「歌仙くん」
セルヴァン会長は、苦しそうに、顔を歪めてた。
「わたし……燐くんを守れなかった、だめだめ星成士です」
あのときの、情けない気持ちが込みあげてきて、わたしの目に涙が浮かぶ。
「せっかくセルヴァン会長に、修行つけてもらったのに……燐くんを守れなくて……燐くんに、ごめんねすらいえなくて……」
「歌仙くん」
わたしの両肩を掴み、セルヴァン会長は訴えてきた。
「財団のために、あなたに修行をつけていたのは事実です。でも、ぼくはもうすでに、あなたが思うよりもずっと、あなたのことを大切に思っています。あなたを失いたくない。だから、ぼくを利用してください」
わたしは驚いて、息を飲んだまま、返す言葉をなくしてしまう。
かまわず、セルヴァン会長は続けた。
「ぼくと――契約をしましょう」
「え」
「アステルを救うんでしょう?」
セルヴァン会長が、わたしの手に自分の手を、そっと重ねた。
「歌仙くん。あなたは……ぼくとはじめて対等に会話をしてくれた、唯一の存在です。ぼく、本当に嬉しかったんですよ。だからこそ、決意を果たしてほしいと願ってしまった……」
セルヴァン会長はそういって、わたしの手を握ってくれる。
手に、再び力がこもる。
わたしは同時に、心の底から湧きあがってくる願いを口にした。
「わたしの決意を果たすために、セルヴァン=ズヴィズダー。あなたの心をください」
「――もちろん」
セルヴァン会長のすがたが、銀杏色の星成石となる。
わたしは、自分の青い導力を銀杏色の星成石に流しこんだ。
星成石に青と、銀杏色が入り混じり、石のなかで渦を描く。
二色は複雑な光となってあたりを包みこみ、石はそのかたちを変えはじめた。
青と銀杏色の二色が混じった剣が、わたしの目の前に、きらきらと浮かびあがった。
するどい風が吹きつける。
わたしは結界を飛び出し、剣をかまえた。
ガキン! と、するどいもの同士がぶつかる音。
暴走する時任先輩の杖が、わたしに向かって振りおろされ、わたしはそれを間一髪で受け止める。
「杖で攻撃しないでください!」
「これが遠距離武器だと、オレの辞書には書いていない」
「先輩……わたし、わかっちゃったんです。セルヴァン会長がいないから、はっきり聞きます」
わたしは、時任先輩をキッと見すえる。
時任先輩は、ふしぎそうに目を丸くした。
「あなたの野望は……アステル星成士財団をもっとよりよいものにしようとすることですよね?」
「……なんだと」
時任先輩は、眉間に深いシワを寄せた。
「あなたは、わたしより強い。あなたはいつだって、わたしから燐くんを奪えたはずです。なのに、そうしなかった。どうしてですか?」
「……さあな」
「あなたは、セルヴァン会長がアステル百年祝祭を、終わらせようとしていることに気づいた。でも、あなたにとっては不都合だった。財団では、弱い星成士はバカにされてしまう。昔から、それがあたりまえの環境なんですね……?」
時任先輩の杖を握る力が、わずかに弱まる。
「財団を自分のものにすれば、弱いと笑われる星成士たちを救える。そう思ったんですよね」
「おまえには、関係のない話だ」
「でも、こんな方法、力技すぎです!」
「オレの野望は本気だ。お前の決意なんかよりも」
それに、わたしはムッとする。
「わたしの決意だって、本気です!」
わたしたちは、同時に導力を持っている武器に注ぎこんだ。
杖が、剣が、複雑な光を放ち、輝き出す。
武器を振りあげると、青と銀杏色の光が、きらきらとした光の粒となって、戦いの場を彩った。
時任先輩の攻撃が、わたしの鼻先に届きそうになったとき。
黄金色の導力が、わたしの剣に注ぎこまれた。
青と銀杏色と、黄金色の光が、洪水のようにあたりを満たす。
あたたかな風が、わたしの頬を撫でた。
気づいたら、時任先輩が廊下で倒れている。
わたしはハアハアと肩で息をしながら、ポケットに手を突っこんだ。
「燐くん……。お願い、もとに戻って……!」
グッと、両手に力をこめる。
頭のなかに浮かんだ呪文を、わたしは心をこめて唱えた。
わたしは、アステルを天にかざし、呪文を唱えた。
「星よ、星よ、星よ――尊きアステルの導きを、そちらへお返ししま……」
呪文が途中で途切れてしまう。
ポケットのアステルが、すごく熱くなってる。
戸惑いながら取り出すと、強烈な黄金色の光を放ち、ゆらゆらと大きなかたちをなしていく。
やがて、光から生まれるように、わたしの腕の中にあたたかな温度が返ってきた。
「り、燐くん……!」
「陽菜?」
「も、もとにもどった……! 呪文は失敗したのに」
じんわりと目に涙がにじみかけたとき、わたしの背筋に、ゾッとしたものを感じる。
学校中に、強力なエネルギーが集まってきている気配がするのだ。
そして、ようやくわたしは思い出す。
この祝祭が、『星』の自然エネルギーを消費するために行われているものなんだってこと。
『星』に器もない状態でエネルギーを返したってことは、とうぜんエネルギーはあふれるってことで。
「まさか、アステルのエネルギーは何パーセントか『星』に返っちゃってる……? いま、エネルギーがダダもれ状態なんじゃ」
燐くんは、もとにもどったばかりで、きょとんとしている。
でも、ゆっくりとしている暇はないみたいだ。
校舎は大きく振動し、壁にはひびが入りかけている。
「陽菜。いったい、何があったの……?」
「燐くんを助けたくて、アステルのエネルギーを『星』に返そうとして、失敗した……みたい」
「な、なんでそんなことに……大丈夫なの」
「だってっ! ぜったい助けるって、決めたから」
燐くんを守りたくて、強くなった。
星成術を覚えた。
でも、けっきょくわたしは燐くんを守れなくて、時任先輩に奪われかけて――。
「だから……」
わたしは、涙声になっていた。
ふわりと、わたしのからだが引き寄せられた。
気づけば、燐くんの優しい腕のなかに、閉じこめられていた。
「陽菜。きみがいるなら、ぼくはそれでいい。それだけで、いい」
強く、抱きしめてくれる燐くんのからだを、わたしも強く抱きしめ返した。
燐くんから、アステルの導力を感じる。
まだ燐くんは、アステルのままなんだ……。
「燐くんのちから……貸してほしい」
「もちろん。ぼくの、アステルのちからでよければ」
学校は今にも崩れそうなほどの強さで、揺れていた。
わたしは、星成石を剣にして、胸元でかまえる。
真正面に立った燐くんが、そっと目を閉じた。
ゆっくりと、わたしは呪文を唱える。
たまった自然エネルギーのせいで、アステルは暴走しかけているんだ。
ならその、よぶんなエネルギーを放出させれば、『星』は落ち着いてくれるはず。
「アステルよ――我が青き導力の光に応えよ。星の輝きよりも激しく、強き光で我を照らしだせ」
燐くんのからだから、黄金色の光があふれ出す。
その光は、わたしの青い導力と混じりあい、くるくると渦を巻く。
青と黄金の光は、秋空のさわやかな空をたたえるように、学校中に満ちていく。
「陽菜。あれ見て……!」
燐くんが、指さしたほうを見る。
学校中に集まっていた、強力な自然エネルギーが、ひとつの光の玉となって、校庭の上空に浮かんでいた。
光の玉は、まるでくす玉のように、パーンッと盛大に弾けた。
きらきらと、光の粒が、校庭に降り注いでいく。
それは、あのとき神社で見た、金色の雨のようにきれいで、わたしは泣きそうになってしまう。
「まるで、星みたいにきらきら光ってる」
「今日は、星見祭だから」
「柚希がいってたっけ――たしか、『ふたりっきりで星見をしたペアには、星からの祝福がある』んだよね」
「陽菜」
燐くんが、わたしの手を取って、にっこりと笑う。
「――行こう」
校庭に降る、金色の雨をふたりで見に行く。
あのときの、小さいころのわたしたちと同じ気持ちで、わたしは燐くんの手を握り返した。
■
『星』のせいで、崩壊寸前までいっていた宝井中学校は、気づいたらきれいさっぱり、もと通りになっていた。
目を覚ました時任先輩が、状況を察して、直してくれたらしい。
眠っていた学校のみんなも、何事もなかったかのように、日常にもどってくれていた。
そして、数日後。
学校の昼休み、セルヴァン会長に屋上に呼び出された。
あらたまって何だろうと思っていると、セルヴァン会長は、へらっと笑っていった。
「歌仙くんのポルヴェレ・ディ・ステッレになったと財団にいったら、会長の任をおろされてしまいました」
「はい?」
ポカンとしたまま、わたしは思ったことを質問する。
「ポ、ポルヴェレ・ディ・ステッレ――って、あのとき契約した身代わりのことですよね?」
「そうです、そうです」
焦るわたしとは反対に、セルヴァン会長は、なんでもないことのように、飄々としている。
「ちょっと、待ってください。会長じゃなくなったんですか? だって、契約したってもとの姿にちゃんと戻れるし、問題ないじゃないですか」
「ポルヴェレ・ディ・ステッレ……つまり、『星屑』は契約すれば、星成士のいいつけはすべて絶対、いわば飼い犬のようなものですからね。財団の会長が、星屑になったとあれば、そりゃあ組織の恥さらしですよ」
なんで、セルヴァン会長がそんなに平然としているのか、わたしにはわからない。
「い、いいんですか? これまで、アステル星成士財団は、セルヴァン会長がずっと守ってきたんでしょ?」
「ぜーんぜん。むしろ、嬉しいですよ。やっとこうして、外に出られたんですから!」
屋上の空気を全部吸いこむかのように伸びをする、セルヴァン会長。
そうか。
会長はずっと財団にいて、外の世界にあこがれていたんだ。
この学校にむりやり入ったときも、そういっていた。
「それじゃあ、おめでとう……なんですかね?」
「それですよ、歌仙くん。その言葉が、正解です」
嬉しそうにいうセルヴァン会長が、わたしの頬に手を伸ばした。
「あなたの武器となって戦えたときのこと、とても鮮明に思い出せます。どうか、またぼくを使って。あなたの武器として」
「そっか」
校庭で、自然エネルギーが発散された瞬間、エネルギーは燐くんのなかにすべてもどってしまった。
つまり、ぜんぶ元通り。
アステルのまだ、奪われていないし、アステル百年祝祭は続いていく。
「歌仙くん――聞かせて……あなたは永遠にアステルを守り抜く覚悟が、ありますか?」
「はい」
風が吹いた。
冷たい、けれど優しい風だ。
それがわたしの心を、奮い立たせる。
どんな風が吹こうとも、わたしは輝ける。
燐くんとずっと、金色の雨を見ていたいから。
■
下校中、燐くんが少し、顔を赤らめながらたずねてきた。
「陽菜、寄り道しない?」
「いいよ。どこに?」
「宝井神社。こっちに帰ってきてから、まだ行けてない。いろいろ、あったから」
そっか。
燐くんが帰ってきたとたんに祝祭がはじまっちゃったもんね。
これからも、祝祭は続いていく。
でも、前よりは気持ちが晴れやかなんだ。
燐くんが、隣にいてくれるから……なのかな。
「陽菜。どうしたの、ボーっとして。行くの、行かないの」
「い、行くよ! 行く行く」
「ふふ。あいかわらず、どんくさい反応」
「もー!」
神社に着けば、きれいな紅葉が空の天井に広がった。
黄金の天井。
銀杏の木から、ぶわりと広がる、黄金色の世界。
すでに、はらはらとイチョウの葉が境内を舞って、地面を金色に染めている。
本殿の前は、すでに金色の絨毯でうめつくされている。
「……覚えてる?」
燐くんが一枚のイチョウの葉をひろいながら、わたしを見つめた。
「あのとき、きみがぼくにいったこと?」
「あのときって?」
「幼稚園のとき、この神社で、ふたりで金色の雨を降らせた。あのとき、きみがぼくにいった言葉」
あの日のできごとは、よく覚えてる。
でも、帰り道の事故のことが、とくに記憶に鮮明で、神社でわたしが燐くんに何をいったのか、ぜんぜん思い出せない。
「ごめん。覚えてないかも……」
「だよね。そうかなって思ってた」
「そ、そうなの?」
「だってきみ、ちっとも――そんな素振り見せないし」
「そんな素振りって?」
「……はあ。いわない」
ふてくされたようにいう、燐くん。
わたしは、信じられないと身を乗り出す。
「ええっ。こんだけいっておいて?」
「いうわけないでしょ。何にも覚えてない人に」
「そんなあ。すっごく気になるよ!」
「だーめ。陽菜が思い出せたら、教えるよ。答え合わせしてあげる」
「ええ~。自信ないなあ」
「がんばって」
困り果てているわたしを観察するように見てから、燐くんは楽しそうに、にっこりと笑った。
「ねえ。『星』が降らせた雨なんかで、満足してないよね?」
「え?」
燐くんがその場にしゃがみこんで、きれいなイチョウの葉を集めはじめた。
「ちゃんと、ぼくたちふたりで、降らせようよ。金色の雨」
「――うん!」
数分後、宝井神社に六年ぶりに、雨が降った。
わたしと燐くんが降らせた、秋限定の雨。
きらきらした黄金色の雨は、わたしたちに降り注いだ。
何度も何度も、まるで永遠に続く、祝福みたいに。
おわり
セルヴァン会長は、苦しそうに、顔を歪めてた。
「わたし……燐くんを守れなかった、だめだめ星成士です」
あのときの、情けない気持ちが込みあげてきて、わたしの目に涙が浮かぶ。
「せっかくセルヴァン会長に、修行つけてもらったのに……燐くんを守れなくて……燐くんに、ごめんねすらいえなくて……」
「歌仙くん」
わたしの両肩を掴み、セルヴァン会長は訴えてきた。
「財団のために、あなたに修行をつけていたのは事実です。でも、ぼくはもうすでに、あなたが思うよりもずっと、あなたのことを大切に思っています。あなたを失いたくない。だから、ぼくを利用してください」
わたしは驚いて、息を飲んだまま、返す言葉をなくしてしまう。
かまわず、セルヴァン会長は続けた。
「ぼくと――契約をしましょう」
「え」
「アステルを救うんでしょう?」
セルヴァン会長が、わたしの手に自分の手を、そっと重ねた。
「歌仙くん。あなたは……ぼくとはじめて対等に会話をしてくれた、唯一の存在です。ぼく、本当に嬉しかったんですよ。だからこそ、決意を果たしてほしいと願ってしまった……」
セルヴァン会長はそういって、わたしの手を握ってくれる。
手に、再び力がこもる。
わたしは同時に、心の底から湧きあがってくる願いを口にした。
「わたしの決意を果たすために、セルヴァン=ズヴィズダー。あなたの心をください」
「――もちろん」
セルヴァン会長のすがたが、銀杏色の星成石となる。
わたしは、自分の青い導力を銀杏色の星成石に流しこんだ。
星成石に青と、銀杏色が入り混じり、石のなかで渦を描く。
二色は複雑な光となってあたりを包みこみ、石はそのかたちを変えはじめた。
青と銀杏色の二色が混じった剣が、わたしの目の前に、きらきらと浮かびあがった。
するどい風が吹きつける。
わたしは結界を飛び出し、剣をかまえた。
ガキン! と、するどいもの同士がぶつかる音。
暴走する時任先輩の杖が、わたしに向かって振りおろされ、わたしはそれを間一髪で受け止める。
「杖で攻撃しないでください!」
「これが遠距離武器だと、オレの辞書には書いていない」
「先輩……わたし、わかっちゃったんです。セルヴァン会長がいないから、はっきり聞きます」
わたしは、時任先輩をキッと見すえる。
時任先輩は、ふしぎそうに目を丸くした。
「あなたの野望は……アステル星成士財団をもっとよりよいものにしようとすることですよね?」
「……なんだと」
時任先輩は、眉間に深いシワを寄せた。
「あなたは、わたしより強い。あなたはいつだって、わたしから燐くんを奪えたはずです。なのに、そうしなかった。どうしてですか?」
「……さあな」
「あなたは、セルヴァン会長がアステル百年祝祭を、終わらせようとしていることに気づいた。でも、あなたにとっては不都合だった。財団では、弱い星成士はバカにされてしまう。昔から、それがあたりまえの環境なんですね……?」
時任先輩の杖を握る力が、わずかに弱まる。
「財団を自分のものにすれば、弱いと笑われる星成士たちを救える。そう思ったんですよね」
「おまえには、関係のない話だ」
「でも、こんな方法、力技すぎです!」
「オレの野望は本気だ。お前の決意なんかよりも」
それに、わたしはムッとする。
「わたしの決意だって、本気です!」
わたしたちは、同時に導力を持っている武器に注ぎこんだ。
杖が、剣が、複雑な光を放ち、輝き出す。
武器を振りあげると、青と銀杏色の光が、きらきらとした光の粒となって、戦いの場を彩った。
時任先輩の攻撃が、わたしの鼻先に届きそうになったとき。
黄金色の導力が、わたしの剣に注ぎこまれた。
青と銀杏色と、黄金色の光が、洪水のようにあたりを満たす。
あたたかな風が、わたしの頬を撫でた。
気づいたら、時任先輩が廊下で倒れている。
わたしはハアハアと肩で息をしながら、ポケットに手を突っこんだ。
「燐くん……。お願い、もとに戻って……!」
グッと、両手に力をこめる。
頭のなかに浮かんだ呪文を、わたしは心をこめて唱えた。
わたしは、アステルを天にかざし、呪文を唱えた。
「星よ、星よ、星よ――尊きアステルの導きを、そちらへお返ししま……」
呪文が途中で途切れてしまう。
ポケットのアステルが、すごく熱くなってる。
戸惑いながら取り出すと、強烈な黄金色の光を放ち、ゆらゆらと大きなかたちをなしていく。
やがて、光から生まれるように、わたしの腕の中にあたたかな温度が返ってきた。
「り、燐くん……!」
「陽菜?」
「も、もとにもどった……! 呪文は失敗したのに」
じんわりと目に涙がにじみかけたとき、わたしの背筋に、ゾッとしたものを感じる。
学校中に、強力なエネルギーが集まってきている気配がするのだ。
そして、ようやくわたしは思い出す。
この祝祭が、『星』の自然エネルギーを消費するために行われているものなんだってこと。
『星』に器もない状態でエネルギーを返したってことは、とうぜんエネルギーはあふれるってことで。
「まさか、アステルのエネルギーは何パーセントか『星』に返っちゃってる……? いま、エネルギーがダダもれ状態なんじゃ」
燐くんは、もとにもどったばかりで、きょとんとしている。
でも、ゆっくりとしている暇はないみたいだ。
校舎は大きく振動し、壁にはひびが入りかけている。
「陽菜。いったい、何があったの……?」
「燐くんを助けたくて、アステルのエネルギーを『星』に返そうとして、失敗した……みたい」
「な、なんでそんなことに……大丈夫なの」
「だってっ! ぜったい助けるって、決めたから」
燐くんを守りたくて、強くなった。
星成術を覚えた。
でも、けっきょくわたしは燐くんを守れなくて、時任先輩に奪われかけて――。
「だから……」
わたしは、涙声になっていた。
ふわりと、わたしのからだが引き寄せられた。
気づけば、燐くんの優しい腕のなかに、閉じこめられていた。
「陽菜。きみがいるなら、ぼくはそれでいい。それだけで、いい」
強く、抱きしめてくれる燐くんのからだを、わたしも強く抱きしめ返した。
燐くんから、アステルの導力を感じる。
まだ燐くんは、アステルのままなんだ……。
「燐くんのちから……貸してほしい」
「もちろん。ぼくの、アステルのちからでよければ」
学校は今にも崩れそうなほどの強さで、揺れていた。
わたしは、星成石を剣にして、胸元でかまえる。
真正面に立った燐くんが、そっと目を閉じた。
ゆっくりと、わたしは呪文を唱える。
たまった自然エネルギーのせいで、アステルは暴走しかけているんだ。
ならその、よぶんなエネルギーを放出させれば、『星』は落ち着いてくれるはず。
「アステルよ――我が青き導力の光に応えよ。星の輝きよりも激しく、強き光で我を照らしだせ」
燐くんのからだから、黄金色の光があふれ出す。
その光は、わたしの青い導力と混じりあい、くるくると渦を巻く。
青と黄金の光は、秋空のさわやかな空をたたえるように、学校中に満ちていく。
「陽菜。あれ見て……!」
燐くんが、指さしたほうを見る。
学校中に集まっていた、強力な自然エネルギーが、ひとつの光の玉となって、校庭の上空に浮かんでいた。
光の玉は、まるでくす玉のように、パーンッと盛大に弾けた。
きらきらと、光の粒が、校庭に降り注いでいく。
それは、あのとき神社で見た、金色の雨のようにきれいで、わたしは泣きそうになってしまう。
「まるで、星みたいにきらきら光ってる」
「今日は、星見祭だから」
「柚希がいってたっけ――たしか、『ふたりっきりで星見をしたペアには、星からの祝福がある』んだよね」
「陽菜」
燐くんが、わたしの手を取って、にっこりと笑う。
「――行こう」
校庭に降る、金色の雨をふたりで見に行く。
あのときの、小さいころのわたしたちと同じ気持ちで、わたしは燐くんの手を握り返した。
■
『星』のせいで、崩壊寸前までいっていた宝井中学校は、気づいたらきれいさっぱり、もと通りになっていた。
目を覚ました時任先輩が、状況を察して、直してくれたらしい。
眠っていた学校のみんなも、何事もなかったかのように、日常にもどってくれていた。
そして、数日後。
学校の昼休み、セルヴァン会長に屋上に呼び出された。
あらたまって何だろうと思っていると、セルヴァン会長は、へらっと笑っていった。
「歌仙くんのポルヴェレ・ディ・ステッレになったと財団にいったら、会長の任をおろされてしまいました」
「はい?」
ポカンとしたまま、わたしは思ったことを質問する。
「ポ、ポルヴェレ・ディ・ステッレ――って、あのとき契約した身代わりのことですよね?」
「そうです、そうです」
焦るわたしとは反対に、セルヴァン会長は、なんでもないことのように、飄々としている。
「ちょっと、待ってください。会長じゃなくなったんですか? だって、契約したってもとの姿にちゃんと戻れるし、問題ないじゃないですか」
「ポルヴェレ・ディ・ステッレ……つまり、『星屑』は契約すれば、星成士のいいつけはすべて絶対、いわば飼い犬のようなものですからね。財団の会長が、星屑になったとあれば、そりゃあ組織の恥さらしですよ」
なんで、セルヴァン会長がそんなに平然としているのか、わたしにはわからない。
「い、いいんですか? これまで、アステル星成士財団は、セルヴァン会長がずっと守ってきたんでしょ?」
「ぜーんぜん。むしろ、嬉しいですよ。やっとこうして、外に出られたんですから!」
屋上の空気を全部吸いこむかのように伸びをする、セルヴァン会長。
そうか。
会長はずっと財団にいて、外の世界にあこがれていたんだ。
この学校にむりやり入ったときも、そういっていた。
「それじゃあ、おめでとう……なんですかね?」
「それですよ、歌仙くん。その言葉が、正解です」
嬉しそうにいうセルヴァン会長が、わたしの頬に手を伸ばした。
「あなたの武器となって戦えたときのこと、とても鮮明に思い出せます。どうか、またぼくを使って。あなたの武器として」
「そっか」
校庭で、自然エネルギーが発散された瞬間、エネルギーは燐くんのなかにすべてもどってしまった。
つまり、ぜんぶ元通り。
アステルのまだ、奪われていないし、アステル百年祝祭は続いていく。
「歌仙くん――聞かせて……あなたは永遠にアステルを守り抜く覚悟が、ありますか?」
「はい」
風が吹いた。
冷たい、けれど優しい風だ。
それがわたしの心を、奮い立たせる。
どんな風が吹こうとも、わたしは輝ける。
燐くんとずっと、金色の雨を見ていたいから。
■
下校中、燐くんが少し、顔を赤らめながらたずねてきた。
「陽菜、寄り道しない?」
「いいよ。どこに?」
「宝井神社。こっちに帰ってきてから、まだ行けてない。いろいろ、あったから」
そっか。
燐くんが帰ってきたとたんに祝祭がはじまっちゃったもんね。
これからも、祝祭は続いていく。
でも、前よりは気持ちが晴れやかなんだ。
燐くんが、隣にいてくれるから……なのかな。
「陽菜。どうしたの、ボーっとして。行くの、行かないの」
「い、行くよ! 行く行く」
「ふふ。あいかわらず、どんくさい反応」
「もー!」
神社に着けば、きれいな紅葉が空の天井に広がった。
黄金の天井。
銀杏の木から、ぶわりと広がる、黄金色の世界。
すでに、はらはらとイチョウの葉が境内を舞って、地面を金色に染めている。
本殿の前は、すでに金色の絨毯でうめつくされている。
「……覚えてる?」
燐くんが一枚のイチョウの葉をひろいながら、わたしを見つめた。
「あのとき、きみがぼくにいったこと?」
「あのときって?」
「幼稚園のとき、この神社で、ふたりで金色の雨を降らせた。あのとき、きみがぼくにいった言葉」
あの日のできごとは、よく覚えてる。
でも、帰り道の事故のことが、とくに記憶に鮮明で、神社でわたしが燐くんに何をいったのか、ぜんぜん思い出せない。
「ごめん。覚えてないかも……」
「だよね。そうかなって思ってた」
「そ、そうなの?」
「だってきみ、ちっとも――そんな素振り見せないし」
「そんな素振りって?」
「……はあ。いわない」
ふてくされたようにいう、燐くん。
わたしは、信じられないと身を乗り出す。
「ええっ。こんだけいっておいて?」
「いうわけないでしょ。何にも覚えてない人に」
「そんなあ。すっごく気になるよ!」
「だーめ。陽菜が思い出せたら、教えるよ。答え合わせしてあげる」
「ええ~。自信ないなあ」
「がんばって」
困り果てているわたしを観察するように見てから、燐くんは楽しそうに、にっこりと笑った。
「ねえ。『星』が降らせた雨なんかで、満足してないよね?」
「え?」
燐くんがその場にしゃがみこんで、きれいなイチョウの葉を集めはじめた。
「ちゃんと、ぼくたちふたりで、降らせようよ。金色の雨」
「――うん!」
数分後、宝井神社に六年ぶりに、雨が降った。
わたしと燐くんが降らせた、秋限定の雨。
きらきらした黄金色の雨は、わたしたちに降り注いだ。
何度も何度も、まるで永遠に続く、祝福みたいに。
おわり



