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父たちが十分に離れて、監視もいないと確認した後。
私はこの地域一体の監視カメラネットワークをすべて遮断した。
その間に肇が灰街に帰る。
「ありがとう、肇。急なお願い聞いてくれて」
「これくらいならいつでも頼れ」
肇は、監視カメラのある場所を一応避けながら、素早く闇夜に溶けていった。
その速さは、さすがは『殺し屋アルケー』の店長。
「・・・知ってはいたけどさ」
私は、一芝居終えて安心して、実際の一ノ瀬 緋玉に会った感想をこぼした。
「一ノ瀬 緋玉、気持ち悪いね」
「・・・椿もそう思う?」
「うん、すごく」
鼻毛が伸びてるとか、いい歳のおじさんだからとか、そう言うことじゃない。
人間じゃないみたいな不気味さと、歪みと、狂気。
得体の知れない怖さとでも言うのだろうか。
怨念かなんかで具現化した幽霊でも見ている気分だ。
「でも、私たちはあの人に絶対に勝つ」
「・・・そうだね」
「アルケーのメンバーはみんな協力してくれるって言ってたって、肇が報告してくれた」
リーダーが信じるなら大丈夫ですと、みんなが言ったらしい。
肇の対応と心の真摯な部分がみんなを惹きつけた結果だ。感謝しかない。
「だから嗣翠は、自分のやりたいように。私も、やりたいように支えるから」
「ありがとう」
嗣翠は、私をぎゅっと抱きしめた。
・・・その手は、少しだけ震えている。
長年願い続けてきた望み、長年あの人の下で生き続けてきた苦悩。
そのすべての結末をもうすぐ迎えるのだ。仕方がない。
むしろ嗣翠の忍耐力は凄まじいだろう。
「・・・ある日」
そんなことを考えていると、嗣翠は突然話を始めた。
思ったより声が弱々しくて、嗣翠もそういえば弱点がある人間だったな、なんて感じる。
「俺がまだ7歳だった頃、俺は初めて、人を殺した」
「・・・っ」
「母親だった。父は自分に懸想している人間を適当に娶ったらしくて、それで妻になった母から生まれたのが俺だった」
それは、きっと嗣翠と緋玉しか知らない彼の過去。
彼がこんなに冷たい仮面をかぶるようになってしまったであろう、全ての発端。
「俺は元々あまり父と会える機会がなかったけど、母は俺を産んでからずっと父に会えなくて、日に日に恋に狂っていった」
嗣翠は、私を抱きしめたまま顔を見せてくれない。
だからその代わりに、私が嗣翠の肩に顔を埋める。
「それで俺は、母に攻撃されて――俺このままだと死ぬな、って思ったんだ」
「・・・嗣翠」
「殺した。母を」
「・・・・・・」
そのままじゃ死ぬところだったから。
止めても止めても、攻撃は続いただろうから。
いくら理由をつけても、辛いことは辛い。
「それで、俺は自分が怖くなって、その日父に母を殺したことを報告した」
「・・・」
「ごめんなさいと言った。『父の大切な人を殺してしまった』、そう思ってた」
嗣翠も、私の肩に顔を埋める。
「父は、俺に言ったんだ。『よくやったな、嗣翠』って」
「・・・っ⁉︎」
「『自衛ができてこその俺の息子だ』って。『あいつを殺したことは別に気にしていない』って」
適当に娶った女などどうでもいいのか。
でもそれにしても、実の母を殺した相手に向かって、「よくやったな」?
嘘でしょ・・・?
その女の人も、もしかしなくても嗣翠だって、その人にとっては人生を楽しくする舞台装置でしかないのかも・・・。
「気持ち悪かった」
「・・・うん」
「俺が母を殺したのは事実だけど、俺にとって母は、殺したくなくて、大切で、唯一の母だったのに」
「・・・・・・」
「こいつはこのままにしておいたらだめだと思ったよ。野放しにしておいたら、絶対悲劇が起こるって」
「だから、嗣翠は・・・」
「父をぶっ潰す」、と。
それでも「ぶっ殺す」じゃないあたり、嗣翠は殺意はないのかもしれない。
ただ悲劇が起きないように。もうこれ以上彼に弄ばれなくて済むように。
彼の「望み」は、彼のためにじゃなくてみんなのためだった。
「11歳の夜、俺が椿と会った日」
「うん」
「その日は、初めて父から任務を託されて、初めて知らない人を殺した日だった」
『俺は、自分が怖い』
その頃嗣翠は、自分がしたことを後悔していたのか、それとも客観的に非難していたのか。
聞かない限りはわからないし、聞く気はないけど。
あの頃から、嗣翠はすべてを背負ってきたんだね。
父をぶっ潰すという願いのために費やしたものの責任を。
「それでも」
嗣翠は、ようやく抱きしめるのをやめて、顔を見せてくれた。
その目には、わずかに涙が滲んでいる。
彼の表情は覚悟を決めたものだった。真っ直ぐ私を見て、射抜く。
「俺は俺の『望み』のために拳銃を握る。『父をぶっ潰す』って願いと、『椿と幸せに生きる』って望み」
「・・・!」
「だから。椿、そしてベルガモット。俺たちの望みを叶えるために、力を貸して」
嬉しかった。
私を頼ってくれた。そして、私と幸せに生きる未来を望んでくれた。
彼の「父のぶっ潰す」と言う願いまでも他人のためだった嗣翠が、自分も含めた幸せのことを願ってくれた。
「もちろんだよ、嗣翠」
私は、嗣翠の手を取って頬に当てた。
ちょっと冷たくて、でも生きているのを感じる。
「絶対に叶えよう。私たちの『望み』を」
現実は残酷だ。世界は私たちに優しくない。
辛いこともたくさんあったし、たぶんこれからもいっぱいある。
幸せに生きようとしても、私たちの犯した罪が追いかけてきて、邪魔してくるかもしれない。
私たちは誰かの存在を踏みつけないと生きてこれなかった。
でも、私たちは一歩踏み出す。
「その話、ベルガモットがお受けします」
「優しい世界」を。
誰かを踏みつけずとも生きていける世界を、作るために。



