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よし、まずはあるあるの言葉から始めよう。
「どうしてこうなった・・・?」
「どうしてもなにも、俺と椿が球技大会で引き分けたからじゃない?」
「普通どっちも勝ちでどっちもコスプレなしでしょ」
「とか言って、椿もこうなること予想してたくせに」
甘ったるい眼差しでそう言ってくる嗣翠。
私はなにを言っても変わりそうにない状況にため息をつきたくなった。
今日は文化祭だ。
そして嗣翠は童話の王子様、私はお姫様のコスプレをしている。
嗣翠は王子服。
私はレースがいっぱいあしらわれた、大人っぽいロングワンピース。
どっちも黒地に金の刺繍が施されたものだ。
それにしても嗣翠ってたぶんチンピラの格好しても似合うよね。カリスマ不良になっちゃうよね。
顔面偏差値のあまりの高さに世の中の理不尽さを感じる今日この頃。
・・・いや待とう、一旦落ち着こう。
コスプレまでは、百万歩譲っていいとして。よくないけど。球技大会で引き分けたからしょうがないとして。
「っていうか、この状況なに?」
「ん?俺のお姫様がかわいすぎるから迫ってるとこ」
「そういうことちゃう」
実際そうだけど。
今、私は空き教室で嗣翠王子様に壁ドンされている。
それもしっかり逃げ道がどこにもないタイプの。
それがどうしてこうなったか聞いてるのに、かわいすぎるから壁ドンは意味わからん。
理屈がはちゃめちゃですわよ王子様。
って、なに言っても効かない気がするなあ・・・。
「でもまじで、ほんとにかわいい」
「もう、わかったからちょっと待って」
顔がさっきから熱々なんですよ。
そろそろ勘弁してもらわないと、私の顔から湯気が出ちゃう。
「なにがわかったの?椿、自分がどれだけモテてるか知ってるわけ?」
「モテ・・・・・・?」
超絶特大ブーメランなの知ってる????
嗣翠こそモッテモテじゃん。今まで何人振った?
「ほらわかってない。かわいいの俺の前だけにしてよ」
「そんなこと言われましても」
メイクしてないんだよなあ。
やり方わかんなくて結局いつもすっぴんだ。
だったらあとはなにをどうすればいいのか。
「椿は俺の椿、でしょ」
「・・・それはそう、だよ」
私の手を取って手の甲にキスする王子様。
そんなシチュエーションに憧れた時期も、私にはあった。
決戦が終わったあと。
私と嗣翠の契約は満了した。
だけど。
『椿、契約更新しない?』
『それって、《ベルガモット》が欲しいの?私が欲しいの?』
『どっちもだよ。どっちも椿でしょ』
嗣翠は私を離さなかった。
私の望みも、嗣翠はお見通しだったのだ。
私も、嗣翠と幸せになりたい。
嗣翠と離れたくない、って。
『これからもいろんな勢力と戦うことになる。そういうときに恋人は守れるところにいて欲しいし、ベルガモットとして手伝っても欲しい』
『なるほど。確かにそうだね』
『じゃあ、これからも椿は俺のだね』
なんて笑って。
結局私はお金は貰わずに、私は嗣翠の私邸で暮らし続けることにした。
それから、一ノ瀬組の家は本拠は移転した。
元々一ノ瀬組が所有していた大きなビルに拠点を移し、嗣翠は新しい組長として、足繁くそこへ通っている。
最後まで組長派だった人と組長――いや、元組長は逮捕されて、今は刑務所の中。
特に緋玉は、たぶん刑務所の中で寿命を迎えるだろう。
私は相変わらず「一ノ瀬 嗣翠の家で暮らしてる」とはバレないようにしながら、嗣翠と幸せな毎日を送っている。
あと――
『2人に話そうと思って。今回起きたこと、ぜんぶね』
『話さなくていいって言ったのに』
『私が話したいの。聞いてくれる?』
『・・・ああ、もちろんだ』
2人には私と嗣翠のすべてを話した。
嗣翠ももちろん話していいと言ってくれた。
りかちゃんと晴哉くんは終始真面目な顔で、終わったらいつもの明るい笑顔でバシバシと背中を叩いてくれた。
『お疲れ様!今度タピオカを奢ってしんぜよう』
そのいつも通りの2人が、とっても嬉しかった。
今日は2人で文化祭を回るようだ。・・・そうしろって言った。晴哉くんに。
『一緒に・・・回らねぇ?』
『ま、まあ・・・椿は成瀬先輩と回るみたいだし?別に・・・いいけど』
早くくっつけツンデレカップル。
まあでも晴哉くんなんか気合い入れてたし、今日告白するのかも。
太陽は、文化祭に来るらしい肇やねえね、ゆうたと回るらしい。コスプレはしていなかった。残念。
そうそう、肇たち元「殺し屋アルケー」は一ノ瀬組の一員となり、大きな一ノ瀬組本拠地ビルに住んでいる。
灰街に残っていた一人ぼっちの若者たちやその家族も保護された。
事業を無期限停止していた灰街の治安改善政策は再開し、今度こそ灰街をよくするために日々工事を続けている。
「椿?」
私が黙っていたからか、嗣翠が顔を覗き込んできた。
私は微笑んでなんでもないと首を振る。
「もうぜんぶ丸く収まったんだな、って思って」
「・・・・・・そうだね」
もう何回も言ったけど、今回も嗣翠は微笑んで頷いてくれた。
「俺は勝った。俺のお姫様のおかげで」
「・・・・・・おひめさま」
「そう。俺だけのお姫様」
嗣翠は、私の手を取ったままぐいっと引っ張り、私をぽす、と胸に収めた。
「・・・・・・お姫様、俺と文化祭デートしてくれますか?」
「ぷっ」
こんな、御伽噺から出てきたみたいな王子様が、私と文化祭デートって。
言い方がおかしくて私は笑ってしまった。
「――はい」
ヤクザの一ノ瀬 嗣翠と2人、穏やかに。
彼はまだ危険な仕事がいっぱいあるし、仕事のときの冷たくて凍えるような雰囲気はまだ変わっていないけれど。
でもいつか、彼が心の底からいつでもどこでも笑える日が来るって信じてる。
変えられるって、信じてる。
『俺がお前の望みを叶える。だから――俺の望みを、叶えてくれる?』
私は、嗣翠はもう1人じゃない。
肇と、太陽と、ねえねと、ゆうたがいる。
大切な親友がいる。
「行こうか」
「まずどこから行く?やっぱりお化け屋敷?」
「椿お化け屋敷得意なの?」
「行ったことないから楽しみ!」
そうなんだ、と嗣翠がにやついた。
職業柄、血とかも見慣れてる――いや、怖くないわけじゃないけど、動じなくなってるから怖くないとは思うんだよね。
楽しみだなあ、と心を躍らせながら、私たちは空き教室を出発した。
すると。
「あ、いたいた、椿ーっ!!」
「あ、りかちゃんと晴哉くん」
「・・・・・・手、繋いでるな」
私と嗣翠は顔を見合せた。
あの2人、とうとう付き合ったのか!!
「私たち恋人同士になったよー!!」
「お、おいこら引っ張んなって・・・・・・!」
嬉しそうに笑って手を振りながら駆け寄ってくるりかちゃん、引きずられてくる晴哉くん。
付き合っているにしてははしゃぎすぎて扱いが酷い。
苦笑してりかちゃんを見ていると、急に嗣翠に手を取られた。
「嗣翠?」
「繋ぎたくなった」
そして、当然のように指を絡めてくる。
・・・・・・恋人同士、だもんね。
嬉しくなって、ついにやけてしまった。
嗣翠といると、毎日が楽しくて嬉しくてたまらない。
「おめでとう、2人とも。焦れったかったね」
「ねえ、いつ!?いつから私たちの気持ちに気づいてたの!?」
「俺たちくっつけようと手を引いてたのって椿だろ!」
「わりと、会った頃から」
「うそん・・・・・・」
顔を真っ赤にするりかちゃん。
照れてるときの私ってこんな感じなんだろうか。いたたまれないな。
そう思ってそっと目を逸らす。
すると。
「つーばーきーっ!」
「むぐ」
ぎゅむ、と豊満な胸に包まれた。
声と抱きしめる強さからねえねだと一瞬で理解する。
髪は乱れてないし、今私メイクしてないから害がないところがねえねらしい。
「かっわいいわねぇつばき!最高ね!そんなお姫様コスしちゃって~!!」
「あ、ありがとう、ねえね・・・・・・苦しい・・・・・・」
「ああっ、ごめんね!?」
ようやく離してもらうと、少しあとから肇や太陽、ゆうたが来ているのが見えた。
・・・・・・太陽は、なんかよくわかんないけど顔が赤い。
照れてるんかってくらい顔が赤い。どうしたんだ?照れてるわけないし、そういうふうに見えるメイクでもねえねにされたのかな。
「・・・・・・嗣翠、独占欲やべぇな」
すると、肇が私を見ながらげんなりして言った。
独占欲?どゆこと?
私の格好なんか変?
「・・・まあね」
嗣翠は意味深に笑ってから唇に人差し指を添えた。
話す気は無いようだけど、まあ機嫌がよさそうだからいっか。
嗣翠が私に独占欲を感じてくれてるなら、それはそれで嬉しいし。
太陽の背中をさするゆうたを不思議な気持ちで眺めながら、私は賑やかなみんなを見渡した。
・・・・・・私は、ずっとこんな光景を望んでいた気がする。
「ってことで、ほら行くよ椿」
「え?」
「どこ行くんだよ?」
驚いて声をかけてくるゆうたに、私の手を引く王子様は、最高にかっこいい顔で答えた。
「俺らデート中だから。これからは2人だけの時間」
「!!」
こんなにいたずらな顔をした嗣翠を見たことがあっただろうか。
私は何度目かわからない喜びを抱いて、嗣翠に笑い返した。
「じゃあ、抜け出しちゃうか!」
「よくわかんないけど追いかけたいから追いかけるね!」
「なんだそれー!!」
りかちゃんの破茶滅茶理論と振り回される晴哉くん。
大真面目な顔で追いかけてくる肇と太陽に、鬼の形相で「つばきを返しなさーい!」とか追いかけてくるねえね、呆れ顔でついてくるゆうた。
私たちは大笑いしながら、ワンピースと王子服なのも気にせずその場を走り始めた。
「!」
「あーっ!」
そのとき、嗣翠の唇が私のそれを掠める。
な、なななんで今キス・・・・・・!?
「ごめん。幸せだなと思ったら、我慢できなくて」
「言い訳になってな――おっと」
あっ、危ない!
動揺のあまり転びそうになったところ、一気にふわりと体が浮いた。
お姫様抱っこだ。
「!?!?!?」
「椿、西洋でパートナーと衣装の色合いを揃える意味って知ってる?」
「な、なに急に!知らないよそんなこと」
西洋もの調べたことないし。
読んでみたいなとは思うけど、最近はあんまり時間がなくて。
戸惑いの中で、私は視線で解答を促す。
すると、嗣翠は私にもう一度口付けて答えをくれた。
「相思相愛ってこと」
「――・・・・・・」
独占欲やべぇな、って。
そういうこと?
周りに相思相愛だって触れ回ってたってこと?
うわ、過激ファンの火に油を注ぎまくってたのか。
でも、嗣翠がそれを受け入れてるって証明にもなるわけで・・・・・・。
私は、私を抱えて走ってみんなから逃げる嗣翠の首に腕を回した。
「!」
「じゃあちゃんと逃げてよ、王子様」
「っ、まじで、理性おかしくなる・・・・・・!」
嗣翠は、器用にさっきよりも深いキスをした。
それでも転ばないしぶつからないし、空間把握能力がすさまじい。
「今夜、覚悟しといて」
「えっ!?」
あ、スイッチ入れちゃった――なんて。
私は思ってもいない後悔を抱えた。
私はもう、嗣翠と過ごす夜を楽しみにしてしまっている。
いっぱいキスとかされちゃうんだろうな、2人きりで。
「愛してる、椿」
「私も愛してるよ、嗣翠」
現実は残酷だ。
世界は私たちに優しくない。
だけどそんな世界の中で、私は嗣翠に会って、私の望んでいた「幸せ」に出会った。
もう私たちは1人じゃない。
みんなで、私たちのたった一つの願いを叶えるために生きていく。
ヤクザの若頭――いや、組長になった嗣翠が拳銃を構える隣で、私は「ベルガモット」として彼を支えるのだ。
誰もが笑って幸せな気持ちになれる、
「優しい世界」を作るために。
危険で甘くて悲しくて苦しくて、それでも優しいひとりぼっち『だった』ヤクザくんと、
この世で一番罪深い恋と幸せを抱く。
私はここで、
この人の隣で生きていく。
《拳銃とベルガモット》
fin.



