ティアラがクレイスの屋敷にやって来てから一ヶ月が経った。その間、クレイスはティアラに美しい花や宝石をプレゼントしたり、綺麗な景色の見える場所へ連れていったり、驚くような魔法を見せてくれたりした。
 その度に、ティアラの心は喜んだり弾んだりと忙しい。だが、表情は相変わらず無表情で、氷のように冷たい。どんなに喜んでいていも、楽しんでいても、ティアラの表情はそれを表現することはなかった。

「すみません、いつもつまらない反応しかできなくて……本当に申し訳ないです」

(クレイス様がこんなに良くしてくださっているのに、私は相変わらず表情筋が死んでしまっている)

 内心しょんぼりとしているのだが、顔はやっぱり無表情だ。だが、クレイスはティアラの手をそっと握りしめて微笑んだ。

「いいんだ、俺には君の気持ちが手に取るようにわかる。君はいつも喜んでくれているし、楽しんでくれている。今も、俺を思って悲しんでいるだろう?俺はそれが嬉しいよ」

 サラリと銀色の髪を靡かせたクレイスの、紫水晶のような瞳はありったけの優しさを宿している。その瞳に、ティアラの胸は大きく高鳴り、無表情ながら顔はほんのりと赤みを帯びていた。

「ティアラ、そろそろ君の呪いを解こうかと思うんだけど、どうだろう?」
「えっ?」

(呪いを、解く?この呪いを、クレイス様は解けるの?)

 目を見開いて驚くティアラに、クレイスは大きく頷いた。

「俺はこの国の筆頭魔術師。君にかかった呪いを解くことができる。俺やこの屋敷に慣れてから解こうと思っていたんだけど、そろそろ頃合いかなと思って。どうかな?」

 静かに、優しくそういうクレアを、ティアラの海のように深い青色の瞳は不安げに見つめる。

(呪いが、解ける……?解けたとして、私は本当にまた感情を表現することができるのかしら?)

 ドクドクと心臓が急に早くなる。呪いが解けるならこれ以上嬉しいことはない。だが、解けたとして、感情を表現する仕方を忘れてしまった今、果たして元に戻ることができるのだろうか?ティアラは不安で仕方がなかった。

(それに、ずっと思っていたけれど、どうしてクレイス様は私にこんなによくしてくださるんだろう。夜会で私を気に入ったと言っていたけれど、こんな私を気にいる要素なんてどこにもないはずなのに)

「……俺がどうして君のためにこんなにも手を尽くすのか。そうだね、そろそろちゃんと伝えるべきだと思う」

 そう言って、クレイスは少し悲しげに瞳を伏せた後、ティアラの瞳をしっかりと見つめ口を開いた。

「俺は、君に助けられた。俺は、君に恩返しがしたくて、今度は俺が君を助けたくて、筆頭魔術師になったんだ」