君の瞳にこの愛を捧ぐ〜凄腕眼科医の執着愛〜

次の日から如月は週3日、千紗の出勤日には必ず車で送迎してくれた。 

当初、足の怪我か治るまでという約束で始めた事だったけど、千紗に会えるのが嬉しくて、如月としてはずっと続けて行きたいと思うほど大切な時間となった。

「おはよう、今日は雨が降りそうだから。」
金曜日の朝、いよいよ角膜移植に向けての第一歩の日。玄関先まで顔を出した如月が千紗にそう伝えてくれる。

「ありがとうございます。」
千紗も微笑みと共に下駄箱から折り畳み傘を取り出す。

「千紗はどこに何があるのか全て暗記して覚えてるのか?」
 
付き合うようになって1番に気付いた事を今、聞いてみる。いつだって家の中にある物は迷いなく持って来れるから、その才能は凄いなと感心していた。

「家の中の物の配置は越して来た時から、ずっと変えてませんから。」
千紗としては、さも当たり前だというようにそう答える。

「俺なんか、メガネ1つにしたっていつも探し回ってるんだけど。」

「りょうさんはお忙しいから、無意識にいろんな場所に置いてしまうんだと思います。目の見えない私からしたらそれはとても怖い事なので、必ず同じ場所に置く事にしてるんです。」

視覚障害者にとって目で探し出せない分、一度場所を忘れてしまうと、それは永遠に見つけ出せない物となる。ここ数年で身につけた特殊能力みたいな感覚だった。

「なるほどね。俺もそれは見習いたいな。物探しは無駄な時間でしかない。」
普段から時短や効率を気にして生活している如月にとって、是非取得したい能力でもある。

千紗の荷物を全て片手に持った如月は、もう片方で千紗の手を握る。既に当たり前となった行為だが、未だ千紗にとっては慣れる事なく、ドキドキと心拍が踊る瞬間だった。

そんな千紗を車の助手席に乗せて、如月は意気揚々と出発する。

「今日はサンドウィッチを作ってみたんですけど、食べられますか?」
毎朝、コーヒーとサプリしか取らないという如月の為、送迎の日は決まって何か簡単に食べられる朝食を作って、運転しながら食べてもらう事にした。

「サラダと卵とお惣菜のサンドウィッチがありますけど、どれから食べますか?」

運転中の如月の為に甲斐甲斐しく世話やいてくれる千紗が可愛くて、どうしたって顔がほころんでしまう。今日も可愛いなと如月は1人ほくそ笑む。

「卵からもらおうかな。いつも朝忙しいのにありがとう。」
このちょっとしたありがとうに、千紗はいいなと思っていた。

大した事ない日常の、ちょっとした事を見逃さずありがとうと言える人。それが如月なのである。

なぜか病院内では冷酷で厳しい医師だと思われがちだから、この優しさに気付いているのは私だけなのかな?と独り占めしているようで嬉しかったりする。

「今日の午前中、診察なんだろ?」
昨日の昼頃、千紗自身からそうメールを貰っていた。

「はい。佐久間先生から紹介してもらうのが通常ルートらしいので、今日は佐久間先生の診察です。」
これに対してはそんな回りくどい事をと、密かに思っている如月だけど、贔屓やコネを嫌がる千紗に合わせて、何も言わずに見守っている。

「分かった。次の俺の診断は直ぐに出来るように待ってるから、なんなら明日の午前中でもいいよ。」
千紗には何より甘い。

「ふふふっ。それはちょっと特別扱いです。」
千紗は笑って受け流す。
如月としては本気にそれくらい早く診察したくてウズウズしているのだが…。

「時間は何時?」

「えっと…10時です。午前中半休を頂いてるので、それまでは病院内で時間を潰そうかと思ってます。」

「分かった。採血もある筈だから貧血には気を付けて。午後の仕事も無理しないように。」
変わらず過保護で心配性の如月だ。

千紗の少しの体調の変化も見逃さない彼は、生理日だってきっと瞬時に把握してしまうのだろう。

確かに…今朝、生理が始まったのだけど…?お医者様ってそんな些細な体調の変化まで分かってしまうのかな?と内心千紗はドキンとしてしまう。

密かに驚きの目を如月に向ける。
千紗に認識できるのは明るい朝の光と、如月のシルットだけ…。 
もしも目が見えるようになったら、この人のいろんな表情を見ることが出来るのかもと少しだけ楽しみが出来た。
楽しみが3割、残りは怖さや不安でいっぱいだった。

だけど、手術してくれるのは他ならぬ信頼している如月なのだから、今はただ身を任せ彼に従おうと思っている。

如月と一緒にいる時間が増えるほど気付くのは、声のトーンが日々一定で喜怒哀楽が少ない事。

普段から穏やかな喋り方なのだけど、歓喜が分かりにくく、実はテンションが上がっている時ほど声のトーンが低かったりする。

普通嬉しいと声のトーンは高くなるのに、感情を出さないよう特訓でも受けたのかなと思うほどだ。

千紗からすれば、まだ如月の全ては謎に包まれている。いつか心を開いて何でも話せるような間柄になれたらいいなとも思う。