「・・・びっくりした?」


「まあまあ。でも小さい頃のこと、思い出せてよかった」



太陽は、ひとしきり泣いた後に帰って行った。


嗣翠はご飯を食べていけと言ったけど、『殺し屋アルケー』のみんなが待っているそうだ。


近々、顔を見せにきてほしいと太陽は言った。


もう諦めていたけど、その頃の仲間はまだたびたび、私のことを思い出して話をするそうだ。


・・・・・・会いに行ってみようと、思う。


悲しみと苦しみは火事で全部燃えた。


もうそろそろ、進む頃だ。



「でもまさか、朝比奈と仲間だったとはね」


「私もびっくりしたよ。まさか『朝比奈先輩』が仲間だったなんて」



やっぱり太陽は『殺し屋アルケー』の一員らしかった。


改めてどう生きていくか話し合ったときに、リーダーが思いついたものだったらしい。



「・・・まだみんな、あの地獄にいるんだよね」


「助けたい?」


「そりゃあもちろん。でも・・・」


「自分だけじゃできない?」


「・・・心読むのやめてもらっていい?」


「椿の考えることくらいわかる」



助けるには、お金が足りない。


でも情報で多額の報酬はたかりたくない。


だから最近は――嗣翠に買収されるまでは、バイトをしていた。


でも嗣翠からもらえる、契約満了のときの報酬金なら。


それでならみんなを助けられる、って思ってた。



「できるよ」


「え?」



嗣翠は、なんでもないことのようにそれだけ言った。



「俺なら助けられる」


「嗣翠・・・?」


「椿の大切な人だし、俺が助けるよ」


「え、え、なんで・・・っ⁉︎」



確かに、一ノ瀬の力ならば余裕だろう。


遊んで暮らせるお金だって端金だ。



「椿が好きだからに決まってるでしょ」


「・・・!」



嗣翠は、とびきり甘い微笑みと一緒にそう告げた。



「灰街出身だろうと情報屋だろうと女子高生だろうと、関係ない」


「・・・・・・」


「椿は小さい頃の俺も、今の俺も救ってくれた大切な人」


「す、救った?」



うーん、そんな覚えはないんですけど。


小さい頃だって、私の考えが固まるきっかけだったんだから、むしろ私の方が救われたくらいで。


・・・でも。



「・・・嬉しい」



私は素直に、本当に素直に、そう思った。


私、嗣翠に会えてよかったな、って。


嗣翠の考え方とか、言ってくれることとか、やってくれることとか。


他にも対応とかそういうの含めて、ぜんぶ――



「・・・嗣翠のこと、好きだなあ・・・・・・」


「え?」


「え?あ」



やっべ、声に出てた・・・⁉︎


思わぬところでのうっかりミス!


ソファに座ってゆったりしていた私たちの時間が止まる。



「用事思い出した!!!!」


「はい捕まえた」


「ぐえっ」



渾身の逃げを打とうとした私だが、腕を引かれて呆気なく、嗣翠の腕の中に。


嗣翠の膝に、嗣翠と同じ方向を向く形で乗せられて、お腹にはがっちり彼の腕。


捕獲された・・・。


なんとしてでも逃さないという強い意志を感じる。これは負けた。



「・・・椿」


「っ」



熱い息が、耳に当たった。


嗣翠の気持ちがそのまま伝わってくるようで恥ずかしい。



「・・・もう一回」


「な、なんのことやら」


「俺のこと、好き?」



・・・そんなの、今自覚したばっかなのに。


不器用で、冷たくて、でも受け入れる器が広くて、言葉が誰よりも優しくて。


私に「優しい世界」をくれた人。


一ノ瀬 嗣翠。


私は、彼のことが――・・・。



「言って」



指で唇をなぞられながら囁かれる。


背中越しに嗣翠の鼓動が伝わってきそうで照れ臭い。


けど、彼に言葉をねだられたら、私は照れ臭さすら振り払ってしまえた。



「・・・す、き」


「っ、椿!」


「うひゃっ⁉︎」



いきなり肩を押され、私の体はふっかふかのソファに沈みこんだ。


こ、これはなんか、恥ずかしいな・・・・・・!?


恥ずかしいと照れくさいしか言えない私はそういうBOTにでもなったんだろうか。


でも、しょうがないよ。気持ちを自覚したばっかなのにこんなことしてくるから。



「椿、もう1回」


「また!?」


「好き。椿、大好き」


「・・・・・・っ」



私に言葉を求めるのと同じくらい、嗣翠は私に言葉をくれる。


だから、断るに断りきれなくて。



「す、すき!」


「・・・・・・」



嗣翠は嬉しそうに微笑んだ。


その笑顔があまりにも綺麗で、かっこよくて、私は言葉を失う。



「・・・見る目ないね、椿」


「んーん、そんなことない。たぶん、私が一番見る目あるよ」



それだけは、これだけは言い切らないと気が済まない。


恥ずかしくても、自分を大切にしない嗣翠にはわかっていてほしい。


私はこう思ってる、って。



「だって嗣翠は私に『優しい世界』をくれたから」


「・・・椿と会えて、よかった」



嗣翠は、今までで一番優しくて暖かいキスをした。


火事みたいに熱くなくて、雨みたいに冷たくなくて、不思議なくらい甘やかしてくれるキス。



「・・・ん、嗣翠」


「かわいい。これでやっと、椿は俺のだね」


「口に出すな、ばか」



戯れるようなキスを繰り返す。


気持ちが通じ合って、穏やかな空気に満ちていた。


嬉しくて、愛しくて、隣にいたいって思った。


相当、ぞっこんだ。



「愛してる。独りだった俺に、彩りをくれた椿を」



嗣翠が、私にささやいた。


髪を梳いて、口付けて、囁いて、頬を撫でて、微笑み合って、また唇を重ねてくる。


この時間は、何よりも安らかだ。


私が望んだ、「優しい世界」。



「――私も」



ああ、ようやくだ。


これがきっと、お父さんとお母さんが見ていた世界。


私がかつていた世界。


優しくて明るい、愛に溢れた世界だ。



「・・・・・・愛し、てる。嗣翠は優しくて、あたたかくて、誰よりも大切」



例えば、自分を犠牲にしやすいところ。


例えば、誰かを助けるために自分が罪を負うところ。


例えば、人に冷たくする割には会話に付き合っているところ。


例えば、私の大切な人まで大切にしてくれるところ。


例えば、私のすべてを理解しようとしてくれたところ。


挙げたらキリがない。


恋は理屈じゃないとはよく言ったものだが、ううん、違う。


これは「愛」だ。



「・・・ねぇ嗣翠、『好き』と『愛してる』の違いって知ってる?」


「知ってる」


「ふふ、さすが嗣翠」



ふにゃりと笑うと、そんな口を閉じるようにまた嗣翠は唇を塞いできた。


今度は激しくて深くて、私の奥深くをこじ開けようとしてくるみたいなキス。



「んん、まって、激し」


「もう待ってあげない。我慢の限界」



ずっと深いキスしたかった、なんて。


やっぱり面と向かって言われるとやばい。



「んむ、恥ずかしくて、死んじゃうから・・・」


「だとしても・・・。足りるわけない、もっと」


「しすい・・・っ」



嗣翠のキスを受け入れながら、私はふと、いつかに調べた「好き」と「愛してる」の違いを、ぼんやりと考えていた。



『へー・・・こういう違いがあるんだ』



「好き」は相手に惹かれている、だから相手にも惹かれていてほしいという自己中心的な願望。


でも、「愛してる」は――



「・・・愛してる、椿」


「・・・・・・へへ」


「っ、椿も言ってくれないの?」


「んー・・・・・・ふふ」



「愛してる」は、無償の愛情。


見返りを求めず、ただ相手に幸せであってほしいという願い。


もちろん「好き」がダメってわけじゃない。もちろん嬉しい。


だけど私たちの感情は、「愛してる」だ。


そう確信できた。



「・・・愛してるよ、嗣翠」



何度も言おう。そして、何度も聞こう。


ようやく光が見えた世界で、もっと明るく生きていけるように。


また何かあっても、支え合えるように。


自分を大切にしないお互いを、相手が一番大切なお互いが、大切にできるように。


そんな決心の中、ひたすらに嗣翠の愛を享受し続ける。


今日は幸せな1日だと、身をもって感じていたのだった。