貴方ともう一度、恋の夢を

「おはよう、黒猫くん」


 再び目を覚ましたときには、俺は猫ではなくなっていた。


 桜子への想いが未練へと変わり、成仏できなかったのだろうと奴は言った。


 奴は緋翠(ひすい)。緋翠は人間の夢を覗いては、悪夢を喰らう妖らしい。


 なぜ俺に目をつけたのか。一度聞いたことがあるが、ただの気まぐれだと笑っていた。


「君に名をあげないとね。瑚羽(こはね)、なにかいい案はないかい?」


 緋翠の傍には、雀の妖がいた。人のような姿のときは、まるで少女のような妖だ。

 瑚羽は心底興味なさそうに俺を見る。


「……夜」
「なるほど。黒猫くんだものね」


 そして俺は、黎夜という名をもらった。
 人間に化けることも教わり、俺は桜子に会いに行った。


「黎夜様」


 桜子に名を呼ばれ、桜子と言葉を交わす。桜子がしゃがむことなく、視線が合わさる。


 猫だったころよりも逢瀬を繰り返し、とてつもなく愛おしい日々が過ぎ去っていった。


 もっと。
 もっと、桜子と過ごしたい。


 そんなささやかな願いすらも、アイツに奪われた。


「ごめんなさい、黎夜様……」


 涙を浮かべる桜子。
 違う。俺が見たいのは、そんな顔じゃない。


「生まれ変わっても、また、君を見つける」


 たとえ桜子の姿ではなくなったとしても、必ず見つけ出す。


 その強い意志が伝わったのか、桜子は瞳をうるわせながら、微笑んだ。


「……ありがとう、黎夜様」


 そして、桜子が水神への生贄として捧げられるとき。


「さようなら」

 雨にかき消されてしまった、桜子の声。
 怯えるのではなく、ただ柔らかく、静かに微笑んだ桜子。


「桜子!」


 俺が名を呼んでも。思いっきり手を伸ばしても。




 もう一生、桜子には届かない。