アステル! ~星成士たちとキラメキの祝祭~

「星よ、聴け――我が赤き導力の煌めきを見よ。遠きアステルの導きに従い、猛きズヴィズダーよ、来たれ――」
「この呪文……」
「ッハ。気にする必要はない。ただの、ポルヴェレ・ディ・ステッレ――星屑さ」
 瞬間、わたしは息を飲む。
「星屑……ポルヴェレ・ディ・ステッレ……まさか、身代わり生成……?」
「なるほど。知識だけは教わっているようだ。拍手を送ろう。これから、攻撃を受けるのは、オレじゃない。すべて、身代わりが引き受けてくれる」
 魔霧と風が混じり、赤い暴風が吹き荒れる。
 真っ赤な光が渦を巻き、廊下に、赤い星成術の陣があらわれる。
「燐くん、動かないでっ」
「――陽菜ッ……?」
 わたしは、燐くんの胸元に手をかざす。
 すると燐くんの制服のなかから、青い光がほとばしる。
 恐る恐る、それを取り出す燐くん。
 手のひらの上で、青い星成石は、まぶしく輝いている。
 青い光は一面を照らしながら、ドーム状にかたちを変える。
「これは……ッ?」
「みんなを守る結界だよ。これで、大丈夫」
 ああ――燐くんの前で、星成術を使っちゃった。
「でも……これでいい。これが、正解だと思う……」
 つぶやくと、わたしは自分の制服のポケットから、青い石を取り出した。
 導力を石に注ぎこむ。
 すると、それは真っ青に光り、つららのように形を変えた。
 青い石の剣を、わたしは強く握りこむ。
 じゅうぶん、修行はした。
 あとは、挑むだけ――。
 青い結界の向こう側で、言葉をなくしている燐くんに、わたしは誓うようにいう。
「燐くんのことは、わたしが守るよ」
 とたん、わたしの目の前に、影が飛びこんで来た。
 小学生くらいの男の子が、わたしに覆いかぶさるように、赤い斧を振り下ろしてきた。
 わたしがそれを剣で受け止め、キインッという音が、耳をつんざく。
「この子が、時任先輩が召喚した身代わり……っ?」
 かっちりとした、スーツを着ている。
 ボトムは、半ズボンになっていて、靴下には、ずり落ちないようにするベルトみたいなものがついていた。
「シュテルン。そこの男を捕まえるんだ」
「そこの男って~?」
「黒蜜色の髪の、猫みたいな目をした男だ」
「ああ、いま結界のなかにいる、あの子だね。うん! わかったよ、出流くん。ぼくがさっさと、やっつけてあげる」
「やっつけるんじゃない。捕まえろといっている」
「うん! 捕まえるんだよね、おっけー!」
 シュテルン、と呼ばれた身代わりが、わたしをぴょんと飛び越え、結界へと飛んでいく。
「素早い……!」
 わたしはシュテルンを追いかけ、斧を叩き落そうと、剣を振りあげた。
 しかし、それを上回るスピードで、シュテルンに回し蹴りをくり出され、わたしは廊下の壁に吹っ飛ばされてしまう。
 そのままシュテルンはブンと斧を振りあげ、結界に向かって、一直線に突っこんでいく。
 わたしはすぐさま態勢を立て直し、結界とシュテルンのあいだに飛びこんだ。
 燐くんが叫ぶ。
「――陽菜!」
 青い剣と赤い斧が激しくぶつかり、石のかけらがあたりに飛び散る。
 シュテルンの瞳がなぜか、らんらんと輝いた。
「すごい! おれの斧を受け止めるなんて、信じられないよ。それに、あたりにいっぱいに広がる、この結界! こんなに強力なものは見たことがない! 知りたい! その秘密が知りたいよ!」
 シュテルンの押しこむ力が、どんどんとこめられていく。
「ねえ。きみ、どんな修業をして、この力を手に入れたの?」
 シュテルンは、興奮気味にいう。
「星成士それぞれ、保有できる導力の器は、それぞれ生まれついてのものなのは知ってるよね。つまり、星成士が持てる導力の量は、努力でも才能でもなく、生まれ持っての資質なんだ」
 シュテルンにものすごい力で押され、わたしの青い剣が、めきめきを音をたてる。
 まずい、押し返す力が……。
「だけどさ、どう見ても、きみは自分の器以上の導力を使っているんだよ! きみは、いったいなんなんだ? 教えて! ぼく、気になって気になってしかたがないよ!」
 時任先輩がつまらなそうに、ばりばりと頭をかいた。
「シュテルン! さっさと捕まえろ」
「待ってよ、出流。この子は、ふつうじゃないんだ」
「そんなことはわかっている」
「出流、わかっていたの? この子が使う導力の桁は、異常だ。これには、何か特別な理由があるはずなんだよ」
「それが解れば、苦労はない。いまは、その猫目の男を捕まえろ」
「……つまらないなあ。ぼくは、この子の秘密を知りたいのに」
「さっさとしろ、シュテルン」
「……はあーい」
 シュテルンは、不満そうにしながらも赤い斧を再び振りあげる。
 ガンッ、ガンッ、と青い剣を斧で打ちつけてくるので、わたしはそれを必死に受け止めるしかない。
 思わず顔をしかめてしまう。
 さすがに、キツイ。
「陽菜ッ」
「大丈夫! 心配しないで」
「そんなこといったってさ……くそっ」
 苦しそうにいう、燐くん。
 わたしがもっと強かったら、燐くんを不安にさせないのに。
 時任先輩の術が、ものすごい突風が引き起こす。
 さらにシュテルンの赤い斧による衝撃が、どんどん重なっていく。
 わたしは額に浮かぶ汗をぬぐうこともせず、グッと、剣を握りなおす。
 押されてる。
 このままじゃ、押し負ける。
 まずい、と思ったとたん、足が一歩、後ろに下がった。
 だめだ、防ぎきれない――。
「仕方ない……か……」
 わたしのポケットのなかの星成石が――輝き出す。
 青い光が、ゆらりとした光の環となって、わたしのまわりを漂いはじめた。
 時任先輩が、「フッ」と鼻を鳴らした。
「観念したか――」
 シュテルンが、斧による攻撃の反動をバネに、後ろにひるがえった。
 斧の刃が苛立たし気に、吹き荒れる風を切り裂く。
 風圧によって、あたりは一瞬、静寂となった。
「ねえ!」
 シュテルンが、なぜか時任先輩に向かって叫んだ。
「出流は、彼女の無尽蔵の導力の秘密を知っているんだよね? 教えてよ!」
「……こんなときに、何をいっているんだ」
「ぼくは、この世のすべての秘密が知りたいんだ。秘密って、わくわくするでしょ? 『星』のなかは、退屈で仕方ないんだもの。せっかく外に出られたんだから、そのあいだは、楽しいことだけしたいんだ!」
 うっとりと天井をあおぎながら、シュテルンはここではないどこかを見つめている。
「ハッ。オレも、楽しいことは大すきだ」
 時任先輩が、おかしそうに両手をあげた。
「だが、他の連中が楽しいと思えることがなんなのか、オレにはわからない。ずっと、暗くてつまらない、大きらいなあの家に、閉じこめられていたからな」
「すごい! じゃあ、ぼくたち、いっしょだったんだね!」
「だがな、オレと身代わりのおまえでは、決定的に違うところがある。おまえは、欲望ために斧を振っているのかもしれない――しかし、オレは野望のために、ここにいる。オレの導力の色は、野望の赤。欲望と野望、どちらが意味のある行為か、おまえは……わかるか?」
 シュテルンは、ぽかんとしたあと、気を取り直したように、にこっと笑った。
「出流! おれ、自分の気持ちが欲望だなんて思ったことはないよ。おれはただ、『知りたい』だけなんだ!」
 シュテルンが、わたしのほうへと、飛びこんでくる。
「ねえ、きみの導力の色は、青いね――決意の青だ」
 赤い斧の刃先が、赤い光となって、線を描く。
「きみの決意って、なに?」
 わたしは、かまえた青い刀身から、風の向こう側をのぞく。
 空間を走らせた、迷いのない太刀筋で、相手を捕える。
「燐くんを、永遠に守り続けることだよ」
 鼻先が触れるほどの間合いまで近づき、シュテルンの目がこぼれるほどに、大きく見開かれた。
 赤い斧が、粉々に砕け散り、バラバラと廊下に零れ落ちていく。
 その赤い欠片たちのうえに、シュテルンのからだが、ゆらりと倒れこんだ。
「――永遠は、すごいや」
 かすかなうめき声が、風の音のなかへと消えていく。
 シュテルンのすがたは、あっというまに赤い欠片の屑となって、見えなくなってしまった。
「……はあ、はあ」
 わたしはすぐに、時任先輩へと剣をかまえなおした。
 すでに、刃先はぼろぼろになってしまっている。
 だが時任先輩は、すぐに星成石で赤い斧を生成してしまう。
 時任先輩が一振りした、赤い斧の攻撃は暴風とかけ合わさり、巨大な衝撃となって、こちらに襲いかかる。
 とんでもない風圧に、わたしは教室のドアに背中を打ちつけた。
 結界のなかの燐くんですら、立っていられないほどの威力で、片膝をついてしまっている。
「燐くん、逃げて」
 信じられないとばかりに結界に、ドンッと手を突き、燐くんが叫んだ。
「何いってるの。きみも逃げるんだよ」
「時任先輩を、食い止めないと」
「だめ。そんなの許さない。きみを置いていくなんて……」
「歌仙陽菜」
 その場の空気を震わすような、低い声。
 時任先輩は、くつくつと笑いながら、にやりと笑った。
「おまえが、どうしてそんなに無尽蔵に導力を使えるのか、わかったよ」
 時任先輩は、一歩一歩わたしたちのほうへと近寄ってきた。
「おまえ、いま何枚の結界を張っている?」
「いったい、何のこと……」
「まさか、『自分の寿命を削って』、導力に変えているとはな」
 息を、飲んだ。
「――は……?」 
 燐くんの声にならない声が聞こえた。
 時任先輩が、悪魔のように、ニヤリと微笑む。
「今日は、いったん引く。おまえのような星成士を相手にするには、準備が必要だ。だが、アステルを手に入れるのは、オレだ。次に会うときまでに、大量の星成石の準備でもしておくんだな」
 そういうと、時任先輩は校舎内に、暴風を吹かせた。
 気づいたときには、赤い霧だけを残し、時任先輩はいなくなっていた。
 学校のみんなは倒れたまま、まだ目覚めない。
 誰も、ケガをしていないといいけど……。
「これが、星成士の戦い……」
 痛いほどに気づかされた。
 でも、まだまだ、これからなんだ。
 祝祭は。
 わたしが、星成士たちから燐くんを守り続けるかぎり、アステル百年祝祭は終わらない。
 セルヴァン会長にいわれた言葉をわたしは思い出す。
――あなたは……このまま永遠に、アステルを守り抜く覚悟があるということですね?
「あるよ。わたしは、燐くんを守る。これからも、永遠にずっと」
 それで、いい。
 もう、燐くんを守れない自分に、失望なんてしたくない。