翌日。


重大な事実が二つ発覚して、私は朝から頭を抱えた。


私も所詮は若者ということか。私の「望み」を叶えたすぎるあまり配慮が足りていなかった。


私は今日、高校に入学する。


それはいい。元々の私の「望み」だ。


だからその高校に近い立地のアパートを取った。


だけど。


一ノ瀬 嗣翠は言った。衣食住を保証すると。


それはつまり、一ノ瀬 嗣翠の用意した家に住むことになるわけで。


一ノ瀬 嗣翠は言った。父を潰したいと。


それはつまり、組長を潰したい一ノ瀬 嗣翠は組の中に味方がいないわけで。


一ノ瀬 嗣翠は言った。安全を保障すると。


それはつまり、味方のない彼が私の安全を保障するには、彼が守るしかないわけで。



私は、彼から写真と共に送られてきたメールを読み返す。



『これが俺が住んでいる新居だから。同居の準備しといて』



彼が私を守るためには同居しかない、ということである。


ちょっとくらい考えれば想像・・・・・・はできないけど、可能性は考慮すべき・・・・・・いや考慮できるか!!


あんな天上の美と毎日顔合わせるなんて。


今まで取引相手でしかなかった人と同居とか、ほんと、冗談も大概にしてほしい。冗談じゃない、けど・・・・・・。





そして二つ目の事実。


私が通う学校に、一ノ瀬 嗣翠がいたことだ。


まっっっっじで、気にしてなかった。


「一ノ瀬 嗣翠は高校生」であることは知っていた。彼はこう見えて私と一つしか違わない。まだ16、今年で17だ。


でもまさか、彼と通うところが被るとは思ってなかったし。


それに、流石に「一ノ瀬 嗣翠」として通うわけにはいかないからか「成瀬 嗣翠」っていう名前で通っていたから余計わからなかった。


「ベルガモット」の正体はバレてなかったから同じところに通おうが構わない、と無意識で思っていたせいもある。



「ふー・・・・・・・・・一旦落ち着こう」



慌てては何もできない。必要なものは全部用意したし、朝ごはんも食べたし着替えもした。少しはゆっくりできる。


状況を整理しよう。



「一ノ瀬 嗣翠の専属情報屋になった。これから同居することになってて、通う学校も同じ・・・・・・ひえ」



なんだこの盛りだくさんな状況は。恐ろしい。


前世でどれだけ徳を積んだらイケメンと同居することになるのかわからないが、今は全く嬉しくない。


最初から普通の生活をしていたならあるいは、ミーハー心で喜べたのかもしれないけど。


腹を括るって決めたって、これで悩まなかったら一ノ瀬 嗣翠と同じくらい無感情だ。



「・・・悩んでても仕方ないか」



引越しの手配とアパートの解約金は一ノ瀬 嗣翠が持ってくれるし。


一ノ瀬 嗣翠の私邸で暮らせば実質無料で住めるし。




「うん。悪いことばっかじゃない」



今日帰ってきたらなけなしの家具を梱包しておこう。


そう決めて、私はとりあえずパックコーヒーを飲み干すと家を出発した。




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高校に到着すると、満開の桜に出迎えられ、私は先ほどの憂鬱さなどすっぱり忘れてはしゃぎ出した。


輝く校舎、綺麗な桜、いっぱいいる先輩に先生、そして同級生!!


これが「高校」・・・!!



「やばい、感動して泣きそう・・・」



そう呟いた、そのとき。



「俺も泣きそう・・・」


「えっ」



急に共感され、私は盛大にびっくりした。


私みたいに泣きそうな人がいるなんて思わなかった。


見てみると、共感してきたのは私より少し濃い色の茶髪・・・いや、栗毛?の男の人だった。


その隣には、共感してきた男の人を呆れた目で見る黒髪ボブの女の子もいる。



「ごめんね?こいつまじで誰であろうと気にせず話しかけるタイプでさ」


「いや、全然大丈夫!」


「ほら、大丈夫だって。世の中は何とかなる世界だよ」


「陽キャお花畑・・・」



女の子は呆れたようにしながらも楽しそうに笑った。


これが、普通の「高校生の会話」・・・。


なんか、すっごく平和で楽しいな。



「とにかく、いきなり話しかけちゃってごめんね。あなたも新入生だよね?」


「うん、そうだよ!」


「私、松本 りか。で、こいつが幼馴染の」



そう言って、りかちゃんは隣の陽キャお花畑くんを指さした。



「吉田 晴哉(はるや)。よろしく!」



なるほど、陽キャっぽい名前だ。いかにも晴れやかって感じ。


私は頷いて笑うと、名乗った。



「私は八神 椿。よろしくね!」


「お!名字近い感じ?クラスどっちか一緒だったら席近いね」


「って言ってもあんた、クラス何個あると思ってんの?6つだよ6つ」



晴哉くんを小突くりかちゃんに、私は「普通」を体験できている喜びのあまりはしゃぎながらはにかんだ。



「きっと一緒になるよ。『世の中は何とかなる世界』だからね」


「!」



2人は一瞬驚いたように呆けた後、ブフッと吹き出して笑ってくれた。



「椿もお花畑か!」


「いよーし、クラス表見に行こうぜ!」


「おー!」



普通が、こんなに平和で幸せな世界だって知らなかった。


だって今まで私が生きてきたのは普通の世界じゃなかったから。


いつも別世界だって思ってて、ずっと憧れてた。


ようやく、私は「望み」を叶えられる。


私はそのことに何度も、何度も、感動するのだった。



「え、ちょっと見て見て!一緒なんだけど!!!3人とも!!!」


「あ、りかちゃんのりかってひらがなだったんだ」


「最初に思うのそこ?」


「てかキレーに縦に3人並んでんな!今日運いいわー」



クラスは、私もりかちゃんも晴哉くんも、3人とも一組だった。


五十音順の名簿の席の最後の方に、綺麗に3人分名前が並んでいる。


何だかラッキーな日だ。


今までの不運の分がやっと回ってきたかなあ。


そんなことをぼんやり思いながら、私は2人と下駄箱へ向かった。



「そういえば晴哉くんは何で『泣きそう』だったの?」


「え?ああ、ノリで共感してみた」


「なんだあ」



ずっとこの学校に憧れてたのかなあ、とか思っちゃったじゃん。


私もまだまだ青いなあ。



「そういう椿は?」


「やっぱり青春いっぱいの高校生活スタートだから、ノリ良くいこうかなって思って」


「つまりノリと」


「うん」


「なんだよー」



誤魔化した私の様子に何の疑問も持たない様子で2人はケラケラ笑ってみせた。


まさか私はこれにずっと憧れてて泣きそうだったとは思うまい。


騙すみたいになって悪いけど、まあ流石に本音を言うわけにはいかないよね。


・・・なんか罪悪感が出てきたので、私は気になっていた話題で気を逸らすことにした。



「そういえば、2人はカレカノなの?」


「ぶっっ」



2人が同時に吹き出した。


なんか動揺してる・・・それってつまり、そういうこと?



「な、ないない!付き合ってないし、そもそもこいつととか!!」


「だ、だよな⁉︎幼馴染だし!!!」



りかちゃんの瞳孔は開いてるし、晴哉くんは鼻や鼻の下を触っている・・・この2人動揺わかりやすすぎか。


あからさまに相手が好きですって反応してる。


ははー、なるほど。付き合ってはいませんよと。


これは恋愛小説で高校生活を予習した甲斐があった。この2人は焦ったいやつだ。


早く告れ、どっちからでもいいから。



「そそ、そういえば!!!」


「ん?」



露骨に話を逸らそうとしている・・・まあいいか、入学早々人の恋愛事情に首と頭と手を突っ込むわけにもいかない。



「2年生に、ちょー有名な先輩がいるよね!!」


「あー、体験入学のときにめっちゃ周りが騒いでだやつな」



思い出したのか、晴哉くんが苦い顔をした。



「あれは酷かった。その先輩がイケメンすぎて生徒ほぼ何も聞いてなかったぞ」


「・・・へー」



誰と言われなくともわかる。「彼」だろう。


生徒会には入ってないって話だったけど、体験入学の説明役は請け負ったのかな。


・・・・・・学校の宣伝にぴったりな容姿してるから使われたんだろうな。かわいそうに。



「椿は興味ある?」


「いや全然」


「即答かよ」



だって、その人と同居することになってますし。


顔合わせるのちょっと気まずいですし。


ただでさえ色々あったんだから、学校でくらい疎遠でいてもいいはずだ。



「椿は恋愛とかしたくないの?」


「そりゃしてみたいけどさ、何もそんなちょーイケメンな先輩と恋なんて」



それは恋愛小説だから許される「非日常」だ。私の望みじゃない。


私が味わうのは、「普通」でいい。



「へー、まあそうだよね、正直雲の上って感じ」


「いるのは一つ下の階だけどな」


「あんたもうちょっと面白いこと言ってよ」


「ひでぇ」



確かに微妙に面白くないコメントを笑って流しつつ、私たちは着席した。


・・・この学校では、一ノ瀬・・・いや、「成瀬 嗣翠」と関わり合いにならないといいな。






――なんて、このときは確かに、そう思っていた。


それが、私の「望み」を形づくっていたものの一つだったから。






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