保健室の曜子先生 笑う猫とオバケの鍵

 曜子先生からオバケの話を聞かされてからというもの、アタシは毎日、保健委員の仕事が終わったあとも学校に残っている。
 曜子先生の案内で、王馬小学校にいるオバケたちを見回りついでに紹介してもらっているのだ。
 まず、やってきたのは一階にある女子トイレ。
 一番奥の個室をノックすると、「はぁ~い……」と返事がして、ギィ……とドアが開く。
 中から出てきたのは、黄色いブラウスに赤いスカートの女の子。
 足は透けていて、どうやら幽霊らしい。
「この子は花子さん。全国のほとんどの小学校で女子トイレにいるオバケね」
「全国って……花子さん、何人くらい日本にいるんですか?」
「全日本花子さん協会があって、小学生で命を終えた女の子の幽霊が全国に派遣されているのよ」
「全日本花子さん協会!?」
 まるで冗談のような話だが、曜子先生の顔は至ってマジメ。
 アタシは笑っていいのか迷った。
「お、オバケにもそういう協会みたいなの、あるんですね……」
 そう返すので精いっぱいだ。
「ちなみに男子トイレには太郎くんがいるけど、こっちは花子さんに比べるとあまり有名ではないわね」
「多分アニメとか映画の影響もあるんだと思います。われわれ全日本花子さん協会の、地道な活動の成果です」
 花子さんはアタシより年下に見えるのにマジメな性格らしい。
「花子さん、『笑う猫』が王馬小学校に入ってきた気配はあった?」
「少なくともトイレには侵入してません。窓を開けたらすぐに気づきますから」
「そう。ありがとう」
 曜子先生とアタシは花子さんに別れを告げて女子トイレを出た。
「トイレの窓からの侵入もなし、玄関は校長先生の銅像が見張っているし、他の侵入できそうな場所にいるオバケたちからも話を聞く限り、あのチェシャ猫はまだ学校の周りをさぐっている状態かしら」
 ちなみに、王馬小学校の玄関前にある校長先生の銅像も、『つくもがみ』っていうオバケがとりついているらしい。
 つくもがみは、生き物じゃない道具とか、長年使われているものに宿るんだって。
 曜子先生は、そういった学校に住んでいるオバケたちに会いに行っては、おしゃべりをして交流しているらしかった。
 ついでに、アタシのこともオバケたちに紹介されて、オバケたちも人間に興味しんしんみたい。
 アタシは最初こわいなと思っていたけど、親切なオバケが多くてだんだん安心したのだ。
 ところで、アタシには気になることがあった。
「曜子先生は、いつから王馬小学校にいるんですか?」
「そうね……」
 曜子先生は思い出すためなのか、空中に視線をさまよわせる。
「私は、千年生きてるキツネのオバケなんだけど……」
「千年!」
 これはまた、とほうもない時間を生きている。
「昔、王馬小学校の近くで車にはねられて、死にかけたことがあったの」
 ……千年生きてても、車には勝てないらしい。
「その当時の校長先生が、私を助けてくれたのよ」
 それ以来、曜子先生は命を救ってくれた校長先生への恩返しとして、学校の保健室に住み着いたそうだ。
 そして、王馬小学校で悪さをするオバケをこらしめて、オバケたちのリーダーになったらしい。
 それで、アタシは気づいたことがあった。
「曜子先生が悪いオバケをこらしめて、学校のどこかに閉じ込めたなら、オバケの鍵も先生が持ってるんですか?」
「こころちゃんはするどいわね」
 どうやら、アタシの考えたことは、いい線いってるらしい。
「ただ、鍵を持ってるかどうかという質問には答えられないわ」
「どうして?」
「チェシャ猫は透明になれるのよ。もし学校に入ってきて、鍵の場所を聞かれたら大変」
 それはそうだ。
 もし、アタシに鍵の隠し場所を教えたら、チェシャ猫のいるところで、うっかり言ってしまうかもしれない。
 アタシは思わず、両手で口をおおった。
 なんだか、自分の口から勝手に言葉が飛び出してしまうような気がしたのだ。
 そんなアタシを見て、曜子先生はクスクスと笑う。
「今日はこのくらいにして、そろそろ帰ったほうがいいわね」
 そして、その日も曜子先生はアタシを家まで送り届けてくれたのだ。
 アタシはその晩、夕ごはんを食べている間も、おふろに入っている間も、ふとんに入っているときも、ずっと『オバケの鍵』について考えていた。
 どんな鍵なんだろう。
 悪いオバケを封印できるほどの鍵。
 きっとすごい力を秘めている、魔法の鍵なんだ。
 その夜、アタシは曜子先生といっしょに『笑う猫』をやっつける夢を見た。
 でも、朝起きたら、すっかり内容を忘れてしまったのだ。

〈続く〉