「ちょちょちょちょ、どしたの嗣翠、急に」
「・・・椿」
不満そうな嗣翠に押されて、また私は空き教室にやってきた。
到着するなり頬や首、鎖骨に唇を落とされて、私は慌てまくる。
「汗かいてるって言ったのに・・・」
「関係ない。・・・・・・椿のこと、あの晴哉とかいうお前の友達以外、男全員惚けて見てた」
「え?」
晴哉くん以外が?なんだって?
どういうこと?
「ただでさえいつもと違うポニーテールでうなじ見えてるのに、汗で色気も出すから」
「い、色気?」
予想外のことしか言ってこなくて意味わからない。
誰が色気出してた?私が?そんなのありえない。
「ポニーテールは仕方ないって思ってたけど、色気は流石に許せない」
「そんなこと言われましても・・・」
「はあ・・・・・・椿は俺のでしょ?」
確かに、言い様によっては私は「一ノ瀬 嗣翠の」だ。
でもそれはベルガモットとヤクザとしての話なんだけど・・・。
「他の男にかわいいとこ見られると、むかつく」
「・・・・・・・・・・・・」
本当にこの男、一ノ瀬 嗣翠でしょうか。
これは物議。二重人格説出てきた。甘過ぎ。
「・・・嗣翠、わかったから、一回」
首とかキスされると、くすぐった過ぎて。
身を捩るけど、私の体は変わらず嗣翠の腕の中。
「まだだめ」
「っ・・・!」
ちゅう、と嗣翠には似合わない音が響いた。
鎖骨のあたりに唇をつけた嗣翠が、そこを強く吸う。
「ちょっと嗣翠、何して・・・っ」
「痕つけてんの。服きてれば見えないから大丈夫」
あ、痕⁉︎
ももももしかしてそれって、キスマークってやつ・・・⁉︎
それって女性の口紅じゃなかったんか!!
「・・・ん、ついた。俺のって印」
「ねえ、私は嗣翠のじゃ――」
「そう?でも、そのうちなるから」
「・・・・・・大した自信で」
「わかってるくせに」
やっぱり、嗣翠には負けてばかりだ。
キスされなかっただけマシか、と私はなんとなく嗣翠を許してしまった。
私も相当、甘いな。
・・・嗣翠だけだけど。
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そうして球技大会は幕を閉じた。
バスケットボールは晴哉くんの情熱無双で優勝、ドッヂボールもりかちゃんの怒涛の逃げが刺さってなんとか準優勝にまでこぎつけた。
私たちのクラスは嗣翠のクラスに次いで2位。
総合優勝は逃したけど、十分な結果だ。
それで打ち上げがあって、そこでもまた嗣翠と色々あったりしたんだけど、まあそれは別の話だ。
「うー・・・やっと昼休みだ」
「晴哉くん、めっちゃ先生に当てられてたね」
「いびきかいて寝るからよ」
そして、今日。
平常授業に戻り、クラス全体ががっかりした雰囲気を出している。
打ち上げ盛り上がったからなあ。イベントショックはすごい。
学食に行こうと腰を上げると、廊下が少し騒がしいのに気がついた。
「・・・嫌な予感するなあ」
「これは成瀬先輩か朝比奈先輩か、どっちかと見た」
やっぱりりかちゃんもそう思うか。私もそう思う。
あれからりかちゃんと晴哉くんに聞いたけど、学校の双璧とも言われる完璧イケメンはその2人だけらしいし。
でも、これはたぶん――
「朝比奈はアポ取ってるわけ?今日の椿の昼休みは俺のなんだけど」
「今日の、じゃなくて今日も、だろ。お前の了承を取ってたらいつまでも話ができない」
「昼休みじゃなきゃ許さないこともない」
「信用できねー」
「え」
「ああ、やっぱり・・・」
嫌な予感はこれか。
そう。
朝比奈先輩であると思われる超絶イケメンと、この世の美を全て手に入れた美貌の嗣翠が並んで教室に来ていた。
・・・なんだこの美術品は。
この中に私が混ざる予定ってまじか。美術品の中に不純物は混ぜちゃいけませんって習わなかったのか。
そして。
「・・・・・・そういうことね」
「え、何が?」
「廊下がうるさかったのってこのせいかって」
朝比奈 晃太郎、か。
やっぱりそれは違う戸籍だろう。
「・・・・・・・・・」
私は朝比奈先輩の顔をもう一度見た。
間違いない。
『え、まって、うそ・・・・・・⁉︎』
幼い頃の記憶が、自然に浮かび上がった。
彼の名前は「太陽」。
私が今は『殺し屋アルケー』となっているみんなと一緒にいた頃の、仲が良かった仲間たちの1人だ。
「・・・八神 椿、だったか」
「気安く呼ばないで。減る」
「じゃあ何と呼べと?」
「・・・・・・・・・・・・」
元気よく嗣翠と軽口を叩いている太陽は、私に視線を向けた。
「俺は朝比奈 晃太郎。お前の昼休みを貰いたい。いいか?」
「お前って呼ぶな」
「だから何と呼べと?」
とりあえず嗣翠の理不尽さに申し訳なくなった。
「朝比奈近いよ。あと3メートルは離れて」
「お前のほうが近ぇだろうが」
「はあ・・・・・・」
結局、この2人とご飯を食べることになってしまった。
いや、わかってたよ。2人が並んできた時点でわかってたよ。
でも何で私が。何で、私が、いるんでしょう。
「ねえ、私ここにいなきゃだめ?」
「当事者が何を言ってるんだ」
「やっぱり俺と別のところに行こう、椿」
「却下だ成瀬」
「お前に聞いてないんだけど」
嗣翠の言葉の槍がすごい。視線の冷たさも相まって南極みたいだ。
それで平然としていられるあたり、さすがは太陽。
「・・・・・・朝比奈先輩」
「何だ」
「・・・・・・・・・・・・初めまして」
あえてそう言うと、太陽はふん、と鼻から息を吐いた。
「・・・ああ、そうだな」
「・・・・・・」
嗣翠も気づいただろう。この初めましては初めましてじゃない。
久しぶりだね。その意味での初めましてだ。
「あとで詳しく」
それだけ言って、嗣翠は自分の大盛りハンバーグ定食を食べた。
その量、どこに入るんだろう。
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放課後。
説明に選ばれたのは嗣翠の私邸、つまり私たちの家だった。
「改めて。久しぶりだね、『太陽』」
「・・・ああ。久しぶり、『つばき』」
私たちは数年ぶりに名前を呼び合った。
何とも言えない気まずさが流れ、私は沈黙してしまう。
「・・・・・・」
そんな重い空気を破ったのは、太陽だった。
「つばき」
「・・・うん」
「本当に、悪かった」
「・・・・・・・・・」
太陽は、深々と頭を下げる。
・・・だから、気まずかったんだ。
太陽は私を見つけたら謝ってくるだろうなって、思ってたから。
「生きててよかった・・・。あの日からずっと、探してたんだ」
「・・・・・・そっか、いなくなっちゃってごめんね」
「いいや。俺が悪かった。本当にごめん」
完全に蚊帳の外でも、嗣翠は口を挟んだりしなかった。
たぶんなんかあったんだろうな、っていう目で、静かに私たちを見守っている。
それが、何よりもありがたかった。
「つばき、頼む。・・・俺から、成瀬に・・・一ノ瀬に、説明させてくれないか」
そんな気配を感じ取ったのか、太陽は私にそう問うた。
太陽が帰ってから自分で話そうと思ってたのに、太陽は自分の責任を果たそうとしているらしい。
・・・つくづく、太陽らしいな。
「うん。お願い」
私は静かに頷いた。
私から話すべきだったのか、太陽に甘えてよかったのか。
どっちでもいい。嗣翠には知っておいてほしかった。
「俺たちの灰街での生活と、それから6年前の事件について」
眼裏に浮かぶのは、赤々と燃える炎。
熱くて、怖くて、辛くて、悲しくて、苦しい。
それまでの私のすべてを壊し、今の私のすべてを作るきっかけとなった炎だ。
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