自分のクラスに戻ると、柚希のかわりに燐くんが座っていた。
「あれ、柚希は?」
「退屈そうにしてたから、変わった。お客さんも、まったく来ないみたいだし」
「そうなんだ。申し訳ないことしちゃったな」
「陽菜は、どこに行ってたの」
燐くんが、探るような目でわたしを見つめてくる。
別に隠すことじゃないとは思うんだけど。
竜胆先輩がいっしょに回ってきたなんていったら、祝祭に巻きこまれてる燐くんは、いやな気持ちになるよね。
「……えーと」
「ごまかさなくていいよ。夏野に聞いたから」
「えっ」
「竜胆って人と、出し物回ってきたんでしょ」
「う、うん……」
「竜胆ってさ、あの人でしょ? ぼくの意識を奪った、星成士」
機嫌がわるそうに、燐くんは頬杖をついた。
わたしはあわてて、早口になりながら、いいわけしだしてしまう。
「ご、ごめん! でも、いまはそんなにわるい人でもなくなってたから、つい!」
「……はあ。わかってるよ。べつに、責めてるわけじゃない」
燐くんは、静かにため息をついて、複雑そうにまつ毛を伏せた。
「でもさ、ぼくを襲った人といっしょにまわって……きみは楽しいって思ったってことだよね?」
「え?」
燐くんがイスから立ちあがり、こっちに手を伸ばしてくる。
悲しそうに表情を曇らせながら、燐くんの手が、わたしのリボンタイに触れた。
「……きみに、ぼくだけを見ていてほしい。どうすれば、そんなことができるんだろう」
戦いでボロボロになっている、わたしのリボンタイを愛おしそうに、そっと撫でてくれる。
そのまま、わたしの頬に触れようと伸びてきた手は、すぐに離れていってしまった。
「ごめん。そんな、困ったような顔、しないでよ」
「だって、燐くん。泣きそうな顔してる」
「そっか。……これ以上、陽菜に迷惑かけたくない。ちょっと頭、冷やしてくる」
それだけいうと、燐くんはふらりと、どこかへ行こうと歩き出してしまう。
わたしは慌てて、燐くんの手を掴んだ。
「い、行かないで」
「……どうして?」
「あ、あぶないよ」
「……ぼくは、陽菜に守られるのが、辛いんだ」
「え……」
ズキン、と胸が痛んだ。
わたしは燐くんのことを守りたいと思ってるのに、燐くんはそれが迷惑なんだ。
やっぱりわたし、ひとりで突っ走ってたのかな……。
じわっと、視界がゆがむ。
燐くんが苦しそうに、わたしの顔をのぞきこんできた。
「陽菜。何か、勘違いしてない? ぼくは……ぼくのせいで、陽菜がケガをするのが――」
「スーパーボールすくいは、ここか?」
あたりに、赤い霧が立ちこめはじめる。
時任先輩の、魔霧だ。
アステル百年祝祭は、この星見祭でも行われるらしい。
クラスの男子たちも、周りにいたお客さんも、次々と眠りにつきはじめた。
あの気配を感じて、振り返ると、時任先輩がわたしと燐くんを、優雅に見下ろしていた。
時任先輩がわたしの目元を見て、スッと目を細めた。
「――泣いていたのか?」
燐くんがわたしをかばうように、自分の後ろに追いやり、時任先輩を睨みつけた。
「あんた、スーパーボールをすくいに来たの」
「いや? オレが取りに来たのは、ただの丸い玉じゃないな」
時任先輩の長い指先が、燐くんの首に伸びる。
ブツッ、という音がした。
燐くんのネックレスが切れ、床に落ちる。
「……なっ」
燐くんの顔が青ざめる。
時任先輩が、長い腕でネックレスを拾う。
大きな手のなかで、青い石がキラリと光る。
「これがなくなれば、歌仙陽菜の加護は、おまえからなくなるんだろう?」
わたしは、素早くポケットに手を突っこみ、星成石を握る。
もどかしい――早く動け、わたしのからだ!
しかし、わたしが星成石に導力を注ぐ前に、時任先輩の指先に力がこもる。
――パキン、と石の割れる音がした。
わたしが燐くんに贈った星成石が、こなごなに砕け散っていくのが、スローモーションのように流れていく。
燐くんの琥珀色の瞳が、もの悲しげにふっと、わたしへと向けられた。
「陽菜……」
「り、燐くんッ! 逃げて――!」
とたん、燐くんのからだが、ちからなく倒れていく。
時任先輩が、燐くんのからだを受け止め、不敵に笑んだ。
星成石を壊され、わたしの結界がなくなったことで、時任先輩にかんぜんに意識を奪われてしまったんだ。
させない、とわたしは、星成石を取り出し、結界を張りなおそうとした。
けれど、それは誰かの手によって止められてしまう。
苛立たし気に振り返ると、そこには可児先生がいた。
抵抗しても、先生の腕は、まるで固定されているかのように、ビクともしない。
可児先生は何もいわずに、ただ時任先輩の行動を見守っているようだった。
「手こずったが、ようやくこの時が来た」
時任先輩の大きな手が、燐くんの胸元に添えられる。
そして、おごそかに呪文を唱えはじめた。
「星よ、星よ、星よ――我が赤き導力の手に堕ちよ。尊きアステルの導きを此処に、燦然たる輝きを見せよ――」
オペラ歌手のように唱えられる呪文とともに、燐くんのすがたが光に包まれる。
ぷかぷかと浮かぶ『黄金の光そのもの』が、そこに生まれていた。
そして、燐くんのすがたは、どこにもなくなってしまった。
セルヴァン会長が、力なくつぶやく。
「アステルが呼び出された……今回の祝祭は、ここまでか……」
「燐くん――! セルヴァン会長、燐くんが……」
「『星の器』としての使命は果たされてしまった――ようですね」
セルヴァン会長が、手で額を抑えている。
心臓が、バクバクと鳴りやまない。
「そんな……燐くん、燐くんが……わたし、燐くんを守れなかった……」
アステルが、小さな太陽のように、きらきらとあたりを照らす。
可児先生が、うっとりと息を漏らした。
「あれが、アステル――! ついに、出た! やっと、お目にかかれた!」
時任先輩が、アステルを取ろうと、手を伸ばした。
とたん一瞬にして、黄金に輝くアステルは、あとかたもなく消えてなくなってしまった。
わたしも、時任先輩も、驚いて目を白黒させる。
「なっ……? 何が起こった」
低くうなる時任先輩に、わたしはハッとして後ろを振り返った。
そこには、小さなガラスのケースを手に、うっとりとそれを眺めている可児先生がいた。
ガラスケースのなかには、黄金色のアステルが、窮屈そうにしまわれている。
時任先輩が、叫んだ。
「可児……? 裏切るのか」
時任先輩の言葉に、可児先生は顔を真っ赤にして、鬼のような表情になる。
「わたしは――あなたたちが気づく前から、アステルはこの宝井中学校から生まれることに気づいていた。だから、この学校に潜入し、ずっとアステルのことを調べてきた! すべては、わたしがアステルを手に入れ、全知全能の星成士になり、わたしを否定した親を見返すため!」
「フッ……こいつも、オレと同じ野望に飲まれた人間だったことを忘れていた」
時任先輩は、あざ笑うように鼻を鳴らした。
「理由はけっこうだ。オレと同じ舞台に立つにふさわしい、みにくい動機だ。だが、そのアステルはオレのものだ。さっさと返せ」
「渡さない。これはもう、わたしのもの! わたしが、アステルをもらう! そうすれば、お父さんもお母さんもきっと――!」
可児先生の周りに、黄金の光とともに、強い風が吹きはじめる。
アステルが、ガラスケースのなかでブルブル震えている。
可児先生は、必死でそれを抑えつけた。
「な、なんなの? このケースには、導力をおさえつける強い結界をほどこしてあるのに」
「――ふつうの星成士が作った結界なんかで、アステルを封じこめておけるわけがないでしょう」
セルヴァン会長が、やれやれと両手をあげた。
すると、可児先生は片方の手で、きれいなロングヘアをぐしゃぐしゃにした。
「ふ、ふつうっていうなッ……。わたしは、誰よりも努力して、財団に入った! なのに、お父さんもお母さんも、褒めてくれなかった。こんなに、がんばったのに」
「他人のためにがんばっているのなら、おまえの努力は今後も長続きしないな」
時任先輩が、赤い斧を生成した。
そして、目にも止まらぬ速さで可児先生へと距離を詰め、持っていたガラスケースを赤い斧で弾く。
ガラスケースは、廊下に落ち、ガシャンと割れる。
アステルが、黄金色の光をきらきらと散らしながら、廊下を滑っていく。
そして、時任先輩と、わたしのちょうど真ん中で、アステルは止まった。
わたしと、先輩のあいだに、重い緊張が走った。
「――歌仙陽菜」
「……な、なに?」
急に話しかけられ、わたしはうろたえた。
「なぜ、『星の器』は人間が選ばれるのだと思う?」
「……し、知らない」
「答えないのか? なら、オレが代わりに答えよう。人の心こそ、この世でいちばん強い、星成石となるからだ」
とたん、赤い光が、あたりを照らし出す。
そして、時任先輩の赤い光が、可児先生を包みこむ。
「あなた――わたしを『星屑』にするつもり?」
可児先生が、力なく笑う。
「オレは、おまえの心をもらうだけだ。オレの野望を果たすために」
可児先生のすがたが、薄桜色の星成石となる。
それを手に取った時任先輩は、自分の赤い導力を薄桜色の星成石に流しこんだ。
とたん、星成石は赤と、薄桜色が入り混じり、石のなかで渦を描く。
赤と薄桜色の複雑な光を放ち、石はそのかたちを変えはじめた。
「ほう、杖か。星成士としては、ぴったりの武器だな」
薄桜色の杖を手に、満足そうに微笑んだ。
「可児先生が、星成石に……!」
セルヴァン会長が、緊張気味に説明してくれる。
「あれは、遠い昔に作られた古代星成術です。星成士の心を導力の結晶とし、強力な武器とする、昔の戦い方です」
「か、可児先生はどうなるの?」
「シュテルンを覚えていますか? 召喚され、彼の代わりに戦うものとなる、あれと同じ契約がなされます。戦いに負けたとしても、星成士の導力で、また召喚されます」
「じゃあ、あのときのシュテルンも、消えちゃったわけじゃないんだ」
「ええ」
さっきの、星成石のなかにできた渦、わたしが前に竜胆先輩と戦ったときにできた、星成石の現象と似てる。
あのときたしかに、とても強い導力を感じたんだよね。
わたしの青い導力と、黄金色の導力が混じっていた。
――あのときの黄金色の導力って、いったいどこから……。
「時任出流」
セルヴァン会長の重苦しい声に、時任先輩が顔をあげた。
「時任家は、もうおわりですよ。可児先生――いいえ、可児由紀が長年、時任家に財団の情報を横流ししていた証拠はすでに掴んでいます。昨日時点で、アステル星成士財団からは追放されました。追って、時任家にも知らせがいくでしょう。『二度と、財団の敷居をまたぐな』という通達がね」
「ならば、セルヴァン=ズヴィズダー。おまえにも聞くが……」
時任先輩は、少しもうろたえていない。
むしろ、不敵にくちびるを吊り上げ、笑ってみせた。
「おまえが歌仙陽菜を星成士になるための手助けをし、財団のために利用しようとしてたことは、問題じゃないというのか?」
「……財団の意思は、『星』の意思です。いち星成士が、意見できるようなことではありません」
「フン。財団も堕ちたものだ」
セルヴァン会長が、時任先輩を冷たい目で射抜いた。
「だったら、オレはおまえを倒し、財団を乗っ取ろう」
「あなたは……自分が何をいっているのか、わかっているのですか?」
「『星』には今よりももっと、アステルを作ってもらわなくてはならない」
「そんなことをしたら、この星の自然エネルギーのバランスが崩れてしまいます」
「オレの知ったことじゃない」
時任先輩が、杖を横に振ると、薄桜色の衝撃波が、廊下に吹き荒れた。
わたしはあわてて、セルヴァン会長の腕を引きこみ、結界を張る。
でも、そこからどうすればいいのか、考えられない。
燐くんが消えてしまってから、わたしの頭のなかは、真っ白だ。
青い結界のなかで、セルヴァン会長が静かにいった。
「勝つ方法はひとつしか、ありません。歌仙くん、あなたも気づいているんでしょう」
「せ、セルヴァン会長……」
セルヴァン会長は、意思のかたまった瞳で、わたしを見つめた。
会長は、自分を星成石の武器にして、戦えっていってるんだ。
「あなたも、やりかたは知っているでしょう。竜胆くんとの戦いで、一度使っているはずです」
「でも……あのときは、なぜか黄金色の導力が流れてきて、たまたまあの渦ができただけで」
「あれは、『アステル』の導力ですよ」
「――え?」
「つまり、佐々波くんの導力です」
あのとき、意識を乗っ取られていた燐くん。
それなのに――わたしを助けようとしてくれたってこと……?
砕けたガラスケースの上で、アステルが、黄金色の光を放ち続けている。
「燐くん……」
いまだに、拾いあげにいくチャンスをつかめない。
時任先輩のスキを突く機会が、おとずれない――!
風がごうごうと吹き荒れ、わたしは体力的にも限界を迎えていた。
それを振り払うように、わたしは結界を出て、叫んだ。
「――わたしは、燐くんを助ける! どんな方法を使ってでも!」
わたしは、燐くん――アステルへと手を伸ばす。
とたん、時任先輩の杖の先が、まばゆい輝きを放つ。
「歌仙陽菜。オレの野望のために、おまえを倒す――!」
杖は、強烈な風の渦を作り出し、学校を大きく揺らした。
わたしは、あまりの衝撃に、廊下に倒れこんだ。
時任先輩の強烈な風に、学校の窓が次々に割れ、教室の机やイスが吹っ飛んでいく。
学校が、どんどんめちゃくちゃになっていく。
そのとき、時任先輩が放った風の渦が、わたしに向かって飛んでくる。
アステルを拾うことに必死になっていたわたしは、判断が遅れてしまった。
やばいっ――!
セルヴァン会長が飛び出してきて、小さな結界を張り、攻撃を防いでくれた。
「大丈夫ですか?」
「はい。燐くん……アステルも無事、回収できました!」
手のなかの、黄金色の光をセルヴァン会長に見せる。
じんわりと伝わってくる光の温度に、燐くんの体温を思い出し、胸の奥が苦しくなる。
「歌仙くん。このまま防御を続けているだけじゃ、だめです。あなたの導力が尽きてしまう。そうなったら……」
「寿命を使いますよ」
わたしは当然のようにいった。
「あれ、柚希は?」
「退屈そうにしてたから、変わった。お客さんも、まったく来ないみたいだし」
「そうなんだ。申し訳ないことしちゃったな」
「陽菜は、どこに行ってたの」
燐くんが、探るような目でわたしを見つめてくる。
別に隠すことじゃないとは思うんだけど。
竜胆先輩がいっしょに回ってきたなんていったら、祝祭に巻きこまれてる燐くんは、いやな気持ちになるよね。
「……えーと」
「ごまかさなくていいよ。夏野に聞いたから」
「えっ」
「竜胆って人と、出し物回ってきたんでしょ」
「う、うん……」
「竜胆ってさ、あの人でしょ? ぼくの意識を奪った、星成士」
機嫌がわるそうに、燐くんは頬杖をついた。
わたしはあわてて、早口になりながら、いいわけしだしてしまう。
「ご、ごめん! でも、いまはそんなにわるい人でもなくなってたから、つい!」
「……はあ。わかってるよ。べつに、責めてるわけじゃない」
燐くんは、静かにため息をついて、複雑そうにまつ毛を伏せた。
「でもさ、ぼくを襲った人といっしょにまわって……きみは楽しいって思ったってことだよね?」
「え?」
燐くんがイスから立ちあがり、こっちに手を伸ばしてくる。
悲しそうに表情を曇らせながら、燐くんの手が、わたしのリボンタイに触れた。
「……きみに、ぼくだけを見ていてほしい。どうすれば、そんなことができるんだろう」
戦いでボロボロになっている、わたしのリボンタイを愛おしそうに、そっと撫でてくれる。
そのまま、わたしの頬に触れようと伸びてきた手は、すぐに離れていってしまった。
「ごめん。そんな、困ったような顔、しないでよ」
「だって、燐くん。泣きそうな顔してる」
「そっか。……これ以上、陽菜に迷惑かけたくない。ちょっと頭、冷やしてくる」
それだけいうと、燐くんはふらりと、どこかへ行こうと歩き出してしまう。
わたしは慌てて、燐くんの手を掴んだ。
「い、行かないで」
「……どうして?」
「あ、あぶないよ」
「……ぼくは、陽菜に守られるのが、辛いんだ」
「え……」
ズキン、と胸が痛んだ。
わたしは燐くんのことを守りたいと思ってるのに、燐くんはそれが迷惑なんだ。
やっぱりわたし、ひとりで突っ走ってたのかな……。
じわっと、視界がゆがむ。
燐くんが苦しそうに、わたしの顔をのぞきこんできた。
「陽菜。何か、勘違いしてない? ぼくは……ぼくのせいで、陽菜がケガをするのが――」
「スーパーボールすくいは、ここか?」
あたりに、赤い霧が立ちこめはじめる。
時任先輩の、魔霧だ。
アステル百年祝祭は、この星見祭でも行われるらしい。
クラスの男子たちも、周りにいたお客さんも、次々と眠りにつきはじめた。
あの気配を感じて、振り返ると、時任先輩がわたしと燐くんを、優雅に見下ろしていた。
時任先輩がわたしの目元を見て、スッと目を細めた。
「――泣いていたのか?」
燐くんがわたしをかばうように、自分の後ろに追いやり、時任先輩を睨みつけた。
「あんた、スーパーボールをすくいに来たの」
「いや? オレが取りに来たのは、ただの丸い玉じゃないな」
時任先輩の長い指先が、燐くんの首に伸びる。
ブツッ、という音がした。
燐くんのネックレスが切れ、床に落ちる。
「……なっ」
燐くんの顔が青ざめる。
時任先輩が、長い腕でネックレスを拾う。
大きな手のなかで、青い石がキラリと光る。
「これがなくなれば、歌仙陽菜の加護は、おまえからなくなるんだろう?」
わたしは、素早くポケットに手を突っこみ、星成石を握る。
もどかしい――早く動け、わたしのからだ!
しかし、わたしが星成石に導力を注ぐ前に、時任先輩の指先に力がこもる。
――パキン、と石の割れる音がした。
わたしが燐くんに贈った星成石が、こなごなに砕け散っていくのが、スローモーションのように流れていく。
燐くんの琥珀色の瞳が、もの悲しげにふっと、わたしへと向けられた。
「陽菜……」
「り、燐くんッ! 逃げて――!」
とたん、燐くんのからだが、ちからなく倒れていく。
時任先輩が、燐くんのからだを受け止め、不敵に笑んだ。
星成石を壊され、わたしの結界がなくなったことで、時任先輩にかんぜんに意識を奪われてしまったんだ。
させない、とわたしは、星成石を取り出し、結界を張りなおそうとした。
けれど、それは誰かの手によって止められてしまう。
苛立たし気に振り返ると、そこには可児先生がいた。
抵抗しても、先生の腕は、まるで固定されているかのように、ビクともしない。
可児先生は何もいわずに、ただ時任先輩の行動を見守っているようだった。
「手こずったが、ようやくこの時が来た」
時任先輩の大きな手が、燐くんの胸元に添えられる。
そして、おごそかに呪文を唱えはじめた。
「星よ、星よ、星よ――我が赤き導力の手に堕ちよ。尊きアステルの導きを此処に、燦然たる輝きを見せよ――」
オペラ歌手のように唱えられる呪文とともに、燐くんのすがたが光に包まれる。
ぷかぷかと浮かぶ『黄金の光そのもの』が、そこに生まれていた。
そして、燐くんのすがたは、どこにもなくなってしまった。
セルヴァン会長が、力なくつぶやく。
「アステルが呼び出された……今回の祝祭は、ここまでか……」
「燐くん――! セルヴァン会長、燐くんが……」
「『星の器』としての使命は果たされてしまった――ようですね」
セルヴァン会長が、手で額を抑えている。
心臓が、バクバクと鳴りやまない。
「そんな……燐くん、燐くんが……わたし、燐くんを守れなかった……」
アステルが、小さな太陽のように、きらきらとあたりを照らす。
可児先生が、うっとりと息を漏らした。
「あれが、アステル――! ついに、出た! やっと、お目にかかれた!」
時任先輩が、アステルを取ろうと、手を伸ばした。
とたん一瞬にして、黄金に輝くアステルは、あとかたもなく消えてなくなってしまった。
わたしも、時任先輩も、驚いて目を白黒させる。
「なっ……? 何が起こった」
低くうなる時任先輩に、わたしはハッとして後ろを振り返った。
そこには、小さなガラスのケースを手に、うっとりとそれを眺めている可児先生がいた。
ガラスケースのなかには、黄金色のアステルが、窮屈そうにしまわれている。
時任先輩が、叫んだ。
「可児……? 裏切るのか」
時任先輩の言葉に、可児先生は顔を真っ赤にして、鬼のような表情になる。
「わたしは――あなたたちが気づく前から、アステルはこの宝井中学校から生まれることに気づいていた。だから、この学校に潜入し、ずっとアステルのことを調べてきた! すべては、わたしがアステルを手に入れ、全知全能の星成士になり、わたしを否定した親を見返すため!」
「フッ……こいつも、オレと同じ野望に飲まれた人間だったことを忘れていた」
時任先輩は、あざ笑うように鼻を鳴らした。
「理由はけっこうだ。オレと同じ舞台に立つにふさわしい、みにくい動機だ。だが、そのアステルはオレのものだ。さっさと返せ」
「渡さない。これはもう、わたしのもの! わたしが、アステルをもらう! そうすれば、お父さんもお母さんもきっと――!」
可児先生の周りに、黄金の光とともに、強い風が吹きはじめる。
アステルが、ガラスケースのなかでブルブル震えている。
可児先生は、必死でそれを抑えつけた。
「な、なんなの? このケースには、導力をおさえつける強い結界をほどこしてあるのに」
「――ふつうの星成士が作った結界なんかで、アステルを封じこめておけるわけがないでしょう」
セルヴァン会長が、やれやれと両手をあげた。
すると、可児先生は片方の手で、きれいなロングヘアをぐしゃぐしゃにした。
「ふ、ふつうっていうなッ……。わたしは、誰よりも努力して、財団に入った! なのに、お父さんもお母さんも、褒めてくれなかった。こんなに、がんばったのに」
「他人のためにがんばっているのなら、おまえの努力は今後も長続きしないな」
時任先輩が、赤い斧を生成した。
そして、目にも止まらぬ速さで可児先生へと距離を詰め、持っていたガラスケースを赤い斧で弾く。
ガラスケースは、廊下に落ち、ガシャンと割れる。
アステルが、黄金色の光をきらきらと散らしながら、廊下を滑っていく。
そして、時任先輩と、わたしのちょうど真ん中で、アステルは止まった。
わたしと、先輩のあいだに、重い緊張が走った。
「――歌仙陽菜」
「……な、なに?」
急に話しかけられ、わたしはうろたえた。
「なぜ、『星の器』は人間が選ばれるのだと思う?」
「……し、知らない」
「答えないのか? なら、オレが代わりに答えよう。人の心こそ、この世でいちばん強い、星成石となるからだ」
とたん、赤い光が、あたりを照らし出す。
そして、時任先輩の赤い光が、可児先生を包みこむ。
「あなた――わたしを『星屑』にするつもり?」
可児先生が、力なく笑う。
「オレは、おまえの心をもらうだけだ。オレの野望を果たすために」
可児先生のすがたが、薄桜色の星成石となる。
それを手に取った時任先輩は、自分の赤い導力を薄桜色の星成石に流しこんだ。
とたん、星成石は赤と、薄桜色が入り混じり、石のなかで渦を描く。
赤と薄桜色の複雑な光を放ち、石はそのかたちを変えはじめた。
「ほう、杖か。星成士としては、ぴったりの武器だな」
薄桜色の杖を手に、満足そうに微笑んだ。
「可児先生が、星成石に……!」
セルヴァン会長が、緊張気味に説明してくれる。
「あれは、遠い昔に作られた古代星成術です。星成士の心を導力の結晶とし、強力な武器とする、昔の戦い方です」
「か、可児先生はどうなるの?」
「シュテルンを覚えていますか? 召喚され、彼の代わりに戦うものとなる、あれと同じ契約がなされます。戦いに負けたとしても、星成士の導力で、また召喚されます」
「じゃあ、あのときのシュテルンも、消えちゃったわけじゃないんだ」
「ええ」
さっきの、星成石のなかにできた渦、わたしが前に竜胆先輩と戦ったときにできた、星成石の現象と似てる。
あのときたしかに、とても強い導力を感じたんだよね。
わたしの青い導力と、黄金色の導力が混じっていた。
――あのときの黄金色の導力って、いったいどこから……。
「時任出流」
セルヴァン会長の重苦しい声に、時任先輩が顔をあげた。
「時任家は、もうおわりですよ。可児先生――いいえ、可児由紀が長年、時任家に財団の情報を横流ししていた証拠はすでに掴んでいます。昨日時点で、アステル星成士財団からは追放されました。追って、時任家にも知らせがいくでしょう。『二度と、財団の敷居をまたぐな』という通達がね」
「ならば、セルヴァン=ズヴィズダー。おまえにも聞くが……」
時任先輩は、少しもうろたえていない。
むしろ、不敵にくちびるを吊り上げ、笑ってみせた。
「おまえが歌仙陽菜を星成士になるための手助けをし、財団のために利用しようとしてたことは、問題じゃないというのか?」
「……財団の意思は、『星』の意思です。いち星成士が、意見できるようなことではありません」
「フン。財団も堕ちたものだ」
セルヴァン会長が、時任先輩を冷たい目で射抜いた。
「だったら、オレはおまえを倒し、財団を乗っ取ろう」
「あなたは……自分が何をいっているのか、わかっているのですか?」
「『星』には今よりももっと、アステルを作ってもらわなくてはならない」
「そんなことをしたら、この星の自然エネルギーのバランスが崩れてしまいます」
「オレの知ったことじゃない」
時任先輩が、杖を横に振ると、薄桜色の衝撃波が、廊下に吹き荒れた。
わたしはあわてて、セルヴァン会長の腕を引きこみ、結界を張る。
でも、そこからどうすればいいのか、考えられない。
燐くんが消えてしまってから、わたしの頭のなかは、真っ白だ。
青い結界のなかで、セルヴァン会長が静かにいった。
「勝つ方法はひとつしか、ありません。歌仙くん、あなたも気づいているんでしょう」
「せ、セルヴァン会長……」
セルヴァン会長は、意思のかたまった瞳で、わたしを見つめた。
会長は、自分を星成石の武器にして、戦えっていってるんだ。
「あなたも、やりかたは知っているでしょう。竜胆くんとの戦いで、一度使っているはずです」
「でも……あのときは、なぜか黄金色の導力が流れてきて、たまたまあの渦ができただけで」
「あれは、『アステル』の導力ですよ」
「――え?」
「つまり、佐々波くんの導力です」
あのとき、意識を乗っ取られていた燐くん。
それなのに――わたしを助けようとしてくれたってこと……?
砕けたガラスケースの上で、アステルが、黄金色の光を放ち続けている。
「燐くん……」
いまだに、拾いあげにいくチャンスをつかめない。
時任先輩のスキを突く機会が、おとずれない――!
風がごうごうと吹き荒れ、わたしは体力的にも限界を迎えていた。
それを振り払うように、わたしは結界を出て、叫んだ。
「――わたしは、燐くんを助ける! どんな方法を使ってでも!」
わたしは、燐くん――アステルへと手を伸ばす。
とたん、時任先輩の杖の先が、まばゆい輝きを放つ。
「歌仙陽菜。オレの野望のために、おまえを倒す――!」
杖は、強烈な風の渦を作り出し、学校を大きく揺らした。
わたしは、あまりの衝撃に、廊下に倒れこんだ。
時任先輩の強烈な風に、学校の窓が次々に割れ、教室の机やイスが吹っ飛んでいく。
学校が、どんどんめちゃくちゃになっていく。
そのとき、時任先輩が放った風の渦が、わたしに向かって飛んでくる。
アステルを拾うことに必死になっていたわたしは、判断が遅れてしまった。
やばいっ――!
セルヴァン会長が飛び出してきて、小さな結界を張り、攻撃を防いでくれた。
「大丈夫ですか?」
「はい。燐くん……アステルも無事、回収できました!」
手のなかの、黄金色の光をセルヴァン会長に見せる。
じんわりと伝わってくる光の温度に、燐くんの体温を思い出し、胸の奥が苦しくなる。
「歌仙くん。このまま防御を続けているだけじゃ、だめです。あなたの導力が尽きてしまう。そうなったら……」
「寿命を使いますよ」
わたしは当然のようにいった。



