朝比奈 晃太郎さんとやらのところまで案内してもらう道中。


私はぼんやりと朝比奈さんのことを考えていた。



『朝比奈 晃太郎っていう先輩。中間考査で1000点満点だった2年の人で、サッカー部でさ。』


『あの人は――灰街出身なんだよ』


『え?』


『施設で保護されたんだって。灰街の改善事業が始まるきっかけになった人だ』



・・・・・・灰街出身、か。


学校に通っている人のことはあまり調べていないから分からないけど。


もし朝比奈さんが年齢詐称をしていなくて、かつ灰街出身なら、十中八九『殺し屋アルケー』に関わっているだろう。


彼らは元々若者の集まりだ。人間嫌いでない限り加わっているはず。


から、彼が私に接触してくるのは、私が灰街出身であることがバレた?


それとも、もう1人の1000点満点だった嗣翠と一緒にいる私に興味を持っただけ?


・・・・・・ちょっと、確かめる必要があるね。


私が灰街にいたときすら、仲間は100人くらいいた。


そのすべてを覚えてはいない。


朝比奈さんがいたとしても、私はわからない。


けど、もし彼らが私を覚えていて、私を探しているとしたら。


「つばき」という名前の女子と全員接触してもおかしくない。


・・・・・・とはいえ、今は彼らと会うのは避けたかったんだけどな。


嗣翠がアルケーのことを保留にした以上、私が原因で事態が動くのは嫌だし。



「・・・・・・あの」


「ん?」


「何で朝比奈さんが私を呼んでるんですか?」


「そんなのわかんねーよ。でも頼まれたんだから呼んでくるしかねーじゃん」


「朝比奈さんは今何を?」


「球技大会の運営関連を確認するっつってた」



ああ、そういえば晴哉くんが生徒会やってるって言ってたっけ。


そういうところが嗣翠とは違うみたいだ。


まあ、ともかく知り合い使って私を呼ぶような人じゃなくてよかった。


・・・・・・嗣翠は私が呼ばれてること知ってるのかな。



「って、あ」


「げっ」



そんなことを考えていると、曲がり角を曲がった先に嗣翠が見えた。


おっ、ラッキー。この状況どうにかできるかも。


呼びに来た人もそれを思ったのか、嗣翠を見るなり失礼な声を上げた。



「・・・・・・椿?」


「嗣翠、これから試合?」


「いや、椿を迎えに行くところだった」



迎えに?試合はりかちゃんたちと見るって言ったけど・・・・・・。


・・・・・・そっか。そうだよね。ナイス嗣翠。



「椿、そいつは?」


「ああ、なんか朝比奈さんって人が呼んでるって」


「そう。でも悪いね、俺が先約だから。行くよ椿」


「あ、わかった」


「ちょ!?」



自然に手を捕まれ、私は呼びに来た人から離れた。


その人は慌てるが、嗣翠に冷たい目で見下ろされるとびくっと震えて黙り込む。


・・・・・・すっごい冷たい目。


最近ずっと甘くて熱いから忘れかけてたけど、そういうば嗣翠って冷たいんだっけ。



「だめだよ、ちゃんと断らなきゃ」


「ごめんなさい嗣翠先輩。断るに断りきれなくて」


「じゃあしょうがないね」



なんなんだろうこのロールプレイ。


嘘の約束の話をしながらにこやかに会話していると、呼んできた人はおろおろ、おろおろ。


申し訳ないけどこっちの事情があるから勘弁して欲しい。



「じゃあ行こうか」


「はい。失礼します」


「え、あ・・・・・・!」



助かった。


踵を返しながらありがと、と呟いたが、嗣翠は何を言わなかった。




嗣翠に手を引かれて連れてこられたのは、誰もいない空き教室だった。


なぜか涼しい。エアコンがついているらしい。



「なんで涼しいの・・・・・・?」


「俺と椿の試合以外ここでサボろうと思ってつけた」


「な、なるほど」



気になってつけてみたものの、嗣翠の声はちょっと冷たい。ご機嫌ななめらしい。



「・・・・・・で?朝比奈に呼ばれてたらしいけど」


「うん。なんか急に、呼んでるから来いって」


「・・・・・・ふーん」



むん、と嗣翠は不満そうに目を逸らした。


いつもと違う、特に私にあんな大人のキスをしてきたとは思えない子供っぽい反応がなんだかかわいい。



「朝比奈さんって灰街出身らしいけど、何か知ってる?」


「特に何も。でも逆に、『朝比奈 晃太郎』の戸籍がちゃんとしたものだと思う?」


「いや。多分別の誰かの戸籍だと思う。私だって同姓同名の別人の戸籍だし」


「だよね。調べれば、灰街出身かどうかはすぐわかる。だけど問題は――」


「アルケーの一員かどうか、ね」



『殺し屋アルケー』には、それぞれ役職付けがされてあった。


高校での情報収集の役目があってもおかしくない。


けどそれは確かめられるか分からない。


彼の『朝比奈 晃太郎』が偽名だったら、名簿から彼の名前は探せないからだ。



「・・・・・・なんで私を呼んだんだろう」


「可能性のひとつは俺と仲がいい人に興味を持っている、もうひとつは仲間の椿を探している、か」


「やっぱりそのどっちかだよね・・・・・・」



嗣翠の意見も同じだったらしい。


だけどここでひとつ気になることがある。


わざわざ今私を呼ぶ必要性だ。


生徒は全員試合に出るんだから、私に興味を持っただけなら試合を見てからでもよかったはず。


ということは。



「はいストップ」



すると、嗣翠が私の頬をむにゅっと手で挟んだ。


「しすい?」


「俺といるのに他の男の考えるの終わり。気分がよくない」



嗣翠はやっぱり拗ねた様子だ。


・・・・・・うん、さっきも思ったけど、かわいい。



「嗣翠、やきもち?」


「そうだと言ったら?」


「・・・・・・」



嗣翠が、やきもち。


なんか、胸があったかくなる。


なぜかはわからないけど、嬉しい、ような。


うーん。



「ちょっぴりいい気持ち、かも」


「いい気持ち?」


「わかんない、けど・・・・・・なんか、ほわあっと」



だめだ、恋愛が関係すると致命的に語彙力が低下する。


でも嗣翠には伝わったらしく、嗣翠は少し頬を緩めた。



「椿」


「なに?」


「試合まだだよね?おいで」



嗣翠はそこらへんの椅子を引くと、そこに座って手招きしてきた。


お、おいでがきた・・・・・・!嗣翠のおいでの破壊力・・・・・・!?



「お、おいでって、どこに・・・・・・」


「膝の上。向かい合って」


「や、やだ。恥ずかしい」


「家ではもっとすごいことしてるのに?」



ぶわっ、と嗣翠のキスを思い出して、私は頭を抱えた。


いやもうほんと、あれ、される度に死にそうになるんですよ。


ふわふわして、熱くて何も考えられないんだよ。



「・・・・・・ほら。来ないとみんなの前でキスするよ」


「鬼」


「それを揉み消すのは椿だもんね?」



そう、それだよ。


そうやっていつも逃げ道をなくしてくる。


私は、いつだって逃げられない。



「おいで」


「・・・・・・・・・・・・」


「偉い」



スカートなので、横向きに嗣翠の膝に乗ると、嗣翠は満足そうに笑ってぐっと私の腰を捕まえた。



「・・・・・・やきもち、嬉しかったんだ」


「う、嬉しいっていうか・・・・・・・・・・・・うん」


「・・・・・・」


「な、なにニヤニヤして、ん」



嗣翠は遠慮なく私の言葉を吸い込んだ。


学校でキスをするのはこれが初めてだ。今までずっと家だけだったのに。


一度許すと、嗣翠は止まらない。だから止めないといけないのに。


力が抜けて、また頭の中が嗣翠でいっぱいになって、頭が回らない。



「待った、人が来るかも・・・・・・っ」


「来ないよ。みんな観戦に行った」


「で、でも見回りとか・・・・・・」


「うるさい。黙って」



嗣翠は問答無用でキスしてくる。


サボり防止の見回り、絶対いるのに。


また買収した先生を使っているのか。


嗣翠は教室の外を気にする様子もなく私を貪った。



「はぁ・・・・・・ほんとかわいい。好き」


「っ」



やだ、そんなことキスのときに言わないで。


薄ら開いている瞼の間から覗く瞳が、私を吸い込んで。


もう抜け出せなくなって、溺れてしまう。



「椿」


「ん・・・・・・」


「そう、鼻で息。口開けて」


「待って、だめ・・・・・・」


「だめじゃない。大丈夫、かわいいから」



頭を撫でられながら、口に舌が入ってくる。


嗣翠は口では命令してくるけど、その手つきや声は優しくて私を想ってるのが伝わってくる。


だから拒絶できないし、そもそも嫌じゃないし。



「・・・・・・いけない気分だね」


「い、けない?」


「学校で、秘密の関係の俺たちがキスしてる」



それも、深いやつ。


微笑んだ嗣翠は私を見つめて、小さい声で囁いてくる。



「・・・・・・バレないといいね?」


「うそつき。バレないってわかってるくせに」


「・・・まあね」



嗣翠は私の髪を梳きながら、機嫌がよさそうに首を傾げる。



「・・・・・・あともう少し、かな」


「何が?」


「椿が、堕ちるまで」


「・・・・・・!」



そういうの、せめて私がいないときに呟いてよ。


相も変わらず嗣翠はいじわる。


私が何も言えないポイントばっか突いてくるんだから。



「・・・・・・あれ?否定なし?」


「嗣翠のばか。あほ。まぬけ。」


「ふふ、ごめん椿。つい」


「ふん」



ぽかぽかと胸を殴ると、嬉しそうに嗣翠は笑った。


別に怒ってないのがバレバレらしい。


なんだかんだで、嗣翠の言う通りなのが悔しかっただけだ。







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「・・・・・・」



試合が近づいてきて、私と嗣翠は別れてそれぞれ準備をし始める。


そして、先程嗣翠が私に言ってきたことを考えていた。




『そうそう、朝比奈の件だけど』


『ん?』


『「殺し屋アルケー」と敵対するつもりはないから、朝比奈と会って大丈夫だよ』


『え』


『どうせ自分じゃなくて、俺のこと考えて躊躇ってたんだよね』


『・・・・・・』



私の考えることは嗣翠にはお見通しだった。



『・・・・・・ありがとう、嗣翠』



だけど、それはお互い様なのだ。



『私を気遣ってくれたのわかってる。ありがと』


『・・・・・・んー?』



ふふ、と嗣翠は笑って誤魔化した。


それは、私たちにだけわかる肯定の言葉だった。




・・・・・・ということもあり。


私は、朝比奈さんに会ってみようと思う。


関係なかったらそれでよし。


何かあったらなんとかすればいい。


まあ、まずは球技大会だ。


勝たなければ嗣翠のコスプレ見れないし、私がコスプレだし。


これは勝たないとね。


・・・いやほんと、割と本気。


だってコスプレでしょ?嗣翠しないで私だけとか、許せない。



「なんか椿、やっぱり燃えてんね?」


「うん。燃えてきた」



目指せ嗣翠のコスプレ姿。


私はスポーツドリンクを飲み干すと、髪をポニーテールにまとめてコートに向かった。








一戦目。


いきなりバド部エースとの対決でなかなかにピンチ。


一セット目は取られたけどそこから巻き返しで勝った。




二戦目。


バドミントンが一番強そうだから、という理由で選んだらしい女の子。


ストレート勝ちした。




三戦目。


女子テニス部の部長。なぜかガンめっちゃ飛ばしてきた。


嗣翠がなんとかって言ってたからこの人もファンかも。


ストレート勝ち。隅で見てた嗣翠が笑ってた。




四戦目。


これに勝てば決勝。バド部の経験があるハンドボール部の人。


流石に手強かったけど嗣翠ほどじゃないと思う。


1−2で勝ち。






そしてついに。



「やったじゃねーか椿!これに勝てば優勝だぜ!」


「まさかここまで進むとは・・・椿すご」


「ありがとう。よかった、無事に決勝に来れて」



無事に決勝にやってきた。


こちらの応援、晴哉くんとりかちゃん。


2人とも小さいうちわを持って、ウキウキした目だ。


優勝しちゃえ!とか言ってるけど最後がどれだけ難しい相手であるかわかっているんだろうか。


対するはもちろん、嗣翠。


ここまで一点も失点せずにきたらしい。嗣翠の容赦がなさすぎて涙が出そうだ。


応援とか人数すごい。あれ何列あるんだろう。ライブ会場かな。



「最近椿はますます成瀬先輩と仲良いみたいだし、くぅー!燃えるねぇ!」



りかちゃんは完全に観戦気分だ。私の心境など知ったこっちゃないみたい。



「・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・」



私と嗣翠は無言で視線を交わした。


なんともいえぬ雰囲気に火花が散る。


・・・さあ、最後の勝負だ。



「・・・っ」



サーブはネットすれすれに落ちてきた。


最初から私を落としにきてると察してヘアピンで返す。


それを私はまたすれすれに返すと、今度はドライブショットの打ち合いが始まって――








✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼








なんなんだ。


なんなんだあの怪人は。


体力おかしすぎだって。



私はりかちゃんがくれた新しいスポーツドリンクを一気に半分飲み干した。


試合開始からもう何十分も過ぎた。


あまりに試合に決着がつかないから、引き分けということで終わってしまった。


・・・煮え切らない。



「勝ちたかったー」



首の汗を拭きながら言うと、うちわを鞄に仕舞った晴哉くんは苦笑した。



「流石に成瀬先輩は化け物だな。去年の球技大会も無双したって話だし。あそこまで粘ったのはよくやったよ」



そう。


一戦目は当然のように嗣翠に取られた。


だけどなんとかギリギリ次のセットは取って、三戦目は一向にラリーが終わらない。


私は息も絶え絶えになりながらやってたって言うのに、嗣翠ったらもう、まだあと一戦いけますって感じなんだもん。


引き分けってことにはなったけど、負けた気分だ。


というか、引き分けになってなければ負けていた。


・・・コスプレ、どうなるかな。



「・・・どっちも勝ち?いやどっちも負けの可能性も・・・」


「なんの話?」


「んー、なんでもないけど」



嗣翠は、どっちも負けって言い張るだろうな。


俺は椿を舐めてたから勝ちじゃない、とか言いそう。


・・・私も嗣翠もコスプレかあ。


ちらりと嗣翠を見ると、タオルやスポドリを貢ごうとしてくる女子たちを無視して離れたところで汗を拭いていた。


うーん、汗を拭いているところも絵になるなあ。


汗の匂いとか惚れ薬になるんじゃないだろうか。


そんなことを考えていると、嗣翠がこっちを見た。


胸のあたりを掴んで服をパタパタしながら嗣翠を観察する私に気づくと、少し固まって、そこから荷物を持ってずんずんと近づいてくる。



「え」


「ちょ、椿!成瀬先輩こっち来てるよ!」


「し、知ってるけど、なんでこっちに・・・?」


「俺たちが聞きてぇよ!」



それはごもっともな意見だ。


でも今来るのやめてほしい。汗拭きシートを使ったとはいえ、まだ汗の匂いは残っているのに。



「い、今はだめです!」



ほどほどの距離で手のひらを向けて静止すると、嗣翠は不満そうにしながらも立ち止まってくれた。



「なんで?」


「汗臭いので。だめです」


「気にしない」


「私が気にします!」


「・・・・・・」



嗣翠は不満そうだ。


私をじーっと見て、やっぱり近づいてくる。


な、なんで⁉︎



「その言葉、そっくりそのまま返す」


「どういうことですか⁉︎」


「そこの2人」


「「は、はい!」」



冷たい声に、射竦められたりかちゃんと晴哉くんはビシッと敬礼。


あ、これ2人庇ってくれないやつだ・・・。



「椿、借りてくね」


「どうぞどうぞ!」


「借りてっちゃってください!」


「だって。ほら行くよ」


「ええええええ」



一応気遣ってくれたのか嗣翠に背中を押されるだけだったけど、この嗣翠は体育館じゃなきゃ問答無用でお姫様抱っこしてた。


私はどこで嗣翠のスイッチを押したんだ・・・?


ずっと首を傾げながら、とりあえず嗣翠に従ったのだった。