貴方ともう一度、恋の夢を

「おいで、猫ちゃん」


 娘はしゃがみ、手を広げるが、俺は近寄ってもいいのか迷ってしまった。


 あの娘と触れ合ってしまったら、きっと、俺はもう戻れない。


 そんな予感がした。


「あ、そうだ……クッキー、食べれる?」


 娘は懐から甘い匂いのする食べ物を取り出した。


 ああ、まさか、桜子と同じようなことをしてくるなんて。
 あの日のやり直しをさせてもらえるなんて。


 この娘は、そこまで記憶を取り戻したのだろうか。


「猫ちゃん? やっぱり、猫に甘い物はダメなのかな」


 娘は言いながら、クッキーを引いた。


 ダメだ、あの日を繰り返すのだけは、絶対に。
 俺は娘に擦り寄ると、クッキーを齧った。


 すると、娘は柔らかく微笑んだ。


 それが桜子と重なり、目の前にいるのは桜子ではないのに、桜子がそこにいるように錯覚してしまった。


 俺が戸惑っている隙に、娘はそっと、俺の頭を撫でる。


 桜子の冷たい手とは違って、温かい手。
 桜子のように優しいけれど、少しだけ逞しい指先は、桜子のものではない。


 ちょっとした違和感が、妙に残酷に感じた。


 少しずつ娘の手がぎこちなく動くから、俺は視線を上げた。
 娘は、浮かない顔をしている。


「あのね、猫ちゃん。私、今日猫ちゃんの夢を見たの……その夢でね、猫ちゃんが男の人にケガをさせられたんだけど……」


 娘は今一度、しっかりと俺を撫でた。


「元気な猫ちゃんに会えてよかった」


 それは、とても柔らかい声だった。