翌日も、私は学校を休んだ。
何か嫌な予感がする。同時に、何か掴めそうな予感もする。
胸騒ぎが気になりつつも、私は監視カメラの捜査を続けた。
『くれぐれも、無理はしないように』
嗣翠はそう言って優しく私の頭を撫でて、学校に向かっていった。
学校は中間考査と、そのあとにある球技大会に向けて熱気に包まれているらしい。
晴哉くんたちのワクワクぶりを見たいところだが、それよりも嗣翠の方が大事なので我慢するしかない。
早く、仕事を終わらせないと。
――そして、それは唐突にやってきた。
「ん?」
36階建ての、灰街で二番目に高い廃ビル。
一番高い廃ビルよりも新しく、ボロボロでちょっと不安な一番高い廃ビルよりも安全そうだから、そこにもアルケーの目星をつけていたのだが。
どうやら、そこにも監視カメラが付いているようだ。
それも、いくつも作動している。
「・・・これは、ビンゴかな」
早速、その監視カメラのハッキングを始めた。
これは流石にアルケーだったら気付かれちゃうだろうから、迅速に。
ただただコードのことを考えて、手を動かし続ける。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
果たして、監視カメラのハッキングには成功した。
二番目に大きい廃ビルで稼働していた監視カメラ合計15個の映像がディスプレイに映る。
「・・・⁉︎」
その映像に、私は息を呑んだ。
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「嗣翠、おかえり」
「ただいま、椿」
嗣翠は、穏やかな微笑みを返してくれた。
それを見て、私は内心ほっとする。
「殺し屋アルケー」の真実を知ってから、なんとなく心細くなってしまったから。
・・・いつの間にか、彼は私にとって安らぎをくれる人になっていた。
「・・・あのね、嗣翠」
「・・・・・・」
私が真剣な話をしようとしているのに気づいたのか、嗣翠は私に向き直った。
「『殺し屋アルケー』の正体がわかった」
「!」
私は、とあるデータをパソコンに表示された。
そこに載っているのは、リスト。
名前と、性別と、それから役職のようなものがずらっと書いてある。
「情報、執行、隠蔽、隠蔽、執行、監視・・・これは?」
「アルケーだよ」
「・・・・・・」
そう、これが『殺し屋アルケー』の正体。
このデータは、あの監視カメラについていた防御コードを参考に探し出したもの。
「これは、『殺し屋アルケー』のメンバー一覧なの」
「っ!そういうことか!」
嗣翠は眉を思いっきり顰めた。
そうなる気持ちもわかる。私だって最初は衝撃だったから。
「ずっと疑問だった。どうやって犯行現場を元に戻したのか」
血であれ何であれ、証拠を隠すのは骨が折れる。
でもそれは、「殺し屋が1人だったら」だ。
警察に仲間がいれば捜査記録だって誤魔化せる。ハッカーがいればその時間帯の監視カメラを止められる。
「『殺し屋アルケー』はいわば、『殺しを営んでいるお店の店舗名』」
そして、このデータは「殺し屋アルケー」というお店のスタッフの一覧データというわけだ。
殺し屋アルケーは、1人じゃなかった。
「団体」なのだ。
「取引に訪れたのが少女だったり青年だったりするわけだよ。いっぱいいるんだもん」
「・・・盲点だった」
「ほんとだよ」
続いて、私は画面を切り替えた。
録画しておいた、『殺し屋アルケー』のアジトにある監視カメラの映像だ。
ビルの最上階とその下の階、さらにその下の階のものを表示する。
バレると厄介なので、これだけ録画して監視カメラからは手を引いた。
三つを表示すると、嗣翠はじっとそれを見つめる。
「俺たちくらいの若者か」
「そう。彼らは・・・」
ふ、と短く息を吐いた。
この前あんな夢を見たのは薄々これを予感してたからかも。
「彼らは、灰街の若者だよ」
「・・・知ってるの?」
要するに、犯罪を逃れるために灰街にいるんじゃない。
灰街にいるから犯罪をしているんだ。
暗にそう告げると、驚いたように嗣翠は私を見た。
「彼らは、私の仲間『だった』」
「椿・・・まさか、灰街出身・・・・・・⁉︎」
「・・・そうだよ」
私の髪には艶がある。着ているものだって普通だ。
だから意外だったのか、嗣翠は目を見開いた。
でも、これと言って失望や軽蔑はしていない、か。嗣翠らしいな。
・・・嗣翠になら、あの頃の話ができる。
「私が灰街で住んでいた頃、若者はみんなで協力して生きてきた。物を盗んで、売り払って、貯めたお金で食べ物を買ってた」
「・・・『殺し屋アルケー』は、それが残った形ってことか」
「そういうこと。盗みが殺しになってるだけ」
「じゃあ、こいつらは・・・」
「私の仲間だよ。今あっちがどう思ってるかはわからないけど」
・・・何かがあったわけじゃない。
むしろ私が「何かされた」方だ。だけど私は今でも仲間だと思ってる。
「彼らが人身売買とかした人のターゲットしか請け負ってなかったのは、彼らがそれを嫌っているから」
「・・・それで苦しんできたから、やってる犯人は殺すのか・・・・・・」
嗣翠は複雑そうな表情をした。
依頼はこれで達成だ。だけど彼は「報復」をしなければいけない。
でも優しい彼は、私の仲間を傷つけることをよしとしないだろう。
だとしても、私は「彼らを恨んでいる」なんて嘘はつきたくなかった。
彼らに対しても失礼だし、嗣翠に対しても、嘘はつきたくない。
情報屋「ベルガモット」としてじゃなくて、「八神 椿」としてそう感じているのだ。
「・・・ありがとう、『ベルガモット』、報酬は用意する」
「うん。わかった」
嗣翠は複雑そうな顔のまま言ってきた。
・・・・・・嗣翠、これから悩むのかな。
一ノ瀬組長のこともあるし、嗣翠の精神はすり減っていくばかりに違いない。
「ねえ、嗣翠」
「?」
「なんか手伝えることない?」
じっと嗣翠を見つめて言うと、嗣翠はなぜか少しだけ狼狽えた。
「・・・・・・情報は十分もらったけど」
「ううん、ベルガモットとしてじゃなくて、『八神 椿』として聞いてる」
「!」
「嗣翠の力になりたい。いっぱい悩んでるみたいだし、私だって考えの整理くらい手伝える」
「・・・・・・」
「もちろん私に明かせない情報もあると思うけど・・・ほら、それくらい私力づくで知れるし」
「確かに、まあ、それはそう・・・?」
嗣翠はやはりと言うべきか、考える素振りを見せた。
そりゃそうだ。これから組長をぶっ潰すとはいえ、組のことは最大機密だろう。
でも最大機密がなんだって言うのだろう。
これまで彼には、様々なヤクザの最大機密を調べて提供してきた。
調べたことはないが、たぶん一ノ瀬の最大機密もやろうとすれば奪える。
「・・・そうだな、ありがとう」
「んーん。ちょっとしか力になれなくてごめんね」
結局根本は、私がいたって嗣翠自身が悩まなくてはいけない。
これは私の自己満足で、何もできない私の罪滅ぼしだ。
だけど、嗣翠の反応は違った。
「なんで・・・椿は、そこまでする?」
「え?」
「『殺し屋アルケー』の情報を調べるのはかなり手こずったはずだよね。それだけでも十分なのにお前は、俺と父の件も、それ以外の件も手伝おうとしてくれる」
「うん、そりゃあ」
私が、手伝いたいから。
美味しいご飯と安らげる場所をくれた嗣翠に、恩返しがしたいから。
きっと嗣翠は「契約内容なんだから当然だ」とか言うんだろうけど、そうじゃないんだよ。
それをくれること自体が、とってもありがたいのに。
私の情報だけでwin-winなはずがない――って、同じこと嗣翠も思ってるんだろうな。
「なんで、俺のためだけにそこまでできる?」
嗣翠は、心底不思議そうに尋ねてきた。
「強いて言うなら、嗣翠が本気だから、かな」
「俺が、本気だから?」
「私は嗣翠のこと、取引相手としてじゃなくて、人として信用してる」
「!」
真っ直ぐに、その瞳を見つめて言うと嗣翠はまたもや狼狽えた。
まあ今まで「取引相手」としてしか接してこなかったからかもしれない。
でも、一緒にご飯食べたんだからもう、その枠は超えてもいいと思う。
「だから、『私』は『嗣翠』のこと手伝いたい。嗣翠が本気で頑張ってることだから、私も本気で頑張りたい」
ただそれだけ。
そう言うと、嗣翠は黙って微笑んだ。
嬉しく思ってくれているのか違うのか、その表情からは読み取れない。
「お前は・・・・・・ほんとに」
「嗣翠?」
「いや、なんでもない」
変なの。
絶対なんでもないわけがないのに。
雷の中で会ったときとは大違い。
すごく柔らかい雰囲気で、私をよく撫でて、よく微笑んで、よく心配してくれて。
なんでもない、だって。
・・・嘘つき。
「椿は、意外と鈍いんだね」
「いきなり何?何が鈍いの?」
「ははっ」
「え」
え、ちょ、え、まじで?
今嗣翠、声を上げて笑った?あの嗣翠が?一ノ瀬 嗣翠が?嘘でしょ?
今、笑った?
「ほんとになんでもない」
「ちょっ、そんなわけなくない⁉︎なんで笑ってんの⁉︎」
「教えなーい」
「えええ」
満面の笑み・・・⁉︎
待って心臓に悪い、そんな顔できたんだ。
急に笑わないでよ、びっくりするじゃん!
何よりもやっぱりかっこいいし!
「じゃあ椿、早速一つ頼んでもいい?」
「な、何?」
「アルケーと父の件は、しばらく保留にすることにした」
「へ?」
私をわしゃわしゃと撫でながら、嗣翠は今度こそ穏やかな笑みを浮かべた。
「お前の仲間には報復したくないし。父はどうせ、ベルガモット買収のせいで俺の動きを警戒してるだろうからすぐには動けないし」
「あ、それはそう、だよね・・・」
「だからしばらく保留」
保留、と言う割には彼の笑顔は清々しそうだ。
なんとかなりそう、みたいな感情を感じる。
「『嗣翠』と『椿』として、しばらく平和に過ごしたくなった」
「平和に?」
「お前も望んでる『普通』、俺も気になってきた」
「そうなんだ」
よくわかんないけど、大きな進歩であることはわかる。
私の望みに興味を持ってくれてるってことかな。
「それならまず、嗣翠は学校で友達を作らないと」
「・・・・・・」
「大丈夫、お友達は危険にならないようにちゃんと『情報操作』しといてあげる」
「そこまでするのか情報屋」
「んーん、違うよ。『八神 椿』がやるんだよ」
だからお金はいらない。
私がしたくてしてること。
「そもそも、そんなことできるの?」
そんな問いに、私は笑って答えた。
「できるよ。『世の中はなんとかなる世界』だからね」
「・・・なんだそれ」
呆れたような言葉を吐きつつも、嗣翠の顔は変わらず穏やかだった。
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