「ちょっとちょっとちょっとちょっとちょっと!!!!!!」


「何何何何」



教室に入るなり光速で迫ってきたりかちゃん。


目がぎらぎらしていてなかなか怖い。


どうしたんだと思っていると、様子が変なのはりかちゃんだけじゃないのに気付いた。


晴哉くんを始めとする、クラスのみんなも私を般若の形相で見つめている。


そういえば、教室に来る道中も視線を感じてたけど、もしかして私本当に注目されてる?



「あんた、成瀬さんには興味ないんじゃなかったの⁉︎一緒に登校ってどういうこと⁉︎」



ああ、それか。


私は騒ぎの原因に大いに納得した。




――昨日、私は嗣翠に「友達を作れ」と言ったわけだが。



『周りのやつらには怖がられてる。話しかけても知り合い止まりが関の山だよ』


『ええ・・・・・・』



普段どんだけ冷たいの、とちょっと呆れかけていると。



『だから、学校でも椿が一緒にいてくれる?』


『え?』


『お前の望む「普通」を教えてくれるんでしょ?』




――とまあ、なんかそんな感じに丸め込まれて。


私は結局、嗣翠と学校でも仲良くすることになったのだ。


確かに、嗣翠と関わるのが私であれば情報操作も自分の身を守るのもやりやすいし。


学年はあっちが一個上だけど、そっちの方が嗣翠も私もやりやすい、ということでまとまってしまい。


今日は、2人で一緒に登校してきたのだ。



「成瀬先輩は電車で偶然会っただけだよ」


「駅で偶然会っても、成瀬先輩と談笑しながら登校してくるなんて普通は無理なの!」



毎度思うけど、どんだけ冷たい反応してたんだ嗣翠。


嗣翠の事情があったわけだし否定はしないけど、嗣翠は本来優しいんだから複雑。



「ねえりかちゃ」


「椿」



私の両肩をがしっとりかちゃんが掴む。


うっ、なんだかとてつもなく嫌な予感。


これはとりあえず、この場から逃げた方が・・・



「色恋の予感を、私が逃すと思う?椿」


「え、色恋って何、ってかりかちゃん恋バナに興味あったっけ、じゃなくてちょっと落ち着い」


「椿!」


「は、はい!」



たらりと冷や汗。


なんかよくわかんないけど晴哉くんと他の女子たちも怖い顔で迫ってきている。



「進展と心境、詳しく聞かせてもらおうじゃん」


「ねー?」


「逃さんぞ、椿」



なんで晴哉くんまで、いやそもそも進展って何。


とりあえず厄介なことになったのだけはわかった。


うう、どうしよう。



たたかう
にげる ←
アイテム



「憲法38条1項に基づき黙秘権を行使します」


「はぁ⁉︎ちょ、ずるいよ!」


「認めません」


「りかちゃん横暴・・・⁉︎」



くう、だめか。暴走したりかちゃん強し・・・。


別の方法しかない。



たたかう
にげる
アイテム ←



「ほら、晴哉くんから巻き上げた100円あげるから手を引いて」


「100円より進展」


「吉田くんの100円とかどうでもいいから心境」


「それに使うくらいなら返せ!」



・・・だめっぽいな。


うーん、じゃあどうしよう。



たたかう ←
にげる
アイテム



「りかちゃんこそ、晴哉くんとはどうなわけ!」


「は、はははは晴哉⁉︎どど、どうしたもこうしたもないよ!」


「は⁉︎いきなり何言っちゃってんだよ!おかしいぞ、椿!」



あ、これはいけるぞ。


よしこの路線で行こう。


私は顎に手を添えて捜査官の気分で片眉を上げた。



「あれあれぇ?お二人とも、なんか怪しくなーい?」


「確かに怪しい・・・」


「実際のところどうなんだろうって実は気になってたんだよね」



よしきた。


みんなの矛先が2人に向かった瞬間に、私はスクールバッグを机の横にかけて教室を飛び出した。



「あっ、逃げた!」


「さてはハメたな⁉︎」


「ちょっとお花を摘みに行ってくるー」


「足早っ」



私は全速力で逃げた。






✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼







「くくくっ」


「そこ笑うとこですか?大変だったんですけど」



昼休み。


私と嗣翠は、学食でラーメンを食べながら話していた。


あくまで人のいる学食でなので、私は「成瀬先輩」に話すわけだが。


朝のことを包み隠さず話せば、なんと嗣翠に笑われた。


もうちょっと自分のせいだという自覚を持って欲しい。


この事態を予測しなかった私も悪いけど!



「ごめ、憲法の黙秘権の場所まで出すとは・・・・・・くく、ふっ」


「ラーメンに牛乳混ぜますよ」


「なんか地味に合いそうだな」


「・・・確かに?」


「ぷっ、くく・・・・・・」



いつまで笑うんだこいつは。


もう、と不服そうに唇を尖らせると、やっと嗣翠は笑いを収めてくれた。



「ふふ・・・・・・でも実際のところ、嫌じゃないんじゃない?」


「ん、まあそですね」



りかちゃんも私も、結局は追いかけっこを楽しんでいた。


私がずっと求めていたのは「普通」というよりも、「幸せ」だったのかもしれない。


笑えていれば、なんでもよかった。



「なら、やめるわけにはいかないな」


「ふふ、はい」



今も視線を感じる。


嗣翠が笑ってたし、私と一緒にお昼を食べてるし。


ちなみにりかちゃんは晴哉くんとクラスメイトと遠目に私たちを凝視しながらともにご飯を食べているようだ。


それでも、楽しいからやめられない、止まらない。



「中間考査は大丈夫そう?」


「余裕です。今までと比べたら」


「なるほど」



まだ私の昔について詳しく話してはいないが察したらしく、嗣翠が小さく笑った。


私は年齢詐称で高校に入ってるわけじゃない。


正真正銘の15歳、誕生日はまだだ。


それにも関わらず、私は情報屋「ベルガモット」として仕事をしていた。


もちろん、技術の習得には血の滲むような思いをしましたとも。


あれに比べたらこの程度、なんてことない。



「まあそれはともかく、そういえば考査の後の球技大会って何するんでしたっけ?」


「バスケ、バレー、卓球、バドミントン、ドッヂボールのどれかに出る」


「ふうむ・・・」



ぶっちゃけ私は人よりも身体能力が高い。


情報屋とかやってたわけだし、自分の身は自分で守れるようにならなきゃいけなかったから。


スポーツマンの晴哉くんとも僅差で負けたのはそういうこと。



「しす・・・・・・じゃなくて、成瀬先輩、球技大会勝負しません?」


「勝負?」


「正直敵う気はしませんけど、面白そうなので」


「上等」



嗣翠は最後のしなちくを食べてから水を飲み下して、不適な笑みを浮かべた。



「種目は?」


「邪魔が入らなそうなバドで。手加減しないのでお手柔らかに」


「求めるのは過程じゃなくあくまで勝利、か。じゃあこっちも手加減しないから、お手柔らかに」


「断固拒否ですね」


「っ、ははっ、やっぱり椿と話してると飽きないな」



ざわ、と周りが荒れた気配がした。


何人かその場で昇天している人もいる。


わかるよ、私も最初見たときびっくりしたよ。


これは学食から帰ったときも問い詰められるパターンだな。


次の授業は・・・ゴシップ好きの先生の生物基礎か。これはピンチ。


でも面白いから隠し通そう。


1人ほくそ笑みながら、私は麺を啜るのだった。







✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼







さて。


私は高校に入る前から幸せな生活に憧れていて、少女漫画や女性向け小説なんかも嗜んでいたわけだが。


そこにはとある展開があった。


「過激ファン」による嫌がらせである。


一ノ瀬・・・じゃなかった、成瀬 嗣翠はその美貌からとてつもない人気を博している。


だから、現実でもいわゆる「みんなの成瀬様なのよ!!」的なことを言ってくる人がいるんじゃないか。


気が乗らないが、私がいじめられるのは普通に嫌なので対処するしかあるまい。


降りかかる火の粉は払わないと、火をかぶるのは私を守る嗣翠だ。



















結論から言おう。


「過激ファン」はいた。さすが成瀬 嗣翠。イケメンは格が違う。




――生徒玄関にて。


私の下駄箱の扉を開けると、靴が落書きまみれになっていることに気がついた。


「ブス」「不釣り合い」「ばか」「しね」「消えろ」「あほ」「ブス」「ブス」「ブス」・・・・・・。


やっぱり見た目を非難する声が多い。わかってたけど。


白い外履だったものは無惨な姿になっている。



「さーて、帰るか」



そんなことも気にせず、私は自分の下駄箱に入っていたものを取り出して地面に置き、履――かない。


私はバッグの中から本当の私の靴を取り出した。


見せつけるようにゆっくりそれを履いていく。



「――っ、あんた!!!」


「はい?」



ああ――釣れた。


面倒に思いながら振り向くと、影からずっと見ていた女の子集団は顔を真っ赤にしてわなわなと震えている。



「あんた、どういうことよ!」


「何かおかしなところがありました?」


「っ、八神 椿、お前はあの方と――」


「ああもしかして、靴に落書きをしたのになんの反応もなかったからですか?」


「!!」



簡単な話だ。


相手が怒れば冷静さを欠く。


そうすれば簡単に自分で首を絞めてくれるし、玄関っていう人が多いところで自爆してくれる。


私は、何も悪くない。


だって、「いじめられてたけどモノともしなかった強い人」なだけだから。



「それとも、スクールバッグを捨てようとしたら私がスクールバッグを持ち歩いてたから?机に落書きしようとしたらクラスのみんなに邪魔でもされたんですか?」


「・・・っ」


「それとも、私を体育館倉庫にでも閉じ込めようとしてました?ごめんなさい、私体育館倉庫の鍵、『偶然』先生にそこの戸締りをお願いされてたので持ってたんです」



視界の隅――過激ファンの彼女たちからは死角の位置で、嗣翠が話を聞いていた。


さっきからむっすりしているが、お腹でも減ったんだろうか。



「許さない・・・!許さないわよ八神 椿!ぽっと出のあんたが、嗣翠様の隣を埋めるだなんて!!」



なんか勘違いしてるみたいだけど、私は嗣翠の彼女じゃない。


けどまあ、彼女って思っちゃうのも無理はないよね。


隠し通すって決めちゃった以上、彼女を否定しても周りが否定してくれないっていうか。


今の関係を言えないからそれで誤魔化すしかないっていうか。



「あんたなんかが釣り合うわけないじゃない!!」


「で?」


「・・・え?」


「なんであなたたちから『釣り合ってる』って評価をもらわないといけないんですか?今の私たちの関係を選んだのは『彼』と私。あなたたちは第三者に過ぎません」


「あ、あたしたちは、あなたよりもずっと前から・・・」


「時間は好感度に比例するんですか?終身雇用制は時代遅れですよ」


「・・・・・・っ!!!」



彼女たちの1人が、怒りのあまり手を振り上げた。


平手打ちでもするつもりだろうか。哀れなことだ。少しでも冷静になれれば今の状況も把握できただろうに。



「っ、な・・・⁉︎」



予想通り、私が動かずともその手は私には届かなかった。



「嗣翠様・・・⁉︎」


「俺、君に名前呼び許したっけ?」



嗣翠は私が平手打ちに対して動かないと知っていたのだろう、私の反応は少しも気にせず吐き捨てた。


私を叩こうとしたその手は、嗣翠によって叩き落とされている。


それから私を見て、頬を撫でてきた。


・・・なんか嗣翠、なんか、なんか・・・瞳が、優しすぎるんですけど。


いつの間にそんな瞳できるようになったのかな。



「・・・怪我はないね?」


「はい。『嗣翠先輩』」


「!!!」



・・・さすがに、ここまでにしてあげるか。


彼女たちが今までこの学校にいたのは、今までは嗣翠が特定の人と関係を持たないために彼女たちを利用していたからだ。


いくら不愉快だったからと言っても、利用されていたおかげでここまで拗らせたこの子たちにこれ以上言うのは、正直良心が痛む。


まあでも、正論しか言ってないのにね。


嗣翠に対して恋心拗らせちゃうのは気持ちがわからんでもないから。


嗣翠に直接「お前ら気持ち悪い」というよりはダメージが少な・・・いやどうかな、わかんないけど。


それには検証するほどの価値を感じないし。


私は地面に置いたままになっている落書きだらけの靴はそのままに、中履を見せつけるように袋に仕舞い、一礼した。



「じゃあ、あとはよろしくお願いします、『先生』」


「えっ・・・⁉︎」


「おう、気をつけてなー」



ちょうど話を聞いていた――というていの、嗣翠が入学するとき買収されていたとある先生は、彼女たちに向きなおる。


そこまで見て、私と嗣翠は踵を返して帰路についた。



「お前ら、八神にいじめしてたな?証拠は押さえてる」



証拠は、さっきの一連の話。


あれはもう、彼女たちが自白したと言ってもいいだろう。


遊んだあとはお片付けしないとね。


勘違いしないでほしいが、彼女たちは停学になるだけだ。


さらに、今回のいじめは内申点や生活の様子の報告には記されないように細工している。


大学受験に影響がないとは言わないが、アテにならない噂程度で済むだろう。


あと申し訳程度におうちの口座にお金をちょこっと入れておいた。あんまり入れるとバレちゃうから。


以上が、私からの申し訳程度の謝罪だ。ちょっとかわいそうだったから。


嗣翠は、いわく「利用し終わったものを捨てただけ」らしいので何もしていない。


何気に嗣翠が一番ひどい。



「俺は罪のない一般人と大切な家族にこそ気を遣うけど、大切でもない罪人には気を遣わない」



だそうだ。


多分それは、彼が彼自身にも気を遣わない理由なのだろう。


嗣翠は私の仕事は心配しておきながら、自分はよる遅くまで仕事をしている。


寝ろと言いながら自分はエナジードリンクを手に取り、私に怪我があったら大変だと言いつつヤクザの抗争の準備をする。


そういう人なのだ。


でもそれでいい。それが嗣翠だ。私が何を言っても変わりはしない。


嗣翠が私を大切にするように、私が嗣翠を大切にするだけなのだ。



「・・・・・・・・・・・・・・・」



そんなことを考えていたから、気づかなかった。



「・・・・・・・・・関係、か」



嗣翠の、考え事に。












「・・・・・・・・・・・・」



その日の夜。私はずっと考えていた。



「ほんとは過激ファンなんてやめて欲しかっただけ」



これに懲りて、相手の気持ちを考えられるようになって欲しかった。


気持ちを考えなかったツケを払わせたかった。


でもああいうやり方しか知らなかった。誰かを傷つけることで自分は生き延びてきたから。


誰かの情報と引き換えにお金を得る。


誰かの名前や趣味趣向を勝手に調べて、それでご飯を食べる。



「そうしないと――傷つくのは、私だったから」



死んでしまうのは・・・・・・私だったから。



「でも・・・・・・」



もう、私は誰かを傷つけなくていいはずだった。


だけどまた傷つけた。もっと違う方法があったはずなのに。


でもこれ以外思いつかなかった。思いつかないからと言って先延ばしにしていれば、私は傷つけられていた。


・・・なら、傷つけられていればよかったのかな。


いや、だめだ。そうしたら嗣翠が嫌な思いをした。嗣翠が傷つけられるのは嫌だ。



「・・・・・・・・・・・・・・・」



私は、シンデレラとかの物語のプリンセスにはなり得ないのだろうな、っていつも思う。


私は誰も傷つけない方法を見つけ出せない。大切な人を守るために、誰かを犠牲にすることしかできない。


それが、私は何よりも辛い。



『え、まって、うそ・・・・・・⁉︎』



・・・私は、それが一番嫌いだったはずなのに。


この立場になってみれば、それ以外の方法がわからないだなんて。



「結局は私も嗣翠と同じ、か」



私が傷つくことで嗣翠が嫌な思いをするのが嫌だった。だから対処した。


私は大切じゃない人と大切な人を天秤にかけたのだ。


でも、もし、もし嗣翠がいなかったら。


そもそもいじめは起こらなかったはずだが、なんらかの理由でいじめられていたなら。






・・・私は彼女たちを傷つけるくらいなら、甘んじていじめられていたかもしれない。


私は、私を大切とは思わない。