君の瞳にこの愛を捧ぐ〜凄腕眼科医の執着愛〜

渡米する前の日。
最後の遠出に2人で出かけた。
そして、あの思い出の海辺で暗くなるまで海を見つめ続けた。

これで最後だと、お互い口に出しては言えず、ただその場から離れがたく、しばらく2人言葉なく、月明かりに揺れる海を見つめていた。

「涼さん。これ…今までのお礼を込めて買いました。もらってくれますか?」
キラキラと月明かりに揺れる波を見ていると、不意に千紗が恥ずかしそうに小さな綺麗な紙袋を藤堂に渡してきた。

「こういうの…別に良かったのに…。」
戸惑いながらもその紙袋を受け取った藤堂は、おもむろに中を覗き込む。

その箱の重厚感に驚きながら、恐る恐るリボンを解いて包装紙を大事そうにそっと解く。

「…時計?それも…有名なブランド…。」
思わず片手で口元隠すくらいには、藤堂も驚いていた。

「あの…点字の、アルバイトでもらったお金と…親からも少しだけ補助してもらって買ったんです。私達家族は、涼さんに凄く感謝してます。就職のお祝いもしたかったし…3年間ありがとうございました。」
千紗はどうしてももらって欲しくて、つい早口になってしまう。

「あのバイトは…千紗自身の自信になるだろうと思って紹介したんだ。…自分の為に使って欲しかった…。」

千紗がバイトをしたいと言い出したのは1年前。きっと何が欲しい物があるんだろうと、訳も聞かず知り合いの病院が募集していた点字翻訳のアルバイトを、千紗に紹介したのは他ならぬ藤堂だった。

もしかしてあの日からずっと俺の為に…?
月々数万円しか稼げなかったはずだから、その全てをこの時計に注ぎ込んでしまったのではないかと、藤堂は胸が痛い。

それほど付加価値がある贈り物を、果たして自分がもっていいものかと躊躇する。

「これ…高かったろ?数十万はする筈だ。こんな高価なものは頂けない…。」

世で言う医者の卵で御曹司の肩書を持つ藤堂だから、普通は贅沢に過ごせるに決まっているのに、なぜかいつも家庭教師のバイトに居酒屋や、病院のバイトにと忙しくしていた。

一般庶民と同じ金銭感覚を持ち、謙虚に質素に生きている彼をいつも千紗は好ましく思っていた。 

おまけにイケメンで、優しくて頼り甲斐があって…頭も良くて…こんなパーフェクトな人間なんて、彼以外知らない。

そんな藤堂に千紗だって惹かれない訳がなかった。
普通なら一生関わる事のない雲の上の人…いつだってそう思い、こんな底辺に生きる自分なんかに関わってくれて申し訳ないと思いながら、尊い気持ちにもなっていた。

だから藤堂に今までのお礼も込めて、贈り物をしたくてバイトを始めた。彼に相応しい価値ある物をどうしても送りたかったのだ。

「もらって下さい。涼さんに身に付けて欲しくて買ったんです。その…デザインが気に入らなければ…タンスの肥やしにでもしてくれれば…。」

普段から本を読む文学少女の千紗だから、言葉のチョイスが少し高校生らしくないのが藤堂にはツボだった。

藤堂はクスッと笑って緊張を解く。
「今時のJKがタンスの肥やしにって…」
ハハハッ…しばらく笑い続ける藤堂を見て、ホッとして千紗もフフッと思わず笑う。

そんな千紗が可愛くて、触れたい衝動に駆られる藤堂は、千紗の頭をポンポンと撫でる。

「今の俺にはこんな高価な時計を身に付ける価値はないが、いつかこれが似合う医者になれるように努力する。ありがとう、大切にする。」
藤堂は決心したかの様に真顔になって千紗に礼を伝えた。

それを聞いて、良かった…と千紗もホッとした。
「涼さんは充分凄い人です。今からだって付けて大丈夫です。私の目が見えてる間に付けて見せて下さい。」
少し強引かと思うけれど、この機会を逃したら二度と見る事が出来ないと箱から時計を取り出して、躊躇する藤堂の腕に無理矢理付けてみる。

「良かった。やっぱり似合う。」
そう言って、千紗は満面の笑みをみせる。
藤堂はそれを貴い者でも見るかの様に目を眩しそうに細め、抱きしめたいと思う衝動と葛藤していた。
なんとか…気持ちを寸でのところで止めて天を仰ぐ。

空には星がキラキラと煌めいていた。

時計をはめた腕を星空に掲げ、意識を無理矢理千紗から離す。
「綺麗だな。星空に負けないくらい輝いている。」
呟く様にそう言うと、また千紗がクスクスと笑い出す。
「何だよ…。」
藤堂は怪訝な顔で千紗を見る。

「涼さんって、意外とロマンチストだったんですね。」
と、千紗が笑いながらそう言うから、

「俺だって感動する事もある…。」
不貞腐れながら藤堂が言う。

普段から淡々としていて冷静で、表情が読めない藤堂が分かりやすく高揚している。それがぼんやりとしか見えない千紗でも良く分かったから、ただただ嬉しかった。

「明日…出発ですよね。私は学校で見送りには行けないので今日でさよならです。
今までいろいろありがとうございました。向こうに行っても頑張って下さい。」
千紗が突然、最後の別れの様な事を口にするから、藤堂は突然突き放されたみたいで、気持ちが沈み動揺する。

「…しばらく、会えなくはなるけど、メールやビデオ通話だってあるんだから何かあったら気軽に連絡してくれたらいい。時差とか気にしなくていいから…。千紗は身内みたいなもんなんだから、何にもなくても連絡しろよ。」

藤堂からしてみたら、千紗との繋がりを断ち切る気は一切無かった。ただ物理的に離れはするが、心はどこにいても繋がっていられると、この時の藤堂は信じて疑わなかった。