂は軽く言う。

果たして次はいつ会えるだろうか…。

千紗は思う。
どんなに目が見えなくなっても、藤堂と会えなくて疎遠になっても、今日というこの日は忘れたくないと思った。