本当の愛を知るまでは

「危ない! 上!」

千鶴の声がして、花純はハッと目を開く。
見上げると、ガラガラとけたたましい音を立て、頭上に組まれていた鉄パイプが数本、ぶつかり合いながら落ちてくる。

「花純、逃げて!」

千鶴の悲鳴のような声がした。
だが花純は身体がすくみ、動けない。

(もうダメ!)

ギュッときつく目を閉じた時、身体に強い衝撃が加わった。
ザーッと身体が地面を滑る。
ガッシャーン!と派手な音が辺りに響き渡った。

「花純!!」

千鶴の声が遠くに聞こえ、花純はゆっくりと目を開ける。

(あれ、パイプが落ちてきたんじゃ……?)

身体を強張らせて覚悟していたがどこも痛みはなく、誰かの腕の中にしっかりと抱きしめられ、守られていてた。

(え……、誰?)

その時、千鶴が更に悲鳴を上げた。

「上条さん!」

えっ!と花純は身体を起こす。
頭から血を流した光星が、花純を守るように覆いかぶさっていた。

「光星、さん? 光星さん!」

花純は光星を抱き抱え、必死に呼びかける。

(まさか、私をかばって?)

震える声を振り絞った。

「光星さん、光星さん!? お願い、返事をして」

すると光星が、ゆっくりとわずかに目を開けた。

「光星さん!」
「……花純、ケガは?」

花純は涙を堪えながら首を振る。

「どこも、平気」
「良かった、無事で……」

光星はふっと笑みを浮かべると、そのまま目を閉じた。

「……光星さん? 光星さんっ! いや、お願い! 目を開けて」

光星を抱きしめる花純の目から、涙がほとばしる。
やがてサイレンを鳴らしながら救急車が滑り込んできた。
すぐに光星はストレッチャーに乗せられる。
光星を抱いていた花純の手は、血で真っ赤に染まっていた。
花純の身体は、急にガタガタと震え出す。

(いや、光星さん……)

救急救命士が振り返って花純に声をかけた。

「この方のお知り合いですか? 付き添いをお願いします」

花純は呆然としたまま反応しない。

「花純!」

千鶴が花純の両肩を掴んだ。

「しっかりしなさい! あなたがそんなのでどうするの?」
「……千鶴ちゃん」
「大丈夫、絶対に大丈夫だから! 上条さんのそばにいてあげなきゃ。花純の声ならきっと届くから」
「うん……、うん。私、行くね」

花純は立ち上がると、救急車に乗り込む。

「私も祈ってるからね!」
「ありがとう! 千鶴ちゃん」

バタンと後部ドアが閉まり、救急車はまたサイレンを鳴らしながら走り出した。