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「・・・ただいま」
俺は、スーパーで買っておいた夕飯の具材を持ちながら家に入った。
キッチンにひとまず置いておいて、リビングを覗く。
「椿?」
徹夜は肌にも健康にも良くない。
頼んだ俺が言える立場ではないが、椿にはしっかり無理のない範囲で仕事をして欲しかった。
つまりは、ただただ心配なだけ。
・・・おかんって言われるのも当然なのかもしれない。
さて、椿はテーブルにはいないようだ。パソコンはあるが姿が見当たらない。
ならばと視線を動かすと、ソファの上で穏やかに眠っていた。
「すー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・よかった、ちゃんと寝てた」
朝満杯にしておいたコーヒーのケトルは空になっていた。
さらにエナジードリンクが開けられており、これだと眠り始めたのはほんの数十分前だろう。もう夕方だと言うのに。
昼ごはんは平らげられていた。ひとまず食べるものは食べていたらしい。
・・・なんで、ここまで無理してくれるのか。
それを、ずっと考えていた。
学校にも組にも味方がいなかった俺が唯一信用し味方と断言できる、俺の専属情報屋「ベルガモット」もとい、八神 椿。
そんな彼女が持つ仕事の矜持とも何か違う「こだわり」は、「覚悟」は一体なんなのか。
柄にもなく、気になっている。
「・・・・・・・・・」
彼女の隣に座って、椿の髪を耳にかけた。
寝顔は安らかで、綺麗で、かわいい。
「・・・・・・?」
その瞬間、俺は俺自身の思考に違和感を抱いた。
かわいい?俺が、他人のことを「かわいい」と評価した?
俺は今まで、そんな感情一度も――・・・・・・。
「・・・椿」
俺は静かに名前を呼んで、椿の髪を梳いた。
起こすつもりはない。ただ、確かめたかっただけだった。
俺は一体今、椿に何を想っているのか。
彼女のさらさらで長い茶髪はするりと俺の指の間を通り抜けて落ちる。
髪一筋までもが・・・なんなんだ、この感情は。
なんと表現したら良いのだろう。
彼女の一挙一動すべてを見逃したくない。
髪の一本から爪先までも視界に収めて、撫でていたい。
俺の作った飯を美味しそうに食べて、たまには俺と買い出しして、俺のために仕事をしている姿を見ていたい。
椿のすべてを、甘やかしたい。
「・・・惹かれて、いるのか、俺は」
確かに、最近椿の影響を受けている自覚はあった。
感情が豊かになるのを感じる。嫌な記憶で埋め尽くされた悪夢が穏やかになる。
俺が独りのままだったら絶対に得られない変化だった。
つまり、俺は、彼女に会ったから――――
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
今度は、椿の頬に触れてみた。
椿は起きる様子がない。
そっと指の甲で撫でると、ふふ、と椿が微笑んだ。
「・・・かわいい・・・・・・」
そうか、これをかわいいと言うのか。
これを、愛しいと言うのか。
これを、守りたいと言うのか。
これを、独占したいと言うのか。
「・・・」
ビジネスパートナーのつもりだった。
自分が誰かを愛しいと思ったりかわいいと感じたりすることなんてないと思っていた。
だが、今は・・・。
「・・・・・・」
いや、これ以上考えるのは後にしよう。
今は、頑張ってくれた椿のために精一杯料理を振る舞わなければ。
お肌と健康に優しくて、とびきり美味しいものを。
ひとまず俺は、買ってきたものを冷蔵庫にしまうのだった。
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美味しそうな匂いだ。
ぼんやりとした頭で、それだけが最初に思い浮かんだ。
心地いい包丁の音と、何かを焼いている音と、いい匂い。
こんなあったかい場所を、私は知っていただろうか。
今まで誰かに料理を作ってもらったことなんて、一度も・・・。
『夕飯は、何がいい』
・・・ああ、いた。
そういえば私は、一ノ瀬組のひとりぼっちな若頭さまと同居しているんだった。
「ん・・・・・・」
重い瞼をなんとか持ち上げると、体に毛布の感触がした。
もしかして、嗣翠がかけてくれたのかな。
そうだ、嗣翠と暮らす嗣翠の私邸はとってもあったかくて、楽しい場所。
私はやっと、あたたかな家に住めるようになったんだった。
「起きた?」
私の様子に気づいた嗣翠がキッチンで料理をしながら微笑んだ。
夕ご飯を作ってくれているらしい。
「なんか嗣翠、機嫌いい?」
なんとなーく感じたことを口にすると、嗣翠は微笑みを深める。
「ああ、そうかも」
へえ。めずらし。いや、最近はそうめずらしくもないかもしれない。
うーん、どうだっけ。でも、たまに笑ってくれるようになった。
「そか。嗣翠がうれしいと、わたしもうれしい」
「・・・」
寝ぼけ眼で言うと、嗣翠は一瞬言葉に詰まった気配がした。
うん・・・?眠すぎてあんまりよくわかんないけど、なにか変なこと言っちゃったかな。
「さては椿、寝ぼけてるね。さっきから呂律が回ってない」
「そうかも。ねむい」
「夕飯ができるまであと1時間はあるから、部屋で寝てて。できたら起こしに行く」
「・・・ありがたや」
むくっと起き上がって、私は毛布を畳んでソファの隅に置いておく。
眠すぎてもう我慢の限界なので、目をこすりながらゆっくり部屋に歩いていった。
ぼふっとベッドダイブすると、ふかふかのベッドが私を眠りに誘う。
もう無理。寝る。
私はそのまま抗わず、すとんと眠りに落ちた。
『――――ね』
・・・
『ごめん、ね。しっかり・・・育ててあげられなくて・・・ゲホッ、ゲホッ、うぅ・・・っ』
『無理しないで、お母さん。苦しいでしょう?』
・・・・・・
『父さん、頑張って・・・・・・仕事、見つけ・・・・・・ぐっ、がは・・・っ』
『いいよ、もういいよ・・・・・・!』
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・やめて。
『俺たちは苦しい中で生きてる。だからこそわかりあえる。一緒に生き延びよう』
『つばき!だめだ!行ったらつばきも無事じゃ済まない!』
『お前の両親は、死んだんだ』
・・・・・・・・・・・・・・・お願い、もう。
これ以上、死なないで。
『え・・・?まって、うそ・・・⁉︎』
もう、誰も犠牲にしたくない――
『・・・あなたは、誰?どこから来たの?』
・・・あ、れ・・・・・・?
「・・・・・・・・・」
ぱち、と目を開く。
最近ようやく見慣れてきた天井が見えた。
・・・夢。
夢を見ていたってことはレム睡眠か。まあ仕方あるまい。
それにしても、ずいぶんと昔の夢を見た。
もうあの頃のことは忘れたと思っていたけど、なんで今になって出てきたんだろう。
最近は昔の夢、見なくなってきてたのに。
「・・・」
時計を見ると、まだ寝てから30分しか経っていない。
気が乗らないけど、これからのことを考えるともう一眠りした方がよさそうだ。まだねむいし。
今度はいい夢を見れますように。というか熟睡できますように、と思って私は再び目を閉じた。
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