深呼吸をして、心を落ち着けてからお母さんに説明する。お母さんは真剣に私の話を聞いてくれた。
「うん、いいよ。お金もお母さんが払う」
「え! 高いよ?」
「その高いのを咲菜が自分で払うつもりだったんでしょ。緊急事態用に普段から貯金してあるから、全然心配しないで」
私は寛大なお母さんに思い切り抱き着いた。
「ありがとう、お母さん!」
「ふふ、元気が一番だよ」
「私、頑張る」
「うん、応援してる」
私たちはさっそくもう一つの教室へ向かった。その場で申込書に記入し、支払いも済ませる。横で吸い込まれる一万円札を見つめて、私は拳を強く握りしめた。
五回まで自由に決められるので、お母さんと話しつつカレンダーに埋めて提出した。受付のお姉さんが私に話しかける。
「今ちょうど先生が空いていますから、見学ということで体験してみますか?」
「いいんですか?」
「はい。十五分くらいの短いものですけど」
お母さんに顔を向けると頷かれる。私はお姉さんによろしくお願いしますと頭を下げた。
「では、こちらでお待ちください」
空き教室に通される。教室というより、ブースだ。電子ピアノが置かれていて、私とこれから来る先生が入ったらもうそれでいっぱいいっぱい。
お母さんは廊下で待っているのでここにはいない。ただ、小窓があるから、そこから部屋の中を覗けるようになっている。部活の練習も親に見られたことはないのでかなり恥ずかしい。ピアノをじっと見つめていると、ついに教室の先生が入ってきた。
「こんにちは」
「こんにちは。よろしくお願いします」
「お話は聞いています。できる限り協力しますね」
お姉さんから話はいっているらしい。安心した。今の声を私の本気だと思われたら、なけなしのプライドが萎んで消えてしまう。
時間がないため、すぐレッスンがスタートする。ピアノに先生が座ると、私の呼吸が浅くなった。
「まず一緒に深呼吸しましょう」
顔を硬くさせながらも必死に息を吸い込む。先生が微笑んで両手を広げて深呼吸を始めた。
「さあ、一緒に~」
私も先生の真似をする。ゆっくり、大きな深呼吸。段々と息苦しさが消えていった。
「とても良いです。それでは、発声も一緒にやってみましょう」
先生がドレミレドと音階を弾く。
「あーあーあーあーあー」
私の声は随分小さい。先生の声よりずっと。でも、ここには二人しかいない。だから、先生と比べて何か言う人もいない。
「ちゃんと音が取れていて素晴らしいですよ。喉も開いています。今は大きく出そうとせず、口の中の様子を改めて確認してみましょうか」
先生に発声の姿勢を取ってほしいと言われ、口を縦に開けた。喉仏も下げたし、猫背にならないよう注意した。
「ちょっとだけ触りますね。嫌だと思ったらすぐ知らせてください」
姿勢を崩さないよう、ほんの少しだけこくこく頷く。先生がそっと喉と首に触れた。
「ありがとうございます。口を閉じていいですよ」
口を閉じて唾を飲み込む。私はじっと先生の顔を見つめた。
「緊張しているかな。喉の辺りが少々強張っていますね。喉仏を下げる時に力が入らないようにしてみてください」
「はい」
「そうすると、声がより柔らかくなって素敵になります」
言われてみて納得した。
私の声、前より硬くなっているんだ。だから、外に出しても伸びないし、優しく感じない。
喉を触ってみる。姿勢をきちんとしないとという意識が先に行ってしまって、口の中を良い状態にできていなかった。
声を作るのは体。基本はできているからと思わないで、一か月半で忘れたことをまた叩き込まないと。全身をコントロールするんだ。
「肩の力を抜きましょうか」
二人で肩回しをする。今度はメトロノームに合わせてジャンプをして声出しをした。
なんか、合唱を始めた頃みたい。ちょっと楽しくなってきた。
ピピピ。
せっかく体が温まってきたところに、時間終了の合図が鳴った。
「うん、いいよ。お金もお母さんが払う」
「え! 高いよ?」
「その高いのを咲菜が自分で払うつもりだったんでしょ。緊急事態用に普段から貯金してあるから、全然心配しないで」
私は寛大なお母さんに思い切り抱き着いた。
「ありがとう、お母さん!」
「ふふ、元気が一番だよ」
「私、頑張る」
「うん、応援してる」
私たちはさっそくもう一つの教室へ向かった。その場で申込書に記入し、支払いも済ませる。横で吸い込まれる一万円札を見つめて、私は拳を強く握りしめた。
五回まで自由に決められるので、お母さんと話しつつカレンダーに埋めて提出した。受付のお姉さんが私に話しかける。
「今ちょうど先生が空いていますから、見学ということで体験してみますか?」
「いいんですか?」
「はい。十五分くらいの短いものですけど」
お母さんに顔を向けると頷かれる。私はお姉さんによろしくお願いしますと頭を下げた。
「では、こちらでお待ちください」
空き教室に通される。教室というより、ブースだ。電子ピアノが置かれていて、私とこれから来る先生が入ったらもうそれでいっぱいいっぱい。
お母さんは廊下で待っているのでここにはいない。ただ、小窓があるから、そこから部屋の中を覗けるようになっている。部活の練習も親に見られたことはないのでかなり恥ずかしい。ピアノをじっと見つめていると、ついに教室の先生が入ってきた。
「こんにちは」
「こんにちは。よろしくお願いします」
「お話は聞いています。できる限り協力しますね」
お姉さんから話はいっているらしい。安心した。今の声を私の本気だと思われたら、なけなしのプライドが萎んで消えてしまう。
時間がないため、すぐレッスンがスタートする。ピアノに先生が座ると、私の呼吸が浅くなった。
「まず一緒に深呼吸しましょう」
顔を硬くさせながらも必死に息を吸い込む。先生が微笑んで両手を広げて深呼吸を始めた。
「さあ、一緒に~」
私も先生の真似をする。ゆっくり、大きな深呼吸。段々と息苦しさが消えていった。
「とても良いです。それでは、発声も一緒にやってみましょう」
先生がドレミレドと音階を弾く。
「あーあーあーあーあー」
私の声は随分小さい。先生の声よりずっと。でも、ここには二人しかいない。だから、先生と比べて何か言う人もいない。
「ちゃんと音が取れていて素晴らしいですよ。喉も開いています。今は大きく出そうとせず、口の中の様子を改めて確認してみましょうか」
先生に発声の姿勢を取ってほしいと言われ、口を縦に開けた。喉仏も下げたし、猫背にならないよう注意した。
「ちょっとだけ触りますね。嫌だと思ったらすぐ知らせてください」
姿勢を崩さないよう、ほんの少しだけこくこく頷く。先生がそっと喉と首に触れた。
「ありがとうございます。口を閉じていいですよ」
口を閉じて唾を飲み込む。私はじっと先生の顔を見つめた。
「緊張しているかな。喉の辺りが少々強張っていますね。喉仏を下げる時に力が入らないようにしてみてください」
「はい」
「そうすると、声がより柔らかくなって素敵になります」
言われてみて納得した。
私の声、前より硬くなっているんだ。だから、外に出しても伸びないし、優しく感じない。
喉を触ってみる。姿勢をきちんとしないとという意識が先に行ってしまって、口の中を良い状態にできていなかった。
声を作るのは体。基本はできているからと思わないで、一か月半で忘れたことをまた叩き込まないと。全身をコントロールするんだ。
「肩の力を抜きましょうか」
二人で肩回しをする。今度はメトロノームに合わせてジャンプをして声出しをした。
なんか、合唱を始めた頃みたい。ちょっと楽しくなってきた。
ピピピ。
せっかく体が温まってきたところに、時間終了の合図が鳴った。

