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嗣翠が放った銃弾は、一ノ瀬 緋玉の耳のすぐ横を掠って奥の塀に埋まった。


元々嗣翠は当てる気などなかっただろう。相変わらず正確なコントロールだ。



――そうして、決着はついた。


1人じゃない私たちと、構成員と自分しかいない組長。


その差は、あまりにも歴然としていたのだ。


この結末は、ある意味必然だったのかもしれない。


だけど緋玉は不気味で、人間っぽくなくて、怖くて。


私たちはずっと人間の形をした悪魔と話していたような気持ちだった。



「椿」



構成員と緋玉が回収され、殺し屋アルケーのメンバーみんなが灰街に戻ったあと。


肇と太陽と嗣翠と私だけとなったところで、嗣翠が抱きしめてきた。



「広場に来るのは作戦外だったのに、来てくれてありがとう」


「・・・・・・嫌な予感がしたんだ」


「嫌な予感?」


「うん。やっぱりあの人なんかするはずだよなって思って」


「さすが俺の椿」


「でしょ」



嗣翠のぬくもりが暖かい。


でもちょっと震えているから、怖かったんだろう。


あの人は、私もとっても怖かった。


でも嗣翠が手を繋いでくれたから、足は震えなかった。



「・・・・・・不気味なやつだったな、一ノ瀬 緋玉」


「まったくだ」



太陽と肇が眉を顰めた。


一ノ瀬 緋玉は、最後まで恐ろしい男だった。


他人を幸せにすることに疑問を覚えるなんて。



『父は、全部を狂気で塗りたくった頭してるおかしいやつだよ。人間とは思えない』


『良心も慈悲もない。人を嬲る優越感と愉しみのためだけに生きる最低の男』



・・・・・・あれも、あながち嘘じゃないってことだ。


嗣翠を抱きしめ返しながら、私も気持ちを沈ませた。


すると。


プルルル、プルルル。



「!」


「・・・・・・電話だ」



鳴ったのは私のスマホだった。


渋る嗣翠に離れてもらって、電話を取る。



『つばき!無事!?!?!?』



いきなり大声が聞こえてきて、私は思わずびくっと震えた。


・・・・・・ディスプレイを見たらりかちゃんからだったけど、ねえねだったんだ。



「やっほ、ねえね。ぜんぶ終わった。みんな無事だよ」


『ああ、よかった・・・・・・!情報収集係から大丈夫だって言われたんだけど、声を聞くまで安心できなくてっ』


「心配してくれてありがとう。ねえねとゆうたは大丈夫だった?」


『こっちに来たやつは弱かったわ。つばきの友達も私たちも、みんな怪我ひとつしてないわ』


「そっか、よかった。・・・・・・ほんとにありがと」



りかちゃんと晴哉くんには話せるだけ事情を話さねばなるまい。巻き込んでしまったから。


でも、話すのは少しだけ。


2人には、「普通」の世界で生きていて欲しいから。



『そうそう。あなたの友達、事情は話さなくてもいいって言ってたわよ』


「・・・・・・え?」


『あなたが自分たちのことを大切に思って私たちを出向かせたのはわかってるから、それでいいんだって』


「・・・・・・!」



泣きそうだった。


どこまで話そうか、そう思案していたのに。


話さなくていい、なんて。


・・・・・・優しいな、2人とも。


明るくて優しくて、大好きだ。


・・・・・・・・・・・・話そう。


ぜんぶ、話そう。


きっと2人なら、知っても秘密にしてくれるしいつもの2人でいてくれる。


2人に話したい。



『じゃあまたね、つばき。気をつけて帰るのよ』


「うん。ゆうたにもほんとにありがとって言っといて」


『ええ』



ねえねとの電話は切れた。


2人の優しさの余韻に浸りたいところだが、それは後だ。


私は改めて肇と太陽と嗣翠を見やる。


・・・・・・いろいろあったなあ。


殺し屋アルケーの解明。


学校と球技大会。


仲間たちとの再会。


嗣翠との恋。


一ノ瀬 緋玉との戦い。


そして何より、嗣翠との出会い。


・・・・・・ほんとに、会えてよかった。



「肇と太陽はもう帰る?」


「だな、さすがに疲れた」


「また今度、ゆみとゆうたも連れて会いに行く」


「うん。待ってるね」



殺し屋アルケーは廃業し、殺し屋アルケーのメンバーは全員新しい一ノ瀬組の構成員になることが決まった。


肇や太陽、ねえねやゆうたは幹部になることだろう。


私は・・・・・・。



『契約満了は――』



あ、そうか。



『父をぶっ潰したら』



私、お役御免か。


・・・・・・やだな。



「椿?」



嗣翠は、私の思ってることを見透かしているような目をしていた。


今や徹夜なんて簡単に見抜かれるんだから、当然か。


そして穏やかに、優しく、私の手に指を絡めながら、上り始めた朝日に視線を向けた。


大丈夫。


そう言われている気がして、肩の力が抜けた。



「徹夜しちゃったね」


「・・・・・・俺たち、今日学校じゃね?」


「椿」



太陽の発言に即座に反応した嗣翠は、ジト目で私を見る。



「やだ」



言われることを悟って拒否するも、それも叶わず。



「やだじゃない。今日は休んで。俺も休むから」


「・・・・・・はーい」


「嗣翠、頼んだよ。椿放っておいたら必ず何かしようとするから」


「任せとけ、肇」



肇といつの間に仲良くなったのか。


嗣翠は真顔で頷いた。


この2人に協力されると何も出来ないのは火を見るより明らかだ。


・・・・・・諦めて、今日は休むか。


私は、諦めて朝日を眺めた。


うーん、にしてもちっとも眠くないな。


興奮冷めやらぬって感じ。



「今日は寝れないかもなあ」



そう呟くと、またもや反応したのは嗣翠だった。



「じゃあ添い寝しようか」


「だめに決まってんだろ!」


「お前には聞いてないよ朝比奈」


「いやさすがに今日はだめだろ・・・」


「肇まで」



拗ねたような顔をする嗣翠。


その顔は美しいが、どうやら太陽と肇は騙されないようだ。



「お前、ぜんぶ終わった今日一緒に寝たらそれだけで終わるわけなくね?」


「もちろん終わらないの込みの添い寝だけど」


「「却下」」



私はこれをどんな気持ちで聞いていればいいのか。


とりあえずごほんっと咳払いしてみる。



「お前たちに拒否する権利ないよ?」


「ありまくりだ理性限界野郎。俺たちはつばきの仲間だぞ」


「ちなみに俺、椿の彼氏ね」


「うぜぇ・・・」



咳払いは効果がなかったようだ。


ならば。



「嗣翠、家帰ろ」


「!」



嗣翠の腕を掴んで言うと、嗣翠が固まった。


あ、いけるかも。この気まずい会話から逃れられる!



「ね?もう朝だよ」



隣から嗣翠を見上げると、嗣翠はにっこり笑う。



「そうだね。早く帰ろうか」


「あー・・・このバカ」


「バカと天才は紙一重とはこのことか・・・」



なぜか額を押さえて諦めたような面持ちの2人。


なんかやっちゃったかな。会話を遮られたのそんなに嫌だった?


っていうか嗣翠、なにその笑顔。逆に怖い。



「あーほらもう、鈍いなつばき」


「ディスられた・・・?」


「朝比奈なに椿ディスってんのあり得ない」


「勘弁しろよ」



よくわかんないけど、太陽の「鈍い」は貶しているわけではないらしい。


まあいいや、肇も太陽も気分を害したわけではなさそうだ。



「じゃあ俺たちは行くよ。2人とも、また」


「またね。太陽、肇」


「おい嗣翠。ほどほどにしてやれよ」


「嗣翠。二徹はだめだぞ」


「????」


「はは。聞こえないな」



二徹?事後処理は事後処理班がやってくれるって話だけど、嗣翠は事後処理にでも参加する気なのかな?


事後処理任せるって言ったの嗣翠なのに。


違うとしたら、なんで二徹?


まあいいか。エナドリは隠しておこう。


そう思いながら、私たちは踵を返して家へ帰っていく。


私たちの「優しい世界」。


お互いがお互いを大切にできる、私たちの家に。



「・・・ありがとう、椿。いろいろ、本当に」


「うん」



朝日を横目に、私たちは笑い合った。


私たちに、「普通」が、「平和」が、「幸せ」が戻ってくる。


私の足のホルスターには、嗣翠からもらった拳銃。


彼の胸のホルスターには、初仕事のときに嗣翠が父からもらったものらしい拳銃。


それぞれの覚悟と決意を胸に、私たちは一歩踏み出した。










「えっ、あの、寝るんじゃないの?」


「眠れそうにないんでしょ。ならちょうどいいよね」


「まっ、あ、そういうこと?二徹ってそういうこと⁉︎」


「ベッドいこ、椿」


「あの、嗣翠、せめてシャワー」


「だめ。今すぐ。」


「うひゃっ!お、お姫様抱っこは卑怯!」


「だって逃げるでしょ」


「シャワー浴びたいんだってば!」


「いいよ。どうせ汗かくし」


「へんたい!」


「椿がかわいすぎるんだよ。もう理性限界。好き。愛してる。我慢できない」


「っ・・・!」


「だから――椿」




一ノ瀬 嗣翠は、


ひとりぼっちだったヤクザの若頭は、


自分の服を脱ぎながら私に覆い被さった。




「今日はたっぷり、最後の一滴まで愛させて」













結局二徹した。