わたしの部屋は、二階の南側。廊下のいちばん奥。
ふだんと変わらない自分の家なのに、燐くんが隣に立っているだけで、いつもの扉を開ける感覚も、特別なものに思える。
わたしの後に続いて、燐くんも部屋に入ると、なぜか緊張したようすで、ぐるりと部屋を見渡しだした。
「そんなに見ても、何もないけど……」
「なんだか想像してたよりも、ふつうだね」
「もう。どんな部屋だと思ってたの」
「奇妙な魔導書とか、金色の装飾物とか、不気味な植物とかが置いてあるのかと思ってた」
「あっ。そういうこと」
「星成士っていうから、そういうものなのかなって。ごめん。ぼくの勝手なイメージだ」
さっきの自分の発言を思い出してるみたいだった。
通学かばんを部屋の隅に置きながら、申し訳なさそうにいう、燐くん。
そんなこと、気にする必要ないのに。
「燐くん。飲み物、持ってくるよ。何にする? オレンジジュースか、コーヒーか……」
「いい。おかまいなく。それよりも、時間が惜しいよ。……きみの話、聞かせて」
「――そっか、わかった」
わたしと燐くんは、床に置かれた小さなテーブルをはさんで、向かいあって座った。
そして、わたしはセルヴァン会長に出会うまでの出来事を、燐くんに、自分なりにていねいに説明した。
話を聞いても、燐くんは表情を変えなかった。
黙って、わたしの話を聞いてくれた。
アステル百年祝祭のこと。
星のこと。
そして、星の器である『アステル』とは、なんなのかということ――。
「燐くんは『アステル』に選ばれた。からだに、とても強い『星』の自然エネルギーを取りこんでいるの。それを失ったら、この世から消えてしまうって……会長にいわれた」
「ふうん」
「き、消えちゃうんだよ? だから、わたし……」
「そういう理由で、きみはぼくのために、自分の寿命を使ってるの?」
燐くんのするどい視線が、わたしを見すえる。
「……二度と、ぼくのためにそんなこと、しないで」
「だけど……」
「ちゃんと、返事をして!」
驚いて、燐くんを見ると、その白い頬が濡れている。
初めて見た。
「燐くん、泣いてるの……?」
どんなに病気が辛くても、笑っていた燐くんが。
燐くんの頬を、涙のしずくが、そっと伝う。
それを拭おうとしたわたしの手を、燐くんがやわらかく掴んだ。
「……返事」
「し、しないよ。約束する」
すると、燐くんは涙声で、「はは」と乾いた笑い声をあげた。
「目が泳いでる」
燐くんが、わたしの手首をぐいっと引っ張った。
か、顔が近い。
燐くんのあたたかい温度が、手の平からじんわりと伝わってくる。
「陽菜のことがすごく大切なんだ。せっかく、宝井町にもどってきたのに、きみがケガをするところなんて、見たくない。心配、かけさせないで。ぼくの幼なじみは、きみだけなんだよ」
「……ごめんね。気をつける!」
「ん……」
ティッシュをとって、燐くんの涙をぬぐってあげる。
燐くんは、恥ずかしそうにしながら、わたしの手からティッシュを取って、自分で拭きはじめた。
「ぼくのために、どれくらい使ったの。寿命」
「え?」
「時任先輩は、『いま何枚の結界を張っている』っていってた。――何枚、張ってるの?」
真剣な目で、聞いてくる燐くん。
聞き方が、ドラマで見た警察の尋問みたいで、苦笑いしそうになる。
なんとかごまかそうとするわたしを、燐くんは見抜いていたみたいで。
逃がさないとばかりに、つめ寄ってくる。
「正直にいって」
「……今のところ三枚。学校と、燐くんの家、あと、燐くん自身」
「そんなにっ?」
燐くんは、信じられないとばかりに、身を乗り出した。
落ちつこうとばかりに、静かに座りなおす。
「三枚って、どれくらい導力を使うの? まさか、常に寿命を導力に変えてるんじゃ……」
「ちがうちがうっ。常にじゃないよ。もう慣れたし」
「慣れたって……」
「あのね、大量に導力を使ってたのは、祝祭がはじまったときだけ! 一気に何枚も結界を張るために、大量の導力が必要だったの。だから、いまは寿命なんて使ってないよ。時任先輩がわたしの導力が無尽蔵なんていったのは、その時のことをいってるんだと思う。大げさだよね~っ」
心配をかけたくなくて、何でもないことのように、早口でいってしまう。
だけどけっきょく、燐くんに心配かけさせちゃったみたいだ。
見ると、燐くんは眉間に、思いっきりシワをよせていた。
「どこが、大げさ?」
「あの……怒ってる……かな」
「なんでこうなったのか、よく考えてみたら?」
「ごめん……」
わたしが、弱いから? 嘘、ついてたから?
考えても考えても、わからなくて、燐くんに申し訳なかった。
しばらく、わたしたちのあいだに、沈黙が流れた。
チクタク、と部屋の時計が、時間を刻み続けている。
ちょっとして、燐くんが「はあ」とため息をついた。
「きみの寿命、もう……もとに戻らないの?」
「そういう星成術なら、あるかも。なくなったものを、元に戻す術とか」
「……っなら、それを覚えてよ!」
興奮気味にわたしの両手を取る燐くんに、わたしは、ぱちぱちとまばたきしてしまう。
「り、燐くん? 急にどうしたの」
「たった六年でまったく知らなかった星成術を覚えたんでしょ。きみなら、そんなのなんてことないんじゃない?」
「でも、星成術の本って、財団にしかないんだ。これまでは、セルヴァン会長が、こっそり持ち出した本を、一日で必死に覚えて練習してたんだよ」
「セルヴァン会長、ね」
その名前を聞いて、燐くんがまた口を不機嫌そうに曲げてしまう。
「きみに星成術を教えてくれたっていうけど、そいつの目的ってなに? なんでわざわざ陽菜につきっきりで星成術を教えてくれたわけ? しかも、こっそりだなんて。怪しくない?」
「――歌仙くん」
振り返ると、セルヴァン会長がわたしの背後で、ニコニコと笑顔をたたえている。
あいかわらず、神出鬼没だ。
「セルヴァン会長。どうしてここに?」
「いえ、なんだか、あなたたちがぼくのことを話題にしているような気配を感じて、こうしてここに来てみたわけなんですけど。……違いましたか?」
その通りなんだけど、いったいどうやって、その気配を感じ取れるのか、ふしぎだ。
セルヴァン会長は、勝手にベッドにあがり、正座をして座る。
ふわふわのベッドにも関わらず、その背筋はピシッとしているから、すごい。
「おや、なんだかアステルに睨まれている気がしますが……ぼく、きらわれているんでしょうか」
わざわざ、しおらしくするセルヴァン会長に、燐くんは怪訝な表情で睨みつけている。
「……だったら、何なの?」
あいかわらず、わたし意外には、なぜか冷たい態度の燐くん。
そっけない燐くんにも、セルヴァン会長は特に気にするようすもなく、長い脚を組み、やれやれといいたげに肩をすくめた。
「そういえば、さっきアステルがいっていたことですが」
「ぼくがいっていたこと?」
「歌仙くんに星成術を教えた目的と、わざわざ歌仙くんにつきっきりで星成術を教えたわけですよ」
セルヴァン会長は、自分の膝に頬杖をつきながらいった。
「理由は、ズバリ。歌仙くんが、これまでのアステル百年祝祭になかったことをしようとしてたからです」
「……え?」
「なぜなら、我が財団は、もうアステル百年祝祭を終わらせたいと思っているんです」
ベッドの上から、わたしたちを見下ろしているセルヴァン会長は、まるで教室で教鞭をとる先生のようだ。
あるいは、どこかの世界の神さまにも似た、ふしぎな笑みをセルヴァン会長は浮かべた。
「初めて聞いたんですけど」
驚くわたしに、セルヴァン会長は「ええ」と、うなずいた。
「いわなかったですからね」
「ど……どういうことですか?」
「だって、あんな強大なエネルギーを手に入れた星成士がこれからも誕生し続けてしてしまったら、財団の資金が底をついてしまいますよ。現状でも、もう管理が大変だっていうのに。あまりに強い力を手に入れた星成士たちを押さえつけ続けるのは、もう困難に近い状況になっているんです」
「これまで、アステルを手にいれた星成士たちは、どうしているんですか?」
わたしが効くと、セルヴァンはその話題はうんざりとばかりに、口をへの字にした。
「もちろん、厳重に管理していますよ。財団の管理が行き届く専用の家を与え、潤いのある生活ができるよう、十分な環境を整えています」
「――なるほどね」
燐くんが納得いったように、目を伏せた。
「アステルを手に入れた星成士が、その力に溺れないよう、監視と管理をする。アステル星成士財団は、そのために作られた組織ということ?」
「すばらしいですね、アステル! あなたは、飲みこみがとてもいい」
瞬間、ドンっという音が、部屋に響いた。
燐くんが、セルヴァン会長の胸倉をつかみ、ベッドに押しつけていた。
わたしは、あわてて立ちあがる。
すると、燐くんが怒りをあらわに、声を震わせ、いった。
「――そして、きみたち財団は、陽菜を利用するために星成士にしたんだね」
「利用だなんて、乱暴ないい方ですね。ぼくたちは、歌仙くんに祝祭のこれからの運命を変えてもらいたいと思っているんです」
状況に反して、セルヴァン会長はおだやかに続ける。
「祝祭が終わり、『星の器』に空きができると、星は次のエネルギーをたくさん生成せねばと、百年をかけ動きだします。そして、またエネルギーをあふれさせてしまう。毎回、作りすぎなんですよね」
あきれたように、両手をあげるセルヴァン会長。
「つまり、そのサイクルを止めてしまえばいいんです。星のエネルギーを、必要最低限の活動のみにする。器の空きを作らなければ、エネルギーは永遠に安定し続ける――それが我々、財団が導き出した考えです」
「正解なの?」
燐くんがいうと、セルヴァン会長はチッチッチと、人さし指を振った。
「アステル。どれほどの期間、我々が星と共にあったとお思いですか?」
胸元を掴む燐くんの手をほどき、セルヴァン会長はようやく、ベッドからからだを起こした。
「そういうわけで、歌仙くんには、これから永遠に『星成士たちに奪われないよう、アステルを守り続けてもらいたい』と思っているんです」
「次の祝祭が行われないように、陽菜を縛り続けるの間違いでしょ」
燐くんは、たまりにたまった苦痛を吐き出すように、いった。
「歌仙くんは、それで納得して、あなたを永遠に守り続けるといっています」
深くうなずいたセルヴァン会長は、優雅にベッドから降りた。
そのまま燐くんを通り越し、床を這いながら、わたしに近寄る。
「安心してください。歌仙くんには、これからも財団の会長直々にサポートし続けます。こっそりと、ですがね。時任や竜胆にばれると、やっかいですから。ああ。竜胆は、祝祭に登録されている三人目の星成士です。いずれ会うでしょうね」
満面の笑みで、わたしに笑いかけるセルヴァン会長。
それを燐くんは、不服そうにして見ている。
「ねえ。きみ、さっきから陽菜に近いよ。いい加減にして」
「年長者として、年下を可愛がるのは当然ではないですか?」
ふしぎそうに燐くんを見返す、セルヴァン会長。
燐くんは、「はあ?」と声を荒げた。
「きみ、どう見ても、ぼくたちと同い年くらいでしょ」
「そう見えるのは仕方ありませんが、ぼくは、祝祭でアステルを手に入れて以来、ずっと財団の会長を務めています。えっと……あれは、三百年くらい前のことでしたかね」
「――さ、三百年っ?」
あっけにとられる、燐くん。
わたしも、はじめて聞いたときは驚いた。
どう見ても、セルヴァン会長は中学生くらいにしか見えないもんね。
「あーもうっ」
燐くんは、ふわふわの黒蜜色の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜ、顔をしかめた。
「ごめん。今日はもう、ちょっとむり。帰る」
「り、燐くんっ?」
部屋のすみに置いていた通学かばんを手に持つと、ドアのレバーに手をかける。
「いろいろあって、頭がこんがらがってきた。ごめん陽菜……また、明日」
ひかえめに手を振る燐くんは、振り返ることなく階段を降り、うちを出て行ってしまった。
ふだんと変わらない自分の家なのに、燐くんが隣に立っているだけで、いつもの扉を開ける感覚も、特別なものに思える。
わたしの後に続いて、燐くんも部屋に入ると、なぜか緊張したようすで、ぐるりと部屋を見渡しだした。
「そんなに見ても、何もないけど……」
「なんだか想像してたよりも、ふつうだね」
「もう。どんな部屋だと思ってたの」
「奇妙な魔導書とか、金色の装飾物とか、不気味な植物とかが置いてあるのかと思ってた」
「あっ。そういうこと」
「星成士っていうから、そういうものなのかなって。ごめん。ぼくの勝手なイメージだ」
さっきの自分の発言を思い出してるみたいだった。
通学かばんを部屋の隅に置きながら、申し訳なさそうにいう、燐くん。
そんなこと、気にする必要ないのに。
「燐くん。飲み物、持ってくるよ。何にする? オレンジジュースか、コーヒーか……」
「いい。おかまいなく。それよりも、時間が惜しいよ。……きみの話、聞かせて」
「――そっか、わかった」
わたしと燐くんは、床に置かれた小さなテーブルをはさんで、向かいあって座った。
そして、わたしはセルヴァン会長に出会うまでの出来事を、燐くんに、自分なりにていねいに説明した。
話を聞いても、燐くんは表情を変えなかった。
黙って、わたしの話を聞いてくれた。
アステル百年祝祭のこと。
星のこと。
そして、星の器である『アステル』とは、なんなのかということ――。
「燐くんは『アステル』に選ばれた。からだに、とても強い『星』の自然エネルギーを取りこんでいるの。それを失ったら、この世から消えてしまうって……会長にいわれた」
「ふうん」
「き、消えちゃうんだよ? だから、わたし……」
「そういう理由で、きみはぼくのために、自分の寿命を使ってるの?」
燐くんのするどい視線が、わたしを見すえる。
「……二度と、ぼくのためにそんなこと、しないで」
「だけど……」
「ちゃんと、返事をして!」
驚いて、燐くんを見ると、その白い頬が濡れている。
初めて見た。
「燐くん、泣いてるの……?」
どんなに病気が辛くても、笑っていた燐くんが。
燐くんの頬を、涙のしずくが、そっと伝う。
それを拭おうとしたわたしの手を、燐くんがやわらかく掴んだ。
「……返事」
「し、しないよ。約束する」
すると、燐くんは涙声で、「はは」と乾いた笑い声をあげた。
「目が泳いでる」
燐くんが、わたしの手首をぐいっと引っ張った。
か、顔が近い。
燐くんのあたたかい温度が、手の平からじんわりと伝わってくる。
「陽菜のことがすごく大切なんだ。せっかく、宝井町にもどってきたのに、きみがケガをするところなんて、見たくない。心配、かけさせないで。ぼくの幼なじみは、きみだけなんだよ」
「……ごめんね。気をつける!」
「ん……」
ティッシュをとって、燐くんの涙をぬぐってあげる。
燐くんは、恥ずかしそうにしながら、わたしの手からティッシュを取って、自分で拭きはじめた。
「ぼくのために、どれくらい使ったの。寿命」
「え?」
「時任先輩は、『いま何枚の結界を張っている』っていってた。――何枚、張ってるの?」
真剣な目で、聞いてくる燐くん。
聞き方が、ドラマで見た警察の尋問みたいで、苦笑いしそうになる。
なんとかごまかそうとするわたしを、燐くんは見抜いていたみたいで。
逃がさないとばかりに、つめ寄ってくる。
「正直にいって」
「……今のところ三枚。学校と、燐くんの家、あと、燐くん自身」
「そんなにっ?」
燐くんは、信じられないとばかりに、身を乗り出した。
落ちつこうとばかりに、静かに座りなおす。
「三枚って、どれくらい導力を使うの? まさか、常に寿命を導力に変えてるんじゃ……」
「ちがうちがうっ。常にじゃないよ。もう慣れたし」
「慣れたって……」
「あのね、大量に導力を使ってたのは、祝祭がはじまったときだけ! 一気に何枚も結界を張るために、大量の導力が必要だったの。だから、いまは寿命なんて使ってないよ。時任先輩がわたしの導力が無尽蔵なんていったのは、その時のことをいってるんだと思う。大げさだよね~っ」
心配をかけたくなくて、何でもないことのように、早口でいってしまう。
だけどけっきょく、燐くんに心配かけさせちゃったみたいだ。
見ると、燐くんは眉間に、思いっきりシワをよせていた。
「どこが、大げさ?」
「あの……怒ってる……かな」
「なんでこうなったのか、よく考えてみたら?」
「ごめん……」
わたしが、弱いから? 嘘、ついてたから?
考えても考えても、わからなくて、燐くんに申し訳なかった。
しばらく、わたしたちのあいだに、沈黙が流れた。
チクタク、と部屋の時計が、時間を刻み続けている。
ちょっとして、燐くんが「はあ」とため息をついた。
「きみの寿命、もう……もとに戻らないの?」
「そういう星成術なら、あるかも。なくなったものを、元に戻す術とか」
「……っなら、それを覚えてよ!」
興奮気味にわたしの両手を取る燐くんに、わたしは、ぱちぱちとまばたきしてしまう。
「り、燐くん? 急にどうしたの」
「たった六年でまったく知らなかった星成術を覚えたんでしょ。きみなら、そんなのなんてことないんじゃない?」
「でも、星成術の本って、財団にしかないんだ。これまでは、セルヴァン会長が、こっそり持ち出した本を、一日で必死に覚えて練習してたんだよ」
「セルヴァン会長、ね」
その名前を聞いて、燐くんがまた口を不機嫌そうに曲げてしまう。
「きみに星成術を教えてくれたっていうけど、そいつの目的ってなに? なんでわざわざ陽菜につきっきりで星成術を教えてくれたわけ? しかも、こっそりだなんて。怪しくない?」
「――歌仙くん」
振り返ると、セルヴァン会長がわたしの背後で、ニコニコと笑顔をたたえている。
あいかわらず、神出鬼没だ。
「セルヴァン会長。どうしてここに?」
「いえ、なんだか、あなたたちがぼくのことを話題にしているような気配を感じて、こうしてここに来てみたわけなんですけど。……違いましたか?」
その通りなんだけど、いったいどうやって、その気配を感じ取れるのか、ふしぎだ。
セルヴァン会長は、勝手にベッドにあがり、正座をして座る。
ふわふわのベッドにも関わらず、その背筋はピシッとしているから、すごい。
「おや、なんだかアステルに睨まれている気がしますが……ぼく、きらわれているんでしょうか」
わざわざ、しおらしくするセルヴァン会長に、燐くんは怪訝な表情で睨みつけている。
「……だったら、何なの?」
あいかわらず、わたし意外には、なぜか冷たい態度の燐くん。
そっけない燐くんにも、セルヴァン会長は特に気にするようすもなく、長い脚を組み、やれやれといいたげに肩をすくめた。
「そういえば、さっきアステルがいっていたことですが」
「ぼくがいっていたこと?」
「歌仙くんに星成術を教えた目的と、わざわざ歌仙くんにつきっきりで星成術を教えたわけですよ」
セルヴァン会長は、自分の膝に頬杖をつきながらいった。
「理由は、ズバリ。歌仙くんが、これまでのアステル百年祝祭になかったことをしようとしてたからです」
「……え?」
「なぜなら、我が財団は、もうアステル百年祝祭を終わらせたいと思っているんです」
ベッドの上から、わたしたちを見下ろしているセルヴァン会長は、まるで教室で教鞭をとる先生のようだ。
あるいは、どこかの世界の神さまにも似た、ふしぎな笑みをセルヴァン会長は浮かべた。
「初めて聞いたんですけど」
驚くわたしに、セルヴァン会長は「ええ」と、うなずいた。
「いわなかったですからね」
「ど……どういうことですか?」
「だって、あんな強大なエネルギーを手に入れた星成士がこれからも誕生し続けてしてしまったら、財団の資金が底をついてしまいますよ。現状でも、もう管理が大変だっていうのに。あまりに強い力を手に入れた星成士たちを押さえつけ続けるのは、もう困難に近い状況になっているんです」
「これまで、アステルを手にいれた星成士たちは、どうしているんですか?」
わたしが効くと、セルヴァンはその話題はうんざりとばかりに、口をへの字にした。
「もちろん、厳重に管理していますよ。財団の管理が行き届く専用の家を与え、潤いのある生活ができるよう、十分な環境を整えています」
「――なるほどね」
燐くんが納得いったように、目を伏せた。
「アステルを手に入れた星成士が、その力に溺れないよう、監視と管理をする。アステル星成士財団は、そのために作られた組織ということ?」
「すばらしいですね、アステル! あなたは、飲みこみがとてもいい」
瞬間、ドンっという音が、部屋に響いた。
燐くんが、セルヴァン会長の胸倉をつかみ、ベッドに押しつけていた。
わたしは、あわてて立ちあがる。
すると、燐くんが怒りをあらわに、声を震わせ、いった。
「――そして、きみたち財団は、陽菜を利用するために星成士にしたんだね」
「利用だなんて、乱暴ないい方ですね。ぼくたちは、歌仙くんに祝祭のこれからの運命を変えてもらいたいと思っているんです」
状況に反して、セルヴァン会長はおだやかに続ける。
「祝祭が終わり、『星の器』に空きができると、星は次のエネルギーをたくさん生成せねばと、百年をかけ動きだします。そして、またエネルギーをあふれさせてしまう。毎回、作りすぎなんですよね」
あきれたように、両手をあげるセルヴァン会長。
「つまり、そのサイクルを止めてしまえばいいんです。星のエネルギーを、必要最低限の活動のみにする。器の空きを作らなければ、エネルギーは永遠に安定し続ける――それが我々、財団が導き出した考えです」
「正解なの?」
燐くんがいうと、セルヴァン会長はチッチッチと、人さし指を振った。
「アステル。どれほどの期間、我々が星と共にあったとお思いですか?」
胸元を掴む燐くんの手をほどき、セルヴァン会長はようやく、ベッドからからだを起こした。
「そういうわけで、歌仙くんには、これから永遠に『星成士たちに奪われないよう、アステルを守り続けてもらいたい』と思っているんです」
「次の祝祭が行われないように、陽菜を縛り続けるの間違いでしょ」
燐くんは、たまりにたまった苦痛を吐き出すように、いった。
「歌仙くんは、それで納得して、あなたを永遠に守り続けるといっています」
深くうなずいたセルヴァン会長は、優雅にベッドから降りた。
そのまま燐くんを通り越し、床を這いながら、わたしに近寄る。
「安心してください。歌仙くんには、これからも財団の会長直々にサポートし続けます。こっそりと、ですがね。時任や竜胆にばれると、やっかいですから。ああ。竜胆は、祝祭に登録されている三人目の星成士です。いずれ会うでしょうね」
満面の笑みで、わたしに笑いかけるセルヴァン会長。
それを燐くんは、不服そうにして見ている。
「ねえ。きみ、さっきから陽菜に近いよ。いい加減にして」
「年長者として、年下を可愛がるのは当然ではないですか?」
ふしぎそうに燐くんを見返す、セルヴァン会長。
燐くんは、「はあ?」と声を荒げた。
「きみ、どう見ても、ぼくたちと同い年くらいでしょ」
「そう見えるのは仕方ありませんが、ぼくは、祝祭でアステルを手に入れて以来、ずっと財団の会長を務めています。えっと……あれは、三百年くらい前のことでしたかね」
「――さ、三百年っ?」
あっけにとられる、燐くん。
わたしも、はじめて聞いたときは驚いた。
どう見ても、セルヴァン会長は中学生くらいにしか見えないもんね。
「あーもうっ」
燐くんは、ふわふわの黒蜜色の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜ、顔をしかめた。
「ごめん。今日はもう、ちょっとむり。帰る」
「り、燐くんっ?」
部屋のすみに置いていた通学かばんを手に持つと、ドアのレバーに手をかける。
「いろいろあって、頭がこんがらがってきた。ごめん陽菜……また、明日」
ひかえめに手を振る燐くんは、振り返ることなく階段を降り、うちを出て行ってしまった。



