始めるよ、と言ってクレイスはティアラの胸元の前に片手を出す。すると、蒼白く光る魔法陣が浮かびあがった。

 クレイスは瞳を閉じて意識を集中させる。クレイスの周囲に光の粒がキラキラと舞い、クレイスの美しい銀髪がふわりと浮く。次第に、魔法陣の光が強くなり、ティアラの周囲にも光の粒が集まって来た。ティアラの心臓がドクドクと早まっていく。

(なんだろう、何かに包まれているような感じ……爽やかで優しくて清らかで、ほんのりとあたたかくて、なんだか安心する)

 ティアラが静かに瞳を閉じると、目の前がどんどん光輝いていく。そしてそのまま、ティアラはまるで光に吸い込まれるように意識を手放した。


「……アラ、ティアラ」

(誰かが私を呼ぶ声がする……この声は、クレイス様?)

 ん、と小さくうめき声をあげながら、ティアラはゆっくりと瞼を開いた。目の前には、心配そうな表情のクレイスがいる。

「よかった、目を覚ましたんだね」

 目覚めたティアラを見て、クレイスは嬉しそうに微笑んだ。

「私、気を失ってしまったんですね?すみません」

 そう言ってゆっくりティアラが体を起こすと、クレイスが優しくティアラの背中に手を置いて支える。

「大丈夫?おかしなところはない?」
「えっと、たぶん大丈夫です……って、あれ?」

 返事をしながら、ティアラはなぜか泣いていた。ティアラの両目からぽろぽろと涙の粒があふれ出す。

(どうして?私、悲しくないはずなのに泣いている?)

 呪いを受けてから、ティアラは一度も泣くことがなかった。感情を表すことができなくなったと同時に、そもそも喜怒哀楽の感情がティアラ自身、よくわからなくなっていたのだ。クレイスと過ごすようになってから、ようやく徐々に様々な感情が出てきたところだった。

 呪いが解かれたティアラの心に、今まで閉じ込められていたありとあらゆる感情が浮き上がり、ティアラは混乱する。そして混乱したまま、涙はずっと流れ続けていた。

「どうして……私、泣いて……?涙が、止まらな……っ」

 一生懸命に涙を手で拭うティアラを、クレイスは優しく抱きしめた。

「ティアラ、思う存分泣いていいよ」
「……っ!うっ、ううっ」

 クレイスに抱きしめられながら、ティアラはクレイスの胸の中で嗚咽を漏らしながら泣いていた。


 それから、どのくらいたっただろうか。ティアラはようやく落ち着き、涙も流れなくなった。

(私、こんなにも色々な感情を持っていたのね)

 全く自覚することなく、ずっと生きてきた。たくさんの感情を爆発させるかのように泣いたら、驚くほどにすっきりとしている。ふと、ティアラはクレイスの腕の中であることに気が付いた。

(クレイス様、呪いを解くには反動があるって言っていたわ。それを恐れてクレイス様のご両親は私の呪いを解こうとしなかったって。もしそうなら、呪いを解いたクレイス様に反動が来ているのでは……?)

 ハッとしてティアラは顔を上げた。クレイスと目が合うと、クレイスはティアラの顔を見て驚いた顔をしている。ティアラの表情が、何かを心配するような、不安で必死な表情になっていたからだ。

「クレイス様、私の呪いを解いたせいで反動が来ているのではないですか?大丈夫なのでしょうか?」

 ティアラの問いに、クレイスは驚いた顔のまま一瞬止まるが、すぐに微笑んだ。